行方の知れないあいつの亡霊を追って、おれは悪臭たちこめる呪われた隧道を彷徨い続けた。連れの背中に刻んだ傷は十七本に達している。

 連れと違っておれは食事もろくに摂っていなかったが、空腹は感じなかった。あいつを失ったとき、おれの魂は死んだ。名前も知らない誰かが言っていた――精神と肉体は不可分だと。そいつに言わせれば、おれは既に死んでいるのだろう。

 知ったことか。たとえ死のうとも、地獄に落ちようとも、おれは足を止める気はない。あいつの影を踏むまでは。もう一度、あいつに会うまでは。

 その夜、おれは久しぶりの食事にありついた。隧道をうろつく大型の野犬だ。息の根を止めたばかりの新鮮な死体の太腿から短刀で肉を削ぎ、松明であぶる。悪くはない。そこらじゅうに腐肉がちらばり胸の悪くなる臭気の立ちこめる手掘りの洞窟では、どんな馳走も台無しだが。

 食事を終えて指についた脂を舐めとっていると、前方にかすかな気配を感じた。鋭く息を吐いて合図し、野犬の生肉を一心不乱にむさぼる連れの動きを制する。

 目を瞑り、耳を澄ませる――複数の足音がこちらに接近している。ひとつは四つ足、もうひとつは二足歩行だ。

 おれは連れに松明を手渡し、そっと後ずさった。壁のわずかな窪みにぴたりと身を寄せ、息を殺して機会を窺う。

 鼓動を十四かぞえたとき、やつらの姿を視界に捉えた。虎よりもひと回りほど大きな蜥蜴と、ぴったりとした黒衣に身を包んだヒト型の生き物。佇まいから察するに、後者はおそらく人間だろう。

 やつらは連れの存在を認めると、野犬の死骸から十五フィートほど離れた場所で歩みを止めた。その様子からして、大蜥蜴は相当に訓練されているようだ。

 刹那の静寂の後、黒衣の人間が口を開いた。ここで何をしている。艶めいた若い女の声だった。連れは俯き、押し黙っている。当然だ。おれの許可なく他人と口を利けば、命の保証はないのだから。

 答える気がないのか。それとも、おまえは口の利けない白痴か。続く女の問いにも、連れは依然として沈黙を貫いている。

 哀れなやつだ。黒衣の女はそう吐き捨てると、大蜥蜴と共にこちらへ向かって歩きはじめた。

 女の物腰に交渉の余地を見出したおれは、両手を上げながらゆっくりとした歩調で彼女らの目の前に立ちはだかった。ふたり――正確には一人と一頭が、驚いた様子で立ち止まる。

 背後を顎でしゃくりながら、女が言った。あいつはおまえの連れだな。

 そうだ。両手を上げたまま答える。

 ふたりきりか。

 そうだ。

 他のやつらは死んだのか。

 他のやつら?

 おまえの仲間たちのことだ。まさか、ふたりきりでこの迷宮に足を踏み入れるはずはないからな。

 そのまさかだと言ったら、あんたは信じるか。

 信じるさ。わたしも似たようなものだからな。

 そいつは? おれは彼女の傍らにいる大蜥蜴を顎でしゃくった。

 わたしの目だ。そこでようやく、おれは黒衣の女の眼窩が空洞であることに気づいた。

 どういう意味だ?

 わたしはこいつの目で世界を見ている。どうやら彼女は大蜥蜴と視覚を共有しているらしい。

 そんなことを初対面の人間に話していいのか。

 女の顔に嘲笑が浮かぶ。ああ。おまえからは敵意の匂いがしないからな。

 おれは両手をゆっくりと下ろしながら答えた。匂い?

 目が見えないと、鼻が利くようになるのさ。ちなみに、おまえの連れからはとても強い恐怖の匂いがしたぞ。背中の傷はおまえの仕業だな。

 ああ。おれは記憶力が悪いんだ。

 女はしばし思案した後、顔をしかめて言った。屑め。

 軽蔑するか。

 いいや。わたしも似たようなものだからな。そんなことよりも、そろそろ本題に入ってくれないか。わたしに用があるんだろう。

 人を探している。

 ヒト……人間か。

 ああ、おれと同じ人間だ。

 わたしとおなじ人間か。その人間は、おまえにとってどういう存在なんだ。

 わからない。

 そうか。どんな人間だ。

 おれがあいつの人相と風体を伝えると、彼女の顔つきが変わった。そこには疑う余地のない憤怒の表情が浮かんでいる。

 その男を見つけて、おまえはどうするつもりだ。

 正直なところ、わからない。とにかく、おれはあいつに会いたい。それだけだ。

 質問を変えよう。あの男を殺すと言ったら、おまえはわたしを殺すか。

 おれは黙った。射るような視線が、眼球のない眼窩から投げかけられていた。わからない。あいつに会いたい。ただ、それだけだ。

 女の表情が幽かに和らいだ。嘘は吐いていないようだな。

 今度はこちらが質問をする番だ。あんたはあいつの何を知っている。

 悪いが、何も知らない。名前さえも。あいつがわたしの眼球を盗んだということ以外は。

 得心がいった。あいつには蒐集癖があった。欲しいと思ったものは手に入れないと気が済まない質だった。あいつの底知れない欲望に人生を台無しにされた者は両手足の指でも足りないだろう。おれ自身も含めて。

 おれは大蜥蜴の瞳をじっと見つめて問うた。あんたもあいつを探しているのか。あいつを殺すために?

 そうだ。わたしを止めるなら今のうちだぞ。女の口調は険しかった。おれの出方次第で、どちらかが死ぬことになるだろう。あるいは両方が。おれはふたたび徐に両手を上げた。

 おれはあんたと事を構えるつもりはない。少なくとも、今のところは。

 それで?

 あんたと行動を共にしたい。悪い話ではないはずだ。

 何故そう思う。

 こんなところをうろついているくらいだ、あんたも行き詰っているんだろう。目的こそ違えど、おれもあんたもあいつを探している。協力しない手はないはずだ。

 つかの間の沈黙の後、女の顔に悪辣な笑みが浮かんだ。いいだろう。ただし、わたしの鼻が利くということをゆめゆめ忘れるなよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る