四
隠し扉の先に足を踏み入れると、途端に生き物の気配が途絶えた。備蓄の兵粮はとうに底をついている。隧道で出くわした生き物で空腹を紛らわさざるを得ない我々にとって、危機的な状況だ。一刻も早くあいつを見つけ出さなければ、地獄の門をくぐることすら叶わないだろう。
時間を追うにつれて、黒衣の女の表情が険しくなっていく。空腹と焦燥に駆られる女を横目に見ながら、腹の中で笑いをかみ殺す。おれには奥の手があった。使わないに越したことはないが、目的を果たすまで飢え死にする心配はない。あいつを見つけ出すまでは、どんな手を使ってでも生き延びてやる。
そのときは、当初の想定よりも早く訪れた。あいつの痕跡を手掛かりに先を急いでいるさなか、糸が切れたように黒衣の女が膝から崩れ落ちた。駆け寄って反応を窺うと、意識が混濁している様子が見て取れた。いうまでもなく栄養失調の症状だ。このまま放っておけば、彼女は意識を取り戻すことなく絶命するに違いない。
おれは連れと女を天秤にかけた。平時ならば、迷わず連れの命を優先しただろう。だが今は違う。あいつの許へたどり着くためには、黒衣の女と大蜥蜴の助力が不可欠だ。選択の余地はない。
女を遠巻きに見守る連れに向けて、短刀を投げつける。短刀が喉元に深々と突き刺さる。連れは戸惑うような表情を浮かべてこちらを見つめたまま、声も上げずうつぶせに倒れた。
おれは地面に接吻している連れの体を乱暴に抱え上げた。咽頭に突き立てられた短刀の柄を握り、えぐるように喉を切り裂く。事切れるのを待たずに短刀で連れの腹部を切り裂き、臓腑を取りわける。一口大に切りとった肝臓を口内に押し込むと、女は喉に詰まらせながら必死の形相で呑みこんだ。
時間をかけて肝臓をすべて与えきった頃、彼女はようやく自力で上体を起こせるまでに回復した。
黒衣の女が自嘲的に呟く。見殺しにすれば良かったものを。
そうしたいところだが、まだあんたの力が必要だからな。
相変わらず正直な男だ。
言い終えるが早いか、女の表情が凍りついた。大蜥蜴の眼をとおして観ているものが連れの死体だと気づいたのだろう。
動揺する女の姿に、嗜虐心が揺さぶられる。あいつの肝は美味かったか?
この屑め。
命の恩人に対してずいぶんな物言いだな。見捨てても良かったんだぜ。
わたしを利用したいだけだろう。
ああ。あいつを見つけ出すまでは、なんとしても生き延びてもらわないと困るからな。軽蔑するか?
女はなにも答えなかった。おれは彼女をからかうのをやめて腹拵えに移った。短刀で連れの腿肉を削ぎ、松明の火であぶる。とても酷い味だった。こいつを非常食として連れ歩いていたことを後悔するほどに。
こみ上げる吐き気と共に連れの肉をやっとの思いで呑み下す。食べきれない分も同じように炙って、連れが身に着けていた汚い腰布で包む。非常食はこいつだけではないが、多いに越したことはない。
女は壁に背をあずけ、空洞と化した眼窩でじっと地面を睨んでいる。歩けなくはないのだろうが、立ち直るには多少の時間を要しそうだ。ちょうどいい。女にしばし休息をとる旨を伝えて、連れの死骸から大腿骨を抜き取った。あいつから聞いたことがある。ヒトの大腿骨は短刀の素材に適していると。これは連れの形見ではない。あいつへの手土産だ。
おれは短刀づくりに没頭した。あいつの喜ぶ顔を想像するだけで、ペニスが痛いほどに怒張した。横目で黒衣の女を見やる。ドブ臭い女性器に興味はないが、あの眼窩にはそそられるものがある。射精までは至れないとしても、味わってみる価値はあるだろう。しかし、まだその時ではない。今はまだ。
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