第23話 胃袋を掴むシロ(物理)

シロと正式に恋人となった。

文章にするだけで、顔のニヤケが止まらない…そんな今日この頃


「あの〜、シロさんや……どうして俺は手術台に乗せられているのかな?」

「恋人と長続きする秘訣、胃袋を掴むと良いと、ネットに書いてある」

「うん、そうだな。長続きの秘訣だな」

「だからユウの胃袋を掴む。大丈夫、麻酔はある」

「違う違う違う‼︎絶対違うって‼︎胃袋掴むって物理じゃないから‼︎間接的に掴むんだって!」


ジタバタと体を捻って脱出を試みるが、体はガチガチに固定されており、全く抜け出せる気配がない。


「メス」

「はいどうぞシロ先輩!」

「テメェ!ハル!なんでいるんだよ!そしてなんでノリノリでメスを渡してんだよ!」

「いやぁ~シロ先輩が胃袋掴むって聞いて」

「いや止めろよ!胃袋物理で掴んでどうすんだよ!お前絶対わかってやってるだろ!」

「切る」

「うわあああああヤメロォォォォ!」


必死に争う俺の腹に、メスの冷たい感触が走る。

『麻酔はある』とか言ったくせに、俺に使わなかったら意味がないだろ……


「くッ、私にはユウを切れない……」

「よぉぉし!!そのままメスを置いて拘束を解いてくれ!」

「胃袋を掴むのは断念無念」

「無表情で言っても面白くねぇんだよ、怖いってそのギャグ!」

「む、ギャグじゃない」

「メス持ちながら顔によるなぁぁぁ!」


俺は早々に自分へ死のレールが近づいていることを悟り、やはり告白は間違っていたのかと思い始めていた。


「いや~君たち面白いことしてるね」


手術室に侵入してきた魔女は、面白そうなものを見るように言った。

コイツ暇なんだろうか…


「魔女?どうしたの、この街に何の用」

「ん?あぁ、別に暇だから様子見に来ただけさ」

「ちょうどいい、ユウの胃袋を掴みたい。アドバイスして」

「胃袋掴むって状況じゃなくない?」


珍しくまともなことを言う魔女に俺は感激した。


「僕が知る限り、恋人の胃袋を掴むのにメスはいらないかな?使うとしたら包丁とか……」

「包丁で腹を切るの?」

「いったん彼を捌くことから離れようねシロちゃん」


困惑気味にほほ笑む魔女は、拘束されている哀れな俺に近づき問いかけてきた。


「ねぇ、君の彼女ってもしかして天然?」

「そうですねド天然です…」


魔女は数秒考えるそぶりを見せると、シロに向き直った


「えぇっとね、胃袋を掴むってのはね、おいしいご飯を作って相手が君の料理が一番おいしいって思わせることなんだよ」

「胃袋つかんでない」

「相手の胃袋が君以外の料理を受け付けないって比喩だと思うな」

「なるほど、ユウに私の料理なしでは生きられないようにする……」


こうして俺は解放……されなかった





__________________


ところ変わってここはハトの会支部の調理場


エプロン姿のシロと椅子に座らせられた俺(紐で足を固定済み)

周囲の観客として魔女やハルが遠目で俺を見守っている。


「裸エプロンはきわどいですよ先輩」

「ダイジョブ下着はつけている」

「そういう問題じゃねぇよ!」

「料理するときはこの格好が基本だと魔女に教わった」


ソレを聞いた俺は魔女の方へ顔を向けると、親指をグッと立てた魔女がいた。私、気が利くでしょアピールが余計にうざさを増している。やはり一瞬でも尊敬した俺が馬鹿であった。


「今度こそ、胃袋を掴む」

「ほどほどにしてくれ」

「まずはお味噌汁が定番だと聞いた」

「そうだな」

「なのでお味噌汁を作っていく」


そういったシロは真っ黒な包丁を取り出した。ベノムの金属を加工した高級品、なぜそんなものを持っているのか疑問でしかない。シロはそもそも料理をほとんどしないのだから、包丁やエプロンを持っていることに疑問がわいてくるのは当然である。


