第28話 すれ違い
パンッと甲高い音が周囲に響き、頬に鋭い痛みが走った。
呆気にとらわれながら打たれた右頬をさすると、心なしか熱い気がした。
目の前には鋭い形相のシロが、侮辱を孕んだ表情で俺を睨んでいた。
「なんで、邪魔したの」
「邪魔…?」
「あなたが私の邪魔をしなければ、死なずに済む人がもっといた」
その言葉に俺は、心の何かが切れた。
「死にかけてたやつが、たった数分で何ができてたんだろうな」
「そのたった数分が大切だと、わからないの?」
「その数分でお前は死んでたかもしれないだろ」
「それでも、人を守る者としての責任がある。一人でも多くの命が救えるなら、私は死んだって構わない」
俺は無言でシロの頬を叩いた。
こちらも甲高い音が鳴り響き、ちょっとやり過ぎたと一瞬思うが、その思考を振り払ってシロを睨みつける。
「これであいこだ、二度とくだらない妄言ほざくな」
「ユウがそう言う人間だとは思わなかった」
吐き捨てるように言ったシロは、打たれた頬なんぞ気にしていないかのように、鋭い眼光をさらに鋭くして俺を睨む。
「死ぬのが、そんなに怖いの?」
「怖いさ、怖いに決まってんだろ」
「それは他人の命を蹴落としてでも、生きる理由?」
冷静に淡々と俺を責めるような口ぶりに、俺は沸々と煮えたぎる怒りが増していった。
「そうだよ、死にたくないからマギアの近くにだっているし、お前みたいなおかしな女の近くにだっているんだよ!こんな世界じゃなかったら、お前なんかに関わるわけがねぇ!!!」
何か、言ってはいけない言葉を吐いた気がする。本当はそんなこと思ってない、ムカついたから、口から出まかせが出ただけ。
本当にそうか?
実は本心なんじゃないか?
本当は心の奥底で、思っていて、それを理性が押し留めていただけなんじゃないか?
そんな思考はシロの表情を見て、一瞬でかき消えた。
目の前のシロは、どこかショックを受けたような、悲しそうな顔をしていた。
しかしその顔は瞬き一つすれば、いつもの仏面に変わり、表情の無い冷酷な瞳が俺を見ていた。
「そう……ならもういい。救おうとする意志がない人と、私は仲良くしている暇はない」
まるで他人のような口ぶりで言われた言葉が、胸の中で反響する。
シロはもう俺を見ていないようで、踵を返してどこかへ歩いて行った。
その日はやけに、曇り空が印象的だった。
_____________________
あれから二週間が経過した。
この二週間おれは一言もシロと会話していない。
顔を合わせてもすぐに視線をそらされ、無視される。
仕事で一緒になりはするが、お互いまるでそこにいないかのように過ごしていた。
謝りたいと、何度も思った。
シロのいない生活は、どこか色あせていて…
毎日バカみたいな会話で、くだらない言葉を交わしていた時間がどれほど充実していたのか。
シロと言う存在が、自分にこれほど大きく影響していたのだと今更理解する。
ただそれと同時に、許せないという思いもある
彼女は優しい
人々を守ることを当たり前のことだと思っているのだろう。
ソレは職業柄の使命感ではなくて、彼女自身の根っからの気質なのだ。
だからこそ、自分を粗末にしてほしくない。
確かにあの時シロが動いたことで、多くの命が救われたのだろう。
俺とのいざこざが無ければ、もっと救えていたかもしれない。
でも、その時彼女はどうなっていた?
少なくとも重症では済まない。
一般人同然の体で、あの化け物と対峙するのだから当然だ。
もしかしたら死ぬかもしれない場所に、恋人が行くのだと知ったら誰だって止めるはずだ。確かに命は大切で、死んでしまったその人にも家族や人生があったのだろう。でもそれ以上に、俺は自分の知らない他人より、恋人の命の方が大切なのだ。
だから許せない
なぜそこまで見ず知らずの人間を助けようとする?
その過程で死をいとわないのはなぜ?
自分の命をなんだと思っている?
極端なことを言ってしまえば、何の力のない他人よりも大きな力をもつシロの命の方が大切だろう?
