第二章

第25話 シロ、弱体化パッチ導入

一年半の月日が流れた。シロ達は中学三年に進級し、受験シーズンであった。



季節は巡り、12月


耳を掠める風が冷たさを帯び、寒気がやってきたことを知らせる。

静岡は比較的暖かい地域とされるが、それでもわかるほど空気が冷えてきた。


シロは首元に巻いたマフラーを口元に寄せ、一人通学路を歩く。

いつも隣にいるはずのユウは気温の変化で風邪を引き、無様に寝込んでいた。


今日は曇り空

湿った空気はなく、むしろカラッとした空気がシロの肺を満たす。

風は無駄に吹いていて、体感気温を下げてかかる。


冷える手に息を吹きかけ、寒さを誤魔化すシロは何かに気づいたのか足を止めた。


視線の先にいた人物

真っ白な和服の装いのお婆さんが、道端で地図を広げて唸っていたのである。


「お婆さん、どうしたの?」


シロは職業柄か、それとも性格なのかはわからないが、困っているなら手を差し出すのが基本である。


シロの声に気づいたお婆さんは、しわくちゃな唇を開いて答えてきた。


「いやぁ、若いもんに追い出されちまってな?家探しとるんだよ」

「追い出された?」

「そうさね、意見が合わなくてねぇ、ワシは見ているだけで良いだろうって言ってるんだが、若いもんはそれが嫌みたいでね、追い出されちまったってわけさ」


そう言ったお婆さんは、ホレっとシロに見せつけるように腕をまくる。


視線を向けたシロは少し目を見開き、自分の鞄をすぐに漁り始めた。


その腕は傷だらけであった。

切り傷や打撲跡が至る所にあり、痛々しい佇まいである。


「放っておくと危ない、すぐに治療する」


救急セットを取り出してお婆さんに迫るシロだったが、お婆さんはそれを拒絶した。


「こんなもん唾つけとけば治るさね、若いもんの慈悲なんていらないよ」

「そういう問題じゃない、命に関わる」


シロの真剣な表情でお婆さんを見つめる。その瞳には一切の迷いがなく、本気でお婆さんを心配していることが伝わった。


そんなシロに根負けしたのか、お婆さんは『片腕だけだよ』と言いながら腕を差し出した。


「全部見せて」

「素っ裸になれってのかいあんた」


これにはお婆さんもじとっとした目でシロを睨む。それにシロは仕方ないとばかりに片腕の治療にあたり、きちんと病院に行くことを進めた。


「こんなもの意味がないのにねぇ…」

「意味はある、だから病院に行くべき」


そう言ったシロは、改めてお婆さんが持っている地図に視線を向けた。


「家は何処にあるの?」

「あぁ、この辺のを探してたんだが、もう見つけたよ」

「この地図かなり古いから、迷子になる」

「いやいや、大丈夫さ、もう目と鼻の先さね」


そう言って指を刺すお婆さんに釣られて、シロは視線を向ける

そこにはただの空き地が広がるばかりで、家らしきものは見当たらない。


「何もないよ……?」


そう言って振り返るシロだったが、そこにはもう誰もいなかった。


後に残るのは、巻いたはずの包帯と、古ぼけた地図だけである。


狐に摘まれた様な感覚に陥ったシロは、数秒思考が止まって困惑した。


辺りを見渡してみるも、人影はなく静かな朝だった。


__________________________


「であるからして~、この公式は・・・」


落ち着いた先生の声が教室に響き、教室に設置されたエアコンからくる暖房がとても心地いい空間を作り出している。


現在は二時間目の授業、数学である。

シロは勉強が嫌いであるが、ハトの会直営の高校を目指し勉学に励んでいた。


しかし、今日はなんだか思うようにいかない

単純な計算ミスや、書き間違えなど些細なミスを連発してしまっている。


はじめは朝だからまだ頭がまわっていないから、手がかじかんでいるから、などと理由を浮かべながら過ごしてきたシロだったが、段々と体が重くなっていくことに別の理由を考え始める。


