第5話  きっかけ


 月日は経ち。


 シン、アース、リンは組織の中でもトップの成績を収めるようになっていた。

 その中でもシンの実力の伸びは他を圧倒しており、教官や生徒から一目置かれる存在となった。


 ある日、教官のサキから三人は呼び出された。


「本日から、あなたたちに仕事を与えます。孤児のあなたたちを救い育ててくれた主へ忠誠を誓いなさい」


 三人は誓った。そうするしか彼らに生きる道はない、選択肢などないのだ。



 仕事の内容は訓練や組織内の様子から、だいたい想像はついた。

 シンたちに課せられたのは暗殺。


 シンたちが日々暮らしている、ここは裏社会で密かに存在している組織の一部。

 裏社会で名を馳せる大きな組織にシンたちは所属していた。

 この組織には暗殺、スパイ、機密情報の収集などの依頼が舞い込んでくる。それを組織が破格の値段で請け負い、育て上げた一流の子どもたちに実行させていた。


 どこへも行くあてのない孤児を集め、訓練し育てあげ、忠誠を誓わせ駒とする。

 依頼は表には一切出ることはなく、裏ですべて行われる。

 子どもたちにミスは許されない。ミス=死だ。強い者しかこの世界では生き残れない、過酷な環境。


 世の中には裏社会に人を殺すことを依頼するものが数多く存在した。

 表の世界に生きる人たちには想像もつかない、その闇の中でシンたちは生き抜いてきた。

 

 感情を殺し、自分を殺し、仕事をこなす。


 相手のことなど考えず、主のため、仕事を遂行すること、ただそれだけを考えて。


 何かを望むことなどなく、すべてをあきらめていた。

 

 未来など決して見ず、ただ真っ暗な今だけを見て、生きる。


 それがシンたちの日常、当たり前だった。





 その日は調子が悪く、足に怪我を負ってしまったシンは追っ手に追われていた。

 

 路地裏に身を潜め、やり過ごす。

 しばらく動けそうになかったので、ここで休もうと一息ついたそのとき、


「大丈夫?」


 少女がシンに声をかけてきた。

 綺麗な金髪のロングヘアに、青い瞳の少女。年齢は五、六歳くらいだろうと思われた。

 いつの間にか現れたその少女にシンは驚いたが、もう逃げる気力もなかった。


「なんだお前。近寄るな、殺すぞ」


 脅してみるが少女は逃げるどころか、シンの側に来てじっと見つめてくる。


「お兄ちゃん、恐そうなふりしてるけど、本当は優しい人ね」


 微笑む彼女の瞳は不思議な輝きを放っている。シンは訝しげに少女を見つめ返した。


「おまえは、いったい……」

「大丈夫、助けてあげる」


 少女の手がシンの傷口に優しく触れる。

 その手から柔らかな光と温もりが辺りに広がった。


「これは……」


 怪我の痛みがだんだん引いていくのを感じる。

 少女が手を離すとそこに傷口はもう無かった。


 シンは驚いて少女を見る。少女はシンに微笑んだ。


「私の家に来て、あそこなら誰にもみつからない」


 少女はシンの手を取ると、走り出した。





 シンが少女に連れてこられたのは、ごく普通の小さな家の地下室だった。


 住宅街に建つどこにでもありそうな一軒家。

 少女に引っ張られ、シンは家の中へと入っていく。

 リビングに着くと、少女は部屋の隅に置いてある本棚を動かす。

 するとそこには隠し扉があり、扉を開けると下へ続く階段があった。階段を降りた先は地下室になっていた。


 普通の家にこんな仕掛けはない、よほど隠したいものがあるのだ。


 それは、きっと……シンが横目で少女を見る。


 少女が振り返る。シンと目が合った。


「お兄ちゃん、名前は?」


 少女が可愛い笑顔を向け聞いてくる。シンは視線を逸らしながら答える。


「……シン」

「シン、かっこいい名前ね。私はアリス、ここが私の家」

 

 アリスはシンに紹介するように、家の中を見せてまわった。


 地下室はごく普通の室内だった。


 くつろぐ部屋と書斎、寝室が一室ずつ。小さなキッチン、トイレ、簡易的な風呂まである。地下室なので窓はないが、決して閉鎖的に感じないように天井が高かった。

 人が生活していく環境が整えられている。ここでしばらく暮らしても困りそうもない。


 アリスは普段ここで暮らしているのだろうか。


「おまえ、いったい何者だ。……あの力は?」


 シンの問いかけに、アリスは少し考えたあと口を開いた。


「私は特別なんだって。

 私の一族には力があって、昔から世間から隠れてひっそり暮らしているの。私はその生き残り……もう、私一人だけなんだ」


 アリスは悲しそうに俯いた。


「さっき、お父さん殺されちゃった」


 その言葉を聞き、シンがはっとする。


 先ほど自分が殺した男性……金髪碧眼で三十代くらいだった。アリスぐらいの娘がいてもおかしくない。

 まさか……。

 シンは浮かんだ思考を振り払った。


「でも、大丈夫。いつもお父さんが言ってたの。いつかこういう日が来るかもしれないって、……もしその日が来ても、アリスは強く生きるんだぞって」


 アリスの声は震えている、瞳から涙がこぼれおちた。


 アリスはシンに抱きつくと、今まで張りつめていた糸が切れたみたいに泣き出した。


 シンは動けなかった。

 自分の胸で泣くアリスをただ見つめていた。


 ふと室内に飾ってある写真が目に入る。

 そこには先ほどのターゲットがアリスと幸せそうに笑っていた。


 間違いない、俺が殺したのはアリスの父親だ。


「父さんはとても優しくて、強くて、いつもみんなのこと考えてた。

 お仕事忙しいのにいつも私のこと気にかけて大切にしてくれた。可愛がって愛してくれた。……私にとってたった一人の大好きなお父さんだったの」


 アリスはシンの胸で泣き叫ぶ。


 シンは自分の手を見つめた。

 ……この手で殺した、アリスの父親をこの手で。

 シンは体の震えが止まらなかった。


 今まで仕事は機械的にこなしてきた。

 依頼がきてそれを任されたら実行に移す。他の選択肢など存在しない。

 

 しかし、はじめて自分が殺めたことによる結果を目の当たりにした。


 こんな小さな子どもの父親を奪い、未来を、幸せを奪ってしまった。


 頭ではわかっていた。

 誰かを殺せば誰かが悲しむ。しかし、そんなことをいちいち考えていたら任務を遂行することができない。


 こんな感情はとうに捨てたはずだった。


 はずだった……のに。


 シンは泣いているアリスを見つめながら、自分の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じていた。







 読んでいただき、ありがとうございます!


 次回も読んでいただけたら嬉しいです、よろしくお願いします(^▽^)/


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