殺し屋は殺さずを貫きながら旅をする
桜 こころ
第1話 旅のはじまり
漆黒の闇の中で光り輝くもの、それは強く美しい魂から放たれる光。
しかしその光に隠された悲しみや苦しみを人は知らない、人はその魂に惹かれる。
そう……シンに惹かれる、どうしようもなく。
「アース」
組織の殺し屋たち、その中でもトップクラスの者たちだけが集められていた。
ここは世界有数の殺し屋を束ねる組織、それを統括している人物がアースの主だ。
「アースよ、近くへ」
周りの連中の視線が突き刺さる。アースはこの組織の中で一番主に気に入られていた。それをよく思っていない連中がいるのは当然だろう。
アースは黙って主の前で跪く。
「この世界はもうすでに私の手の中にある、表から見ればわからないだろうがな」
主の口の端が持ち上がる。
確かにこの世界の裏はすでにこの組織に握られていた。
表で生きる人々には想像もできない世界でアースは生きている。知らない方が幸せなこともある。
「だが、私にも手に入れられないものがあるのだ、わかるか、アース」
アースには答えがわかっていた。
主と瞳がぶつかると、主もアースがわかっていることを初めから確信していたように微笑んだ。
「そうだ……シン、あいつだ」
シン、アースの中でその名を反復した。
忘れもしない。その名を思い出すたび、聞くたび、アースの中でいろんな感情が湧き出てくる。
「シンを手に入れるか、始末するか……そうしない限り本当の意味でこの世界を手にしたことにはならん。アース、おまえが一番知っているだろう」
「はい」
「シンが手中にいない今、奴は脅威となる……アース、おまえに任せよう」
「はっ」
アースは主に深く頭を垂れた。
次の瞬間、主の気配が消える。面を上げるとそこに主の姿はなかった。
ほっとアースが一息ついて周りを見渡せば、そこに集まっていた殺し屋たちもいつの間にか姿を消していた。
いや、一人だけそこに残っていた者がいた。
「任されちゃったわね、シンのこと。どうするの」
アースの傍らで女が面白そうに微笑む。
「決まってる」
アースの表情からは何も読み取れないが、ものすごい殺気だけは感じられた。
女がくすっと小さく笑う。
「そう簡単にいくかしら、シンの強さ、あんただってわかってるでしょ」
「リン……、俺は本気だ、止めるなよ」
アースはリンを睨み背を向けると姿を消した。
残されたリンは胸元から写真を取り出すとそれを悲しげに見つめる。
「シン、あの頃に戻りたいね……」
写真には三人の子どもが笑顔で肩を並べている姿が映っていた。
春の暖かい日差しが降り注ぎ、そよ風が頬をなでていく。
「今日もいい天気だな……」
シンは、大きく伸びをした。
この地域では珍しい漆黒の髪と瞳。
少し小柄なシンはどこにでもいそうな普通の旅人に見えた。ある一点を除いては。
「ねえ、お母さん、あの人、腰に何かぶら下げてるよ」
「しっ、見るんじゃありません」
親子が訝しげにシンを見ながら、通り過ぎて行った。
「ははは……」
シンは笑って、頭を搔いた。
腰には刀らしきものがぶら下がっている。
この刀は、もちろん本物ではない。刀の形を模した強力な材質からできていて、決して人を傷つけたりはできない。
が、普通の人からすると、刀を堂々と持っていたら怖いだろう。
大抵、位の高い者か、兵士や護衛など限られた人くらいしか持っている者はいないから。
突然、シンのお腹が音を立てた。
「お腹すいたなあ」
そういえば、随分長い間何も食べていなかった。
遠くの方に町が見えてくる。シンの足が少しだけ早まった。
「助けてー!」
どこからともなく声が聞こえた。
辺りを見回すと、大きな河川で子どもが溺れている。
シンは躊躇することなく、川へ飛び込んだ。
シンは子どもを岸へ上げると、息があるかを確認し安堵した。
「よかった……」
微弱ながら呼吸の音がする。子どもを抱えるとシンは町へ急いだ。
