第29話 灰色

「いつ仲直りするんですか」

「別に……ハルには関係ない」

「そういって二週間たってるじゃないですか」

「まぁ全面的にシロが悪いもんねー」

「まぁ叩いちゃってますもんね」

「男子を叩くのはダメだよ」


珍しくシロを咎めるハルやリンは、装備を着たまま更衣室で待機していた。その理由は最近頻発しているベノムにすぐ対応するためである。


「まぁどっちもどっちではあるんですけど、こういう時って全面的に女子が悪いってことになりますしね」

「昔は逆だったらしいよ?」

「ホントですか?そんな夢みたいな世界あるんですね」


特にギスギスしているわけではなく、淡々と事実を話しているようだ。


「人の命は重い、だからそれを蔑ろにするユウは理解できない」


そう愚痴るシロはどこか元気がなく、先ほどからずっと同じ部分の整備をしている。

そんなシロに対して、覇道隊長が口をはさんだ。


「人の命は軽いぞ、羽のように軽い。だから大切にしなければならない」


その言葉には彼女の価値観がつまっている用だった。


「羽みたいに軽いから、少し強い風が吹くだけで手からこぼれていく。掴もうとしてもひらひらと手の間をすり抜けるばかりで、一番大切な羽さえ宝箱の中に入れておかなければ失くしてしまう」


その言葉をつぶやく彼女はどこか遠い目をしている。


「この仕事をしていると、必ず死を目の前にする時が来る。それは私たちが守るべき人々かもしれないし、隣で戦っていた仲間かもしれない。もしかしたら恋人かもしれない……」

「とか言ってるけど私たちまだ仲間が死んだことないから、その時どうなってるんだかね」

「そんな場面には会いたくないな」


リンとコトネの会話を黙って聞いているシロは、自分の手を眺めていた。


「多分ユウ先輩は命の優先順位がシロ先輩と違うんですよ、彼は一般人ですし…隊長風に言えばなくさないように管理できる羽の数が少ないんです。だから一番大切な羽、二番目に大切な羽って感じで分けてるんです。私だってそうですよ、先輩みたいに強くないから、優先順位を付けざる負えない」


