第30話 波
パワーストーンを買った翌日のことだった。
俺は服装を正し、緊張した趣で扉の前に立っている。
シロに謝るべく、俺はこうしてシロの家に来ていた。
と言っても自宅から真ん前の家なので、すぐについたのだが…
「ふぅ~、落ち着け俺!ただあってゴメンナサイって言うだけ……」
そんな時だった。
けたたましいサイレンの音が街中に響き渡る。
警戒レベルマックスの音量だ、それ相応の事件があったのだろう。
「まじか…」
ひとまずシロに会うべくチャイムを鳴らすが、家には誰もいないようで、先ほどまでの緊張はすべて無駄であったことが分かった。
気落ちしながらも自宅に戻り、避難用の荷物を整える。
「ほんとに最近は物騒すぎる」
零れた愚痴も、避難勧告の放送によって掻き消えた。
『現在ベノムの大群が海岸から接近しております、大変申し訳ありませんが、指定区域にご在宅の皆さまは、至急405特急避難列車にご乗車ください』
どうやら今回のはヤバイやつらしい
俺も事前に説明だけは受けたことはあるが、この世界で初めて使われる避難方法だ。
405列車は通常の列車とは異なり、超巨大な船と言っていい大きさの避難列車である。一両で街の住人の四分の一を運ぶことができ、頑強な装甲を持った避難特化の列車だ。
避難場所は聞いていないが、噂によると内陸側の地下空間に避難すると聞いたことがある。
この列車が使われるということは、街が壊滅状態になる可能性を秘めている。
せめて人命だけでも……とうい目的で開発された列車は、広島の事件以降開発された列車だ。
つまり、広島で起きたあの事件と同レベルの化け物、もしくは量のベノムがここに迫ってきているようだ。
広島で起こったアレとは
青い個体のベノムに引き連れられた数々のベノムによって、たった一時間で県丸ごと壊滅した悲惨な事件である。
俺がこの世界に生まれる前に起きた事件ではあるが、とてつもなく悲惨な事件であると聞かされていた。
こうなってくると俺もちょっと焦ってきた。
実際に放送を聞いたせいで心臓はバクバクである。
なんでサイレンの音ってこんなに人の危機感をあおるのだろうか…
兎に角シロと仲直りなんて考えている暇がなくなったことは明白であり、さっさと荷物をまとめて俺はチャリを走らせた。
ここから避難列車まではかなりの距離があるわけだが、そういう人のために列車までのバスがいたるところから出ているので、俺もそこに向かう。
列車には乗車優先順位があり、怪我人や男子供、若者、老人、特殊役職の人の合計四回である。
特殊役職の人は主に戦闘する人々であり、軍人やマギアなんかが該当している。
俺たちが避難する最後まで戦ってくれる人には感謝!
「え、まってじゃあシロは……」
そこで俺、気づいてしまう
シロが最後まで残る→ベノムの大群と激突→シロ帰らぬ人となる
「ある、あり得るぞ…」
俺は悟った
アイツの性格上、見捨てるや逃げるといった選択ははなから存在していない。
そうなると結局最後まで戦うだろう
で、所詮シロも人であり、個である
百戦錬磨、一騎当千の強者であっても1万の敵がくれば限界が来てしまうことは火を見るよりも明らかだ。
逃げる選択肢を持たないシロにとってこの戦いは死への直行便なんじゃないか?
「は、はは……何してんだろ俺」
それに気づいてから、俺の体はバス停から離れ始めていた。
「何もできないくせに、なんで動いてんだろ」
今の自分が不思議でならない。
口では死にたくない死にたくないとほざくくせに、俺は今自分から死にに行くような行為に及ぼうとしている。
スマホのニュースにはベノムの予想到達時間が記されていた。
時間は刻一刻と迫っており、もうすぐ第一列車は発車している時刻だ。
バス停に居れば十分どころか余裕で間に合うはずなのに
ソレを無視して俺は海岸へと向かっている。
「ほんとにバカだな俺」
その一言は、今もうるさいサイレンで掻き消えていくのだった。
______________________
「緊急配備!緊急配備!至急動けるものは海岸線に急げ!!!」
けたたましいサイレンが部屋中に響き渡り、せわしなく動く人々
ここハトの会支部は今までにないほどせわしなく動き回っていた。
静岡県全体の海岸付近に出現した黒い波
突然出現した軍勢と呼ぶには生ぬるい光景に、当時モニターから監視していた役員が絶句していた。
「な、なんなんですかアレ」
「わからん!今はとにかく防衛拠点を早く!急げ」
海を埋め尽くすほどのベノム
それが刻一刻とこの街にも迫っていた。
「遠距離からの砲撃は!?」
「ダメです!焼け石に水です!あの数相手じゃ意味が」
「ほざくな!少しでも数を減らせ!!!」
「は、はい!!!」
静岡に存在するすべてのハトが総動員で対応を急ぐが、何をしても敵の進行は止まらず、砲撃による攻撃で数を減らすことも、意味があるのか疑問に思える数だった。
そんな緊迫した状況下
ユウたちが住む町の防衛を担当する覇道隊
「もはや絶景だな」
「あの数はさすがに私たち死にますよ」
「とは言っても私たちの町は海に接している、一番に被害を受ける場所だ」
「砲撃もあんま意味ないねー」
彼女らもいつもとは違った緊張した趣で海岸にて待機している。
海岸には自衛隊も配備されており、街を守るようにずらりと並んでいる。
洗車や軍用ヘリ、砲台やミサイルなども過剰と思うほど設置されている。
もちろんすべてベノム用に加工されており、核の破壊まではいかずとも、外装を削るのには十分な威力を誇っていた。
「どうするんです?」
「非難が終了するまで粘るしかあるまい」
「非難が終わるまでまだ二時間ほどかかりますよ」
「あと三十分で第一が発車する」
「敵はあと20分でここまで到達しそうです」
その場を沈黙が支配した
「一人百体倒せばいけるか?」
「正確には一人147体ですね」
「無理でしょ……」
「かと言って逃げるわけにもいくまい」
海岸には見渡す限りの兵器と、自衛隊が並んでいる。
ただベノムを殺す決定打となるマギアの数が圧倒的に足りていない
「私たちが戦闘の要であることはわかっているな?」
「そりゃそうだけど」
「つまり死ぬなってことだ」
「ん、配置はどうするの?」
「一か所にまとまる」
「それじゃ端っこの援護ができない」
「分散して各個撃破される方が危険だ、私たちが死ねばそもそもベノムを倒せん」
コトネはこの状況下であまりにも尖った指示を出した。
本来であればマギアという貴重な戦力を分散し、一匹でも多くベノムの侵入を防ぐのがセオリー
だが彼女はあえて固まって動くことと指示する。
よく透き通った声だった
「核を破壊できるのは私たちだけだ、ならば核を剥きだしにするまではやってもらってしまえ!だからそれまで、一人も欠けることは許さん!今日のノルマは一人147体討伐だ、ボーナスは私が上にたっぷり請求してやる」
「理不尽な隊長を持つと苦労するねぇ」
「他よりホワイトですよ、多分」
「ん、周りに誰もいない状況で147体相手にするよりマシ」
「確かに……そうかも?」
この選択が吉と出るか、凶と出るか
ソレはまだわからない…
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