町に着くとすぐに診療所へ駆け込み、医師へ事情を説明するとシンはその場を後にした。
町は賑やかに活気づいており、今は昼時で美味しそうな匂いが辺りに漂っていた。
お腹が減ったいたことを思い出し、何処で食べようかとシンは辺りを見回した。
昔ながらの定食屋があり、シンはそこへ入ってみることにする。
「いらっしゃい」
店主が笑顔で出迎えてくれる。
どこか家庭的な雰囲気のある定食屋だった。
小さい店だったが、とても流行っているようで席はほとんど埋まっていた。
シンはメニューにおすすめと書かれていた定食を頼んだ。
料理が運ばれてくると、腹ペコの脳と胃を刺激するいい匂いが漂う。
「いただきます」
シンは口いっぱいに頬張った。
美味しい。
シンには家庭の味なんてわからないが、きっとこんな味なんだろうなと思うと心が温かくなっていくのを感じた。
シンが食事をしていると、
「邪魔するよ」
ガタイのいい男たちが数人店に入ってくる。
柄が悪く
一気に店の雰囲気が悪くなり、客たちが何人か店から出て行ってしまう。
「店主はいるか?」
「は、はい」
店主が肩を竦めながら男たちを見ている。かなり怯えている様子だった。
「金は用意できたか?」
「それが……あの、なかなか生活が苦しくて」
相手の男がバンッと強く机を叩くと、店主が震えた。
「ああ? 今日までに用意しとけって言ったよな?」
店主の顔は真っ青になり、ガタガタと震えているだけで何も言わない。
「お父さん……」
奥から若い娘が顔を出した。
「リサ!奥にいなさい」
店主が慌てて、娘を奥へと押し返そうとする。しかし、遅かった。
「ほう、いい娘がいるじゃねえか」
男がリサの腕を掴んだ。
「この娘をもらっていくぞ」
「やめてくれ、その子だけは! 他は何でも持っていってかまわん」
男の一人が頭を下げる店主を蹴り飛ばした。
「お父さん!」
娘が男の手を振りほどき、店主に駆け寄る。
男が娘に近づき無理やり連れて行こうとした、そのとき。
「嫌がってる」
いつの間にか、男とリサの間に入ってきたシンが男を睨む。
「なんだ? てめえ」
「無理やり女性を連れて行くなんて酷いですよ。やめてください」
シンが笑顔で男に詰め寄る。
「よそ者がよけいなことすんじゃねえ!」
男が刀を抜き、シンに向ける。
その瞬間、シンは相手の喉元に自分の刀を向けた。
「な……」
その場にいた男たちは固まった。
彼の動きは誰の目にも見えなかった。
「いけませんよ、こんなところで刀を振り回しては」
その様子を見ていたリーダーらしき人物が目で合図すると、男たちは大人しく引いていく。
その人物がシンをじっと見つめてきた。
「おまえの名は?」
「……シン」
「覚えておこう」
そう言うと、男たちは店から出て行った。
男たちがいなくなった食堂の店内にはもうほとんどお客は残っていなかった。
あの騒ぎで皆逃げ出してしまったようだ。
シンは座り込むリサと倒れている店主に手を貸し、助け起こした。
「大丈夫ですか?」
「いやあ、助かりました。なんとお礼を申せばいいか」
店主が頭を下げる。
「シンさん……ありがとう。よかったらこの町にいる間食べにきて、お礼にご馳走します」
リサがシンの手を取り、可愛く微笑んだ。
じっと見つめてくるリサに、どうしていいかわからず愛想笑いを浮かべるシンなのだった。
遠くの影からシンの様子を窺う者がいた。
「シン……おまえは変わらないな」
アースがつぶやく。
そう、おまえは出会った頃から何も変わってない。
アースは思い詰めた顔をすると、もう一度シンを見つめ、闇へと消えていった。
読んでいただき、ありがとうございます!
次回も読んでいただけたら嬉しいです、よろしくお願いします(^▽^)/
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