ハルは手元のドローンを弄びながら言った。

猫型ドローンは丸いボールのようになっクルクルと宙を回っている。


「まあ全部守るし全部大事ってのはある意味傲慢だよねぇ……いつかそんなカッコイイこと言ってみたいもんだよ」

「私なら言うぞ、隊長だからな」

「有言実行できなきゃカッコ悪いだけですよそれ」

「それもそうだな」


ほんの少し場の空気が温まった。


そんな時、魔女からの通達が入った。

ベノム出現である。


「また突然出てきたやつか…」

「どっから出てくるんだかね、ネイルセットする時間もないじゃん」

「さっさと終わらせて、謝りに行きますよ先輩」

「ん、仕事はする」

「ほんと素直じゃないですね、寂しくて毎日一人でシクシクしてるじゃないですか」

「なぜ知ってる」

「ふっ……この私に情報で勝てる者はいないのです!先輩の下着の色からスリーサイズ、体重の増減すら私は握っているのだ!!」

「え、まってソレ私もバレてるッ!?」

「もちろんリン先輩が最近2kg太ってダイエットしてるのも知ってますよ」

「ぎゃぁぁーー!誰にも言ってないのにぃぃ!!」


頭を抱えて悶絶するリンは、体を隠すようにうずくまっている。

ソレを嘲笑うかのように高笑いを決め込むハルは、悪魔のような笑みを浮かべていた。


「ハル……人のプライバシーぐらいは守ってやれ」


そんなハルを咎める隊長だったが、情報を司るハルにとって隊長ですら敵ではない。


「そんなこと言っていいんですかね、私はリン先輩のなくなったプリンの行方を言ってしまっても構わないんですよ」

「よし、任務だ皆急げ」

「まって、プリンって言った?犯人知ってるの!?教えてよハル!」

「いや~私はこの隊が不和になるのは嫌なので、黙っておいてあげますよ」

「そ、そうだな!不和になるのは良くない、今度私がプリンを奢るからそれでチャラにしようじゃないか」

「マジ?言ったかんね隊長!」

「私に二言はない」

「秘密はありそう」

「言っちゃダメですよシロ先輩」


こうして今日も彼女たちは出動する。



____________________


ふぅっと吐かれたと息は、白い煙となり空中に消える。

巨大な斧を地面に置いた彼女は、仕留めたベノムの死体を確認しながら被害状況を確認していた。


魔女のおかげもあり、人的被害は少なくすんでいるが、怪我人や建物の倒壊は発生していた。


あの日

ユウと喧嘩をしてから、二週間

はじめは怒りや悲しみといった感情が彼女を突き動かしていたが、その炎が潰えるには十分な時間が経過していた。


後に残るのは後悔と言う名の灰と色あせた景色だけである。


彼女にとって、人を救うことは当然であり、その行為に命を懸けるのは前提条件であり常識だった。

それは生半可に力を持つが故に形成された常識であり、強いから起こったことだ。


もし彼女が弱く、一介のマギアであったなら、早々に現実を認め拳に収まる量を守るのみで満足していただろう。


ただ彼女には才能と力があり、両手で守れるものが多かった。

だから認識するすべてを守ろうとする。

それはひとえに優しさと言う根っからの気質と、力が合わさった結果だ。


そして今までソレがすべて可能であり、実際に守れてしまっていた。

危険な場面ですら、自分の命を天秤に乗せることで解決してきた。


そんな危険な成功体験がより彼女の常識を歪める。

リンの表現した傲慢、それは意外にも的を射ていたのだ。


だから、力を持たない者の選択が理解できない

いざ自分が力をなくしても、その常識は変えられない。


たとえ自分が傷つこうが、命を救えるのなら躊躇しない。


ソレがユウと仲違いした原因である。

ユウはシロの命を優先した。

シロは映るものすべてを守ろうとした。

そこに互いの価値観の相違が生じたのだ。



しかし今、彼女もその違いを理解し始めている。

それはユウと離れてからの喪失感と、目の前で零れていく命を認識してきたためだ。


力は戻った。

それでも救えない命があった。


大切な物が自分から離れて、その喪失感も知った。

仲間から自分の過ちを咎められた

自身のずれた認識を正すことはできないが、ほかの認識を理解し始めている。


だから余計に


「寂しい」


口からこぼれた声は、自分でも驚くほど情けなくて

どこまでも『弱さ』を感じさせる声色だった。


(こんなに自分は脆い存在だったのか)


たった二週間ユウと離れただけで、こんなにも世界が色あせて見える。


ふと商店街が目に留まる。

珍しく活気があるエリアで、楽しげな雰囲気があった。


「お!お祭りやってますよ!」

「ホントじゃん!綿あめ食べたい!!」

「報告が終わったら行くとしよう、どうせまたベノムとにらめっこだ。すぐ動けるように固まっておけばいいだろう」


場の雰囲気は完全にお祭り気分だ。


そんな中、シロの足はとある店に引き寄せられる。


「ん?正義のベノムマギア様が何の用だい?ここにはインキクサい石しか売ってないよ」

「なんとなく……気になった」


パワーストーン

ただの願掛けだ


いつもならそんなもの意味がないとスルーしているシロだったが、今はそれにすがりたいとどこか心の底で思っているのだろう。


「なんの石が欲しい?まけてやるよ、あんたたちのおかげで私たちは店が出せるんだからね。だからなるべく高いのを買っておくれ」

「仲直り……恋人と仲直りができる石が欲しい」

「仲直り?あんたもかい、最近の若いもんは喧嘩がブームなのかい?」


そういいながら店の奥に引っ込んでいったお婆さんは、ガサゴソとなにかを探していた。


「あったあった、これだよ」


ずらりと並べられた石たち


「エンジェライト、クンツァイト、チャロアイトこの三つがおすすめだよ」


エンジェライトは柔らかな空色の天然石

クンツァイトは優しいピンク色をした鉱石

チャロアイトは紫の色彩を纏った鉱石


「1万のと10万のがあるけど、どっちがいい?」


そう聞かれたシロは無造作に札束を机に置いて一言


「100万ある……意地でも仲直りできるのもが欲しい」

「もう普通に謝った方がいいよあんた……」


とてつもなくあきれた声を出したお婆さんは、三つの鉱石の中でも質のいいものを再び持ってきた。


それらは透明感や光沢が段違いに違っている。

そんなものをこの商店街なんかで売っている彼女は何者なのか、はなはだ疑問ではあるが、今のシロにとってそんなことを気にかける余裕はなかった。


「エンジェライトは人間関係がこじれちまった時に、関係を修復してくれる効果があるって言われてるよ」


そういって美しい空色の石を差し出す。


「クンツァイトは、互いの気持ちに素直に接することができるようにしてくれる、あと怒りのエネルギーを抑えてうんたらかんたらってやつだよ」


今度はピンク色の光を反射する鉱石を差し出した。


「チャロアイトは三大ヒーリングストーンとか言われてるやつの一つさね、癒しと思いやりの心を高める効果があるらしいよ」


最後に紫色の鉱石をシロに差し出した。


シロはそれらをまじまじと見つめ、考え込んでいる


「ぶっちゃけこんなんより、あんた自身が動くことが大事なんだがね」

「ソレができたら苦労しない」

「デジャブを感じるよ、あんたのセリフ」

「ん、決めた。素直な気持ちになりたいから、このピンクのにする」

「あいよクンツァイトね」


お婆さんは丁寧に袋に包装すると、お代を受け取る。


「二個ある…」

「おまけだよ、優しいババアからのプレゼントさね」

「申し訳ない」

「そう思うならこの街をちゃんと守っておくれ」

「わかった」


そうしてシロはハルたちと合流していった。


「ったく変な子だったね、顔は無表情のくせに可愛い顔しちゃって……あぁやだやだ、若いもんはエネルギッシュでババアにはまぶしいよ」


そんなことを一人愚痴るお婆さんは、店の奥へと消えていったのだった。


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