第5話過る不安
かくして高遠の言う「話しやすい雰囲気」を作るべく、河野はケーキの箱を片手に、小夜子のアパートの前に立っている。
小夜子の好きなものと言えばナポリタンスパゲッティー以外に思い浮かばない彼は、多くの女子は甘いものを好むに違いない、という誰が流したか分からないような俗説をもとに行動している。
(何しても喜んでくれるから、あいつの好みとかここ最近真剣に悩んでなかったかもな)
相手の好きなところならばいくらでも挙げられるが、こと、相手の好きなものとなると簡単にはいかない。
玄関前のチャイムを押すが何の反応もなく、しばらく前に立っていたが、見知らぬ男がうろついていては近所の人が怪しむだろうと車まで戻る。
小夜子は日勤でもう帰ったはずだが、どこに寄り道しているのだろう。かなり慌てて帰ったように記憶している。用事でもあったのだろうか。
そこでなぜか吉川が早出で退勤する姿が頭を過る。
(まさか吉川さんと約束してるとかないよな?)
休み時間楽しそうに会話していた顔を思い出して胸騒ぎがする。そもそも小夜子本人は気付いていないようだが、吉川が彼女に好意を寄せていることに河野は気付いていた。もし小夜子が良い顔をしようものなら、吉川だって黙ってはいないだろう。
(俺、あいつのこと、ちゃんと大事にしてなかったんかな…)
しばらく待っても足音さえ聞こえず、場を後にした。
駐車場から歩いて自宅に向かう。ここは小夜子と付き合い始めてから引っ越したアパート。彼女に出逢って自分の過去を見つめ直し、そこに踞っているのではなく、本当の意味で忘れずに前に向くために彼は住みかを変えたのだ。
今までと比べ狭いはずの空間なのに、しかし、今日はやたらと孤独に感じる。と、見上げた途端、違和感。
「俺、疲れてんのかな」
アパートの自室の窓から明々と光がもれている。電気を消し忘れて出掛けるほどに注意散漫になっていただろうか。
扉を開けると次の瞬間、
「きゃーっ!!」
と凄まじい悲鳴が耳に飛び込んできた。
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