授業が終わるころにはもう体の重さが限界に達し、座っていることもきつくなっていた。


ユウの風邪でもうつったのかと額に手を当ててみるが、さほど熱くはない。

呼吸もしにくく、頭もボーっとしてきた。


コレはダメだと悟ったシロは、ふらつく体で保健室へ向かうべく立ち上がる。

地に足をつけ力を入れたはずの足は、思った通りに動くことはなく姿勢を崩してしまう。


いつもならすぐに立て直せるふらつきですら今のシロにとっては脅威だった。


ガタンと大きな音を立てて床に崩れ落ちるシロ

当然意識はない


静かだった教室はいっせいに騒がしくなった。

数学を教えていた先生が倒れたシロにすぐさま駆けつけ、あわただしい声が教室中に響くのであった。



___________________


「で、結局ここまで回ってきたわけか…」


分厚い眼鏡を少しづらしながら、シロのカルテを読む白衣の女性がつぶやく。

病室の一室に寝かされるシロは、視線だけを彼女に向けながら言った。


「昨日までは健康だった」

「そりゃぁ昨日会ったじゃないか、知ってるよ」


昨日まではピンピンしていたにもかかわらず、今ではサイズの合わないダボっとした病院服を着せられ、点滴を打たれている。


「普通の病院で検査して結果健康体なら、こっちの問題だろうね」

「私の核が反乱した……」

「まだ調べてないからわからないけど、多分そこらへんで異常が起きてるんだろうね」


こうして検査が始まった

検査方法は普通の病院の診断と大して変わりはないが、見る場所や観点が違うためこうしてベノム関連はハト側の医療設備で行われる。


2時間ほど検査をして、やっとこさ結果がでてきた。


ただでさえ動けないシロはこの二時間でさらに疲弊することになったが、命と健康のため気合で踏ん張っている。


「ん~、結果出たけど……聞く?」

「まさか余命…せんこく」

「違うって、怖いこと言わないでくれよ」


シロは無表情でこういう冗談を言ってくるので、慣れていなければ気がもたない。


「えー、端的に言うと君が取り込んでいたはずの核が内側から破壊されて、新しい核が生えてきてる」

「・・・?」

「で、今の脱力状態は核と融合していた君の肉体が、核を失ったことで一部機能しなくなった状態で、いわば心臓が止まっちゃってるから体動きません状態なんだ」

「心臓とまったら死ぬよ?」


ごもっともすぎる返しにカヤは頭を抱える。

カヤにとっても初めて起きている状態なので、説明が難しい。


要約すると、シロの体は心臓と取り込んだベノムの核によって運営されていて、片方が機能停止したから、筋力や臓器が著しく力を落としてしまったわけである。


エンジンを二つ使って動かしていた体を、突然一つで動かさなければいけなくなったのだから、大変なことなのである。


ここで、エンジン二つなら力も二倍じゃん!と考えてはいけない

体を動かすのに必要なエネルギーが10ポイントだとして、もともと一つのエンジンで動かすのなら、エンジンは10ポイント分のエネルギーを出すのだが……


二つエンジンがあり、10ポイントのエネルギーで体を動かす状況になると

体は無駄を嫌うため、1つのエンジンが5ポイントずつ出して動かすのだ。


慣れとは大切であり

準備運動なしで激しい運動をすれば怪我をしやすいように、ゆっくりと段階を経てから行動しないと、いきなり増えた負荷に体が付いていけないのだ。


つまり現在

シロの心臓はいきなり10ポイント分のエネルギーを一人で賄う必要に迫られ、いきなり増えた仕事にあたふたしているわけである。


「それが今の君の状態」

「新しい核が生えた件は」

「ソレは私もよくわからないんだけど、とにかく新しい別の核が今君の体の中にある。当然新しいものだから体になじまないし、本来取りこんでいい規定値を軽く超えている大きさだから、馴染むまで力は使えないと思った方がいい」

「規定値ってどれくらいなの」

「だいたい卓球のボールくらいだね、今君の中にあるのはその大きさの三倍さ」

「それ大丈夫なの?」


そう聞かれたカヤは押し黙る。


「適合率が高く、ベノムの核に一度慣れている体だから死なないと思う。核を取り込む過程で一番危険なのは摂取するときで、体の中で安定してしまえばもう危険はないんだ」


説明が続くようで申し訳ないと謝るカヤが語る内容として


シロの体にある新しい核は、元の大きさより三倍ほど大きい

しかし安定はしているので、命の危険はない

ただ体に根付いていないので、核と体がつながっていない状態である

そのためしばらくベノムマギアとしての力は使えないだろう


ということだ。


「それは大変だね」

「君のことだろう……」


わりかし呑気なシロは、淡白な声でそう言ったのだった。


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