第2話 王と主
次の日、リサに招待されたシンは昨日の食堂へ向かった。
「シンさん、昨日はありがとう。たくさん食べてね」
机の上には色とりどりの料理が並べられている。豪華な食事にシンは感動する。
「うわー、すごく美味しそう。いただきます!」
シンが嬉しそうに料理を口に運ぶ姿をリサは嬉しそうに見つめる。
「リサがはりきって、作ってくれたんですよ」
シンの耳元で店主が囁く。
「もうっ、父さん、何言ってんの!」
リサの顔は赤くなっていた。
カランと食堂の扉のベルが鳴る、扉から人が入ってきた。
身なりからして、身分が高そうな人物だ。
その眼差しもただ者ではない何かを感じさせる。御付きの者を三人も
「こちらにシンという者はいるか?」
その人物は店の中を見渡すと、シンと目が合った。
ゆっくりとシンのもとへ近づいてくる。
「君がシンかな?」
「……そうですけど」
シンをしばらく品定めするように眺めたあと、納得するように頷くとこう告げた。
「王がお呼びだ。来なさい」
王、という言葉が出た途端、辺りがざわめいた。
「おい、聞いたか」
「王だってよ」
「何者なんだ?」
皆が好奇の目でシンを見つめる。
「なぜ私が?」
シンが問うと、その人物が答えた。
「私は王に仕え、この辺りを統括している者だ。昨日、この地区の取締役から報告があった。ぜひ、王に合わせたい者がいると。私はそれを確認しにきた」
昨日この店にきた男たちとの一件がこの大臣の耳に入ったということだろうか。
「もし、断ったらどうなりますか?」
シンの言葉に周囲のざわつきがさらに大きくなり、大臣の眉がピクリと動く。
「この国で生きていけるとでも?」
大臣の目つきが変わり鋭い視線がシンに注がれる。
「……ですね、わかりました。行きます」
シンは心配そうに見つめるリサたちに笑顔を向けた。
「ご馳走様でした、また食べにきますね」
そう言うと、シンは大臣たちと去っていった。
お城の前でシンは感嘆の声をあげる。
「わあ、すごい、お城だあ」
はじめて見るその壮大な光景にシンは感動していた。
大臣が一つ咳払いをする。
「では行くぞ」
大臣が城の中へ入っていくとシンもあとに続いた。
城の中は入り組んでいて、まるで迷路のようだった。
シンはただ大臣の後についていきながら、お城の中を興味深げに観察していた。
大きく重厚な扉を開くと、薄暗い大きな空間に出た。
その部屋は暗く、蝋燭の光だけが辺りを照らしている。闇の中に何人もの気配が存在し、その視線はすべてシンへと注がれていた。
部屋の中央まで歩いていくと大臣が止まった。
「王さま、シンを連れてきました」
大臣が
暗くてよく見えないが目の前には大きな階段がそびえており、上った先には誰かいる気配がする。
「……シンよ、近くへ」
その声は低く淀んでいた。
姿はよく見えないが、その発している気がただ者ではないことを証明している。
シンがゆっくり近づいていくと、だんだん王の顔が見えてくる。
シンは驚いて目を見開いた。
主……、主に似ている。直観的にそう思った。
王の瞳は主のものと似ていた。
冷たく、何も感じず、誰も信じず、ただ虚空を見つめる。
きっと、この人には心というものがない、そう感じてしまうほどに。
王はその氷のような瞳でシンを見下ろす。
「シン、そなたは誰よりも強い。……私のものになってくれぬか」
主に言われているようでシンは少し動揺した。
しかしすぐに我に返ると、シンは王の瞳をしっかりと見据え、発言する。
「王さま、私は誰のものにもなりません」
シンが王の言うことを否定したので、家臣たちが騒ぎだした。
「なんという無礼!」
「王の言うことが聞けぬのか」
「あの者を死刑にしろ!」
次々飛び交う言葉がその空間を埋め尽くす。
そのとき、たった一言がその騒々しさに終止符を打った。
「……黙れ」
王の一言で一気に静まり返った。
「シン、なぜだ。私の言うことを聞けば何でも手に入るぞ。私に手に入らないものなど無い」
「王さま、私は欲しい物なんてありません。ただ、望むものはあります」
「ほう、なんだ?」
王が興味ぶかそうに少し前のめりになる。
「それは……、皆が笑って暮らせる世界です。安心して眠り、皆が幸せだと笑って暮らせる、そんな世界を作ってください。僕の願いはそれだけです」
シンの言葉に王はつまらなさそうに首を振った。
「そんな世界はいらん。民のことなど、どうでもいい」
王の言葉を聞いたシンはため息をつき、残念そうに俯いた。
「わかりました。私はあなたに仕える気はありませんので、それでは」
シンが
その場にいた王の配下たちが一斉にシンに殺気を放った。
「シン、私に背を向けて生きて帰れると思うか」
王が手を軽く上げた。
それを合図に一斉に配下たちがシンに襲いかかる。
一瞬の出来事だった。
シンを襲った者たちが次々倒れていく。
何が起こったのかわからず、王と家臣たちは目を疑った。
「大丈夫です、誰も傷つけていません。気絶しているだけですから」
倒れている者たちの中心で、シンは傷一つ追わず平然と立っていた。
あの人数を相手に、一撃も食らわず、すべての敵をなぎ倒したのだ。
シンは王に微笑むともう一度背を向ける。
倒れている人を踏まないようにすり抜けていった。
しかし、もう襲い掛かる者は一人もいなかった。
皆本能的に適わないことがわかっていたのだ。
そんなシンを見つめながら王は喜びに震えていた。
「……シン、ますます欲しくなったぞ」
去っていくシンを見つめ、王は嬉しそうに笑った。
シンが去り、王が一人きりになるのを見計らったかのように、一つの影が姿を現した。
「……見事にやられたな」
王の隣には、いつの間にか主が立っていた。
「久しいな、どうした?」
王は驚きもせず受け入れる。
二人は目も合わせずに会話を続けた。
「シンに目をつけるとは、さすがだな」
「おまえもシンに興味があるのか?」
王の問いに、主は不気味に微笑んだ。
「あいつを見つけたのは私だ」
主がつぶやくと王は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに意味深な笑みに変わる。
「ほう……、ぜひ手に入れたくなった」
主が突然声を上げて笑った。
彼がこのように感情を表に出すのは珍しいので王は驚く。
「さて、そう一筋縄にいくかな?」
王が眉をひそめ主を見つめた。
主は意味深な微笑みを残し、暗闇の中へと消えていった。
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