第27話 逃亡
鉄クサい匂いが辺りに充満し、下の階からは悲鳴が響き渡る。
眼前に広がる光景は、平和だった時間が嘘のように崩れ去っている。
シロを助けに行くことは確定しているので、あとはどう助けに行くかである。
まず子供を安全な場所に隠し、シロを見つけ出して、できれば接敵する前にシロを気絶させて逃げるのがベストだ。
子供は更衣室に隠して棚でさらにバリケードを作成した。
意味はないかもしれないが、ほんの気持ちとしてキャンプ道具を売っているエリアからスコップを拝借した。
「後はシロを見つけるだけなんだが……」
いる
中型の目の前に
「バカ野郎がッ」
俺は全力で走り出す
その間当然狙われたシロだったが、なんと驚くべきことに初撃をバールのようなものでいなしていた。
ベノムマギアとして戦っていた時間は無駄ではなかったようで、ギラついた瞳をベノムに向けながら、うまいこと逃げ回っている。
同時に人から離れるように走っているようで、確かに被害は減っているだろう。
ただ、それでも今のシロは一般人でしかない。
触手の数が一気に増え、シロに襲い掛かる。
必死にいなそうとするシロだが、速度も力も手数でさえ勝てていない。
あっさりと両足を貫かれ、腹部にも触手が深々と突き刺さった。
ギリギリ致命傷ではないようだが、突き刺さったままの触手がシロを持ち上げるように動いた。
「あ゛ぐ……い゛ッッ!」
苦しそうに顔を歪ませるシロの顔はみるみる青くなっていき、汗で髪の毛が頬に張りついている。
やっとの思いでシロの近くまで来れたはいいが、アレでは助けようがない。
飛び出て注意をひこうが、触手でブスリとさされて終了である。
しかしほかに方法もないわけで
「どうか死にませんように!」
精一杯の祈りを込めて俺は物陰から飛び出した。
一瞬で感知され、針や触手が飛んでくる
俺の背後の壁がとてつもない音を立てながら破壊されていき、喰らったらひとたまりもないことが一目瞭然だった。
ただ注意は引けたようで、シロを突き刺していた触手を引き抜き、のそのそと追ってくる。肺が破裂するほど全力でおもちゃエリアまで逃げ込むと、棚を遮蔽物にしながら逃げ続けた。
おもちゃエリアは様々なモノが置いてあり、障害物としてはこれほどいいものはない。
視界があるのかわからないが、なるべく死角になるように動き、ボールやそこらに転がるおもちゃを遠くに投げては、反対方向へ俺は走った。
相手が相手であり、でかすぎるガタイのベノムは壁を壊しながら追ってくるので逃げやすい。ただ大きさが大きさなので、床すら破壊していくので一度通った道は使えない。
シロが倒れている位置が廊下側であることが唯一の救いだが、狙われているこの状況では助けることができない。
致命傷ではないにせよ血が出すぎている
なるべく早めの止血をしなければ死んでしまうだろう。
詰み状態
逃げることしかできない状況に俺は唇をかむ。
「伏せてください!!!」
その声に俺は素直に従った。
なぜならば聞き覚えのある声であったからだ。
俺がしゃがむと同時にレーザーが中型を打ち抜く
大きく怯んだ中型は体の一部を失っていた。
「ベノムあるところにユウ先輩ありってやつですね!」
「助かったぜハル!シロが危ないんだ、すぐに治療しなきゃいけん」
「なら屋上に運べますか!そこに医療ヘリが待機してます」
「一般人は?それも大丈夫です、別の船があります」
「わたかった、ありがとな」
「えぇ!それが私たちの仕事ですから」
すぐに白のいき、折れた腕をスコップで固定し、傷口をハンカチで抑える。
近くに転がるビニールテープをひっつかみ、ぐるぐるとまいておいた。
巻き終わった後はお姫様抱っこでシロを持ち上げ、階段を目指して走り出す。
まだ若干意識があるようで、しきりにベノムを気にしていた。
「はな……して、まだ…助けなきゃいけない人たちが」
「いい加減にしろ!今のお前じゃ荷が重すぎるんだよ!だまって気絶しとけ」
口は動くが抵抗する力はないようで、ぐったりと俺に体を預けるシロ
階段を上がる際の衝撃が痛みを引き起こしたのか、顔は苦しそうに歪んでいる。
屋上の扉を蹴り開け、すぐに医療ヘリに飛び乗った。
「一名見れるか?結構重症だ」
「シロ隊長!?は、早く治療を!」
「ダメです手が足りません!!!!」
「回復ゲル使っていいから!」
「一般人には使用するのは……」
「聞いてなかったのシロ隊長だって!」
「し、失礼しました!それなら大丈夫ですね」
回復ゲル
静岡市奪還戦でも使われていた回復スライムのようなもの、それの上位互換だ。
強力であるがゆえに、一般の人は負荷に耐えられる慣れが存在しない。
ベノムの力にある程度慣れている人のみ使用が許可されている劇薬だ。
そのゲルを注射針でシロに注射した。
傷はみるみるうちに回復し、元の綺麗な肌が破れた服から顔をのぞかせる。
「これでひとまず安心です、ユウさんでしたか、手が足りないので手伝ってくれるとありがたいです」
シロの班の子がそうお願いしてきた。
俺がカウンセラーの資格を持っていることを知っての発言だろう。
俺はもちろん了承し、ガーゼや消毒液をあちらこちらに運ぶことになる。
「その前に子供を三階の更衣室に隠してきたので、できれば助けてあげたいんですけど……」
「わかりました、救助隊に連絡を取ります、場所はわかりますね?」
「えぇ、キャンプエリア近くの服屋です」
「了解しました、必ず助けます」
「ありがとうございます!それと、今の被害はどれほどなんですか?」
一階の惨劇を見ていた俺はふと疑問に思ったことを口にする。
いくらマギアたちが優秀であろうと、いきなり出現したベノムに被害なしで済むはずがない。さらに今回はどこから町に入ったのかがわからず、さらに事前に察知することができなかったため被害は大きいだろう。
「このモールでも死者は500は超えていると思います、怪我人も数えるともっと増えますし、モール以外もいきなり襲われてしまった人たちもいるので1万人はすくなくとも被害にあったと思います」
「突然出現したんですか…」
「えぇ、突然らしいですよ。小学校に赤が出てしまったところもあって、そこは地獄絵図だったらしいです」
「倒せてはいるのか?」
「えぇ、隊長がすぐに駆け付けて倒したんですけど、その時にはもう学校は崩壊、在校中の人の半数が殺されたらしいです」
むごい
吐き気を催すほどの地獄が頭をよぎる。
モールの一階のような光景を、もっと黒く煮詰めたような光景なんだろうと俺は思った。
「さすがに私たちも何人か吐いてました、死体を初めて見る人もいたみたいですし」
「それにしてもなんでベノムの襲来を察知できなかったんだろうな」
「えぇ、本当に…。今年最悪の事件ですよ今日は」
「今は救える命をより多く拾うのが先決だな」
「えぇ……」
俺は名前の知らない少女とそんな言葉を交わし、せわしなく働くのであった。
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