第4話  昔のはなし


 リサを無事に送り届けたシンは、リンを探しに向かった。


 夜空に輝く星々は綺麗で、月明かりが辺りを照らしていた。

 水面みなもには月が映っている。


 リンは川辺に座り水面を見つめていた。その横顔はどこか寂げに見える。


 シンがリンに近づくと、


「心配してたんだからね」


 と言いリンが振り返った。

 眉は寄り、頬は膨らんでいる。リンが怒ったときの顔だ。


 なんだか懐かしくて、つい微笑んでしまいそうになった。

 が、不謹慎なのでシンは我慢した。


「……ごめん」


 シンがリンの隣へ座ると、リンは静かに語り出した。


「なんとなく、シンはいつか組織を出ていくんじゃないかって思ってた。

 だって、シンは優し過ぎるから……」


 リンは遠くを見つめながら寂しげに笑った。


「……あの方には感謝してる。

 サキさん、アース、リンのことも大好きだし、離れたくなかった。ずっと一緒にいたかった。

 家族や友達、それ以上に思ってたよ……。

 でも、どうしても組織のやり方についていけなかった」


 シンが苦しそうに息を吐き、俯く。

 そんなシンを見て、リンは複雑そうな表情を浮かべる。


「私もさ、あの方についていけないなって感じるときある。

 仕事も苦しくてやめたくなる。

 ……でも、でもさ、私たちはもうあの世界で生きていくしかないんだよ。小さい頃からあの世界で生きてきて、あの世界しか知らない。

 今更、普通の世界でなんか生きれるわけないじゃない。

 ……そんな勇気ないよ」


 リンも俯いてしまった。


 長い沈黙が二人の間を流れていく。


「俺だって恐いよ、この世界で生きていくのは。

 今までやってきたことが消えるわけじゃない。人に、世の中に受け入れてもらえないかもしれない。

 でも、もう人をあやめるのは嫌だ。

 人を苦しませたり悲しませたりするのは嫌だ。

 ……今まで散々人を殺め苦しめてきたくせに、今さらって思うよ。

 でもやり直したい。

 人のために、人の笑顔を、幸せを、守るために生きたい。

 駄目かもしれない、無駄かもしれない。

 でも変わりたい、あきらめたくないんだ」


 黙って聞いていたリンはシンの横顔を見つめる。

 シンの顔は未来への希望に満ちていて、リンには眩しく感じた。


「シンらしいね……シンは出会った頃から何も変わってない。

 組織にいる頃、平気な振りしてたけどすごく苦しんでたよね。

 わかってた、わかってたんだ。

 ……でも、シンが離れてくのは嫌だから、知らない振りしてた。ごめん」


 リンが頭を下げると、シンは首を大きく横に振る。


「リンにはお礼を言いたいくらいだよ。どれだけリンとアースに救われたか。

 ……本当に感謝してる」


 シンの笑顔に、リンの頬が赤く染まった。


「あんたって、天然人たらしだよね」


 あきれたようにリンが言うとシンは不思議そうな顔をする。

 その姿を面白そうにリンが見つめる。


「一緒にいられなくて寂しいけど、シンが決めたことだから。

 ……どんなに辛くても負けちゃ駄目だからね」


 リンが握手を求める。

 シンはリンの手をしっかりと握った。


「ありがとう」


 嬉しそうに笑うシンだったが、次第に笑顔が消えていく。

 シンは真剣な顔でリンを見る。


「……アースはどうしてる?」


 どうしても聞いておきたかった。組織を抜け出すときの一番の心残りだったから。


 リンは困った表情をしてから、気まずそうに微笑んだ。


「本当にしょうがないよね。シンが出てったあと、あいつすごく荒れてさ。

 アースはシンを一番信頼してたから、裏切られたって思ったんだよ。

 気持ちの行き場がないみたいで。

 シンより必ず強くなるんだって、今はあんたを倒すことだけ考えてる」


 リンが遠くを見つめ、昔を懐かしむようにつぶやいた。


「なんで、こうなっちゃったんだろうね」






 訓練用に作られた広大な施設。

 周りには何もなくその施設だけが荒地の中で異様な存在感を放っている。


 施設は頑丈そうな塀に囲まれていて、まるで囚人たちがそこで暮らしているのかと思わせた。

 しかし、その閉鎖的な空間の中では多くの子どもたちが暮らしている。


 多くの子どもたちはまだ幼く、本来なら親のもとで守られるべき存在だった。

 ここにいる子どもは皆、なんらかの事情で親もとを離れなければいけなくなった者ばかりだ。


「整列!」


 教官のサキが子どもたちに呼びかけた。

 広場にいた子どもたちが一斉にサキの前に一列に並ぶ。


「今日の訓練を開始する、それぞれペアを組め」


 子どもたちはそれぞれ、仲のいい者とペアを組んでいく。


「シン! 組もうぜ」


 アースはすぐにシンを誘った。


「うん」


 二人は拳を叩くと笑い合った。


 戦闘が始まるとギャラリーが騒がしくなる。

 その中でも一際盛り上がっている輪の中心に二人はいた。


「いいぞー」

「シン、負けるな」

「アース、やれ!」


 シンとアースの戦闘はいつも白熱する。

 実力は生徒の中で二人ともトップクラスだった。


 そして、あともう少しの所でいつもシンが勝つのだった。


「くっそー、なんでいつも負けちまうんだよ!」


 アースが拳を地面に叩きつけ悔しがる。

 シンはアースに手を差し伸べた。


「アースは強い、すぐに俺なんか抜いちゃうよ」


 シンの純粋な笑顔を見ていると、アースは何も言えなくなり顔を背ける。


「ちぇっ」


 アースはそっぽ向きながらシンの手を取る。


「いい勝負だったじゃん」


 一人の女の子が拍手しながら、二人に近づいてくる。


「いつも二人で勝負してずるいよ、私も今度お願いしていい?」


 少女は二人に顔を近づけて笑った。

 とても可愛らしい笑顔に二人は少し戸惑う。


「けっ、女が俺らに勝てるかよ」

「なんですって!」

「アース、駄目だよ、そんなこと言っちゃ。もちろん、勝負しよう」


 シンがリンに微笑むとアースに怒っていた少女はご機嫌になった。


「私、リン、よろしく」


 シンとリンは握手を交わす。


「おまえら勝手に話を進めるな!」

「うるさいなあ」


 アースとリンが喧嘩をはじめたので、周りはそれをはやし立て二人の喧嘩をあおりだす。シンはアースとリンの間に入り二人をなだめていた。


 そんな三人の様子を微笑ましく見つめていたのは、教官のサキだ。


 サキはこの組織の訓練教育を任されている教官の一人。そしてシンたちをこの組織にスカウトしたのも彼女だった。


 彼女は彼らの面倒も見てきた。それが責任だったのか愛だったのかサキにもわからない。彼らと生活するうちに愛しさが芽生えるのにそう時間はかからなかった。


 サキはシンたちの幸せを願わずにいられなかった。それは彼らの未来が誰よりも過酷なものだと知っているから。


 人並なんて言わない。ただ、全てをあきらめて生きて欲しくない。

 希望なんて持たず絶望の中で一生を終えて欲しくない。


 少し、ほんの少しでもいいから彼らに光が降り注ぎますように。


 そう祈らずにはいられなかった。







 読んでいただき、ありがとうございます!


 次回も読んでいただけたら嬉しいです、よろしくお願いします(^▽^)/


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