極端すぎる意見であることは重々承知している。
でもそう思ってしまうほど、俺は彼女が理解できないのだ。
謝りたい、でも自分から謝るのはいやだ。
そんな思考がずるずると二週間も続いた結果、いまの冷戦状態が続いてしまっているのだ。
そんな二週間であったが、周囲の環境も少しばかり変わっていた。
最近ベノムが無差別で人を攻撃するようになってきたことが、多くのニュースで取り上げられている。
優先順位は男よりではあるものの、視界に人が映れば攻撃してくることが増えたようだ。ハトの会はその対応として、より一層避難経路や避難場所の強化に当たっている。
また、どこから出現しているのかがわからないベノムについて
そいつらは優先順位なんてないに等しく、目に映る人間を殺して回る厄介なタイプである。
奴らの難しい所は、出現場所や出現タイミングが完全にランダムであり、事前に察知するのが大変難しい所にある。
現在その傾向が確認されているのは、人口の多い県が比較的多いと予想されている。静岡は感覚の魔女がセンサーを張り巡らせており、出現次第指示が飛んでくる。
この時ばかりはあの魔女のすごさに驚かされた。
何と言っても県丸ごと覆う魔法を使っているのだ、とんでもない影響力である。
またシロは一週間ほど前から力を取り戻しているらしく、よくニュースで活躍を見かけるようになった。
副作用の解消はどうしているのだろうかと疑問に思うが、あまり大きな戦闘をしていないようなので、どうせ我慢でもしているのだろう。
現在ベノムの件もあり、学校は臨時休校
俺はそれをいいことにだらだらとした生活を送っていた。
ふと視線をスマホへと落とす
そこには(恋人 仲直り)など意味のない検索履歴がのっていた。
「あぁ、だめだ!こんなだらだらしてたら思考も堕落していく」
なにか動かねばと体を無理やり起こし、身支度を整えた。
肩掛けかばんをひっさげ、家を出る。
あてもなく、ぶらぶらと町をさまよった。
そんな時、一枚のポスターが視界に止まる。
「パワーストーンか……」
そこには様々な石の名前と、その効果が書かれていた。
また販売場所も近くの商店街にあるらしく、何かのイベントのようなものだろう。
その他にも食べ物やちょっとしたおもちゃの広告もある。
「仲直りの石…か、今の俺にぴったりだな」
足はもう商店街へ向いていた
商店街は思ったよりもにぎわっていた。
ベノムの被害があるなか、これほどまで元気にイベントが開催されていることに少しばかり嬉しさがわいてくる。
この場所には落ち込んだ空気なんてなくて
楽し気な声と、暖かい空間が広がるばかりだ。
相変わらず男が少ないのは仕方がない
集まる視線ももう慣れた
ふらふらといろいろな店を見て回り、目的の店を探す。
ちょうど商店街の中央辺りに着くと、パワーストーンのポスターがでかでかと貼られているのを見つける。
「ここか……」
「ん?なんだい兄ちゃん、石を買いに来たのかい」
活発なお婆さんが店番をしている用で、並んだ石の奥から俺に声をかけてくる。
「恋人と喧嘩をしてしまって、謝りたいんですけど勇気がなく……」
「なんだい喧嘩したのかい?それじゃあこんな怪しい石に頼ってないでさっさと仲直りしてきな!」
自分で石を売っておきながら、怪しいと言ってしまうお婆さん
「パワーストーンなんじゃないんですか」
「そりゃそうさね、でもこんな願掛けに頼ってないでさっさと謝れば一瞬だよ」
「ソレができたら苦労しません」
「たく仕方がないやつだね、ちょっと待ってな今持ってくる」
そういったお婆さんは、お店の奥に引っ込んでしまった。
「ほら、持ってきたよ。仲直りの石だ」
そこに並べられた様々な石は、大きさは親指の第一関節ほどのクリスタルで、首にかけられるように紐が通されていた。
「結構種類あるんですね」
「仲直りの石って一言で言ってもいろいろあるんだよ」
よく見かける宝石もあれば、よくわからないゴツゴツとした宝石もある。
値段も相応に高い物もあれば、ワンコインで買えるものもあった。
「どれにすればいいんですかね?」
「ここはアクアマリンとかバカ高いもんを売りつけるのが筋なんだが、あんたにはこれをすすめるよ」
そうやって差し出された石は、全体的に白く内側は水色のような輝きを持っていた。
「これぐらいの大きさだと、一つ1万はくだらないんだがヘタレのあんたに免じて二個合わせて1万でどうだい?」
「結構高い…」
「いらないなら別にいいんだよ、適当な安いのでも買っていきな」
随分と強気なお婆さんは、面白そうに笑っている
「5千!」
「そんなんじゃ私が破産しちまうよ9千」
「ここは若者の未来を考えてください6千」
「んなもん知ったこっちゃないね、あんたこそ高齢者をいたわりな!8千」
「そこを何とか!もう一声…!」
「ちッ、これ以上はまけないよ7千」
「買った!」
「毎度あり、そのがめつい精神なら仲直りできるよ。頑張りな」
そうして俺は、二つのムーンストーンをもって帰路についたのだった。
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