そう思って魔女を見ると、やはり親指を立ててサムズアップしていた。

丁寧に新品を上げましたとプレートで教えてくる始末である。


「大根のお味噌汁でいく」


なぜ大根なのか…

多分俺が煮物系が好きで、よく大根を食べているからだと思うが…


そんなわけで、割としっかり見られていることにちょっとうれしくなったが、椅子に座らされている現状微妙な気分だ。


作業の工程は意外にも丁寧に行われており、包丁の使い方も俺よりも上手い気がする。手順もきちんとレシピ通りに作られており、味噌の良い香りがさっそく漂ってきた。


数分後……


「できた」

「シロちゃん、最後に愛情の隠し味を入れなきゃ!」

「どうする」

「手でハートを作って『美味しくなぁれ!萌え萌えキュン』ってやるんだよ」

「だまされるなシロ!それは罠だ!!」


やってほしいかと言われたらやってほしいけど…

なにかシロの知らぬうちに尊厳を傷つけてしまう気がする。


「何の意味が…」

「魔法だよ!魔法!これで彼の胃袋をつかみ取るのさ」


力がこもった声で力説する魔女は、興奮気味にシロへ語り掛け、ちゃっかり一眼レフカメラを用意していた。


「む、ならやる」

「うぉっしゃぁぁぁ!キタコレェ!!今日のおかず決定!」


ふーっと息を吐き、集中するシロ

萌え萌えキュンにそこまでの集中力が必要なのかは疑問ではあるが、本気であることは伝わってきた。


瞳を深紅に染め、髪が灰色へと変わる


「いやそこまでする?」

「本気ですねシロ先輩…ブフッ」


適合率100%の状態で挑む萌え萌えキュンとは何なんだろうか…


「やる!すぅ~………」


「『美味しくなぁれ!萌え!萌え!きゅんッ!』」


エプロン姿で放たれたその一撃は、いともたやすく俺を悩殺する。

ふわっと桃色の風が舞い、そよ風のように俺の頬を通っていった風は暖かく、心地がいい。


「できた、ユウ食べて」

「お、おう」


思わず浄化されていた俺はシロの声で我に返り、出来立ての味噌汁に恐る恐る口を近づけた。


「え、美味い……」


驚くほど美味かった。

舌にのせた大根からは、味が良くしみた大根の味がした。

20分で作れるものではない、大根に味がしみこむまでには時間がかかるはずなのに、この大根からは1時間ほどよく煮たてた味がした。


味噌も濃すぎず薄すぎない、これはおふくろの味を超えていると言っても過言ではない美味しさがあった。


「ふむふむ、僕も味見していい?」

「いいよ、アドバイスのお礼」


そう言われるや否や、魔女は味噌汁をお椀に掬って飲み始めた。


「うわホントに美味しい!20分でこの味は出せないね。これは……漏らしたね魔法」

「漏らした?」

「いや、何でもない。とっても美味しいよ」

「俺もさすがに胃袋を掴まれたと言わざるを得ない……」

「ドヤ、私はイイ女」

「最高の彼女だよ、毎日作ってくれ」


いつになくドヤ顔をするシロが可愛らしく、ついつい誉め言葉が漏れた。

そんなこんなでワイワイと温かい時間を過ごしていたのだが……



『あー、テステス、緊急で任務発生だ諸君。私は眠い中叩き起こされて気分最低だが仕事だ、シロとハルは調理室で遊んでないで集合してくれ』


覇道隊長だ

とても眠そうな声がスピーカーから聞こえてくる。


「仕事、最近多いね」


のんきな声で魔女が言う


「そういう魔女様は動かないんです?」


俺の問いかけに魔女はのほほんとした表情で答えた


「僕が出るほどじゃないよ、それにこの街にはシロちゃんがいるでしょ?」

「確かにそうですね」


フッとシロへ視線を向けると荷物をまとめたシロが扉に手をかざしていた。


「ん、仕事行ってくる。ユウはいい子で待ってて」

「その恰好で行くのか?」

「しかたない、緊急」

「そもそも、俺はついていかなくていいの?」

「すぐ終わらせる、それにここなら敵が来ても問題ない。ユウは私の味噌汁でも飲んでて」


カッコイイことを言うシロであるが、下着にエプロン姿という少し破廉恥すぎる恰好なので、なにかと締まらない。


「先輩、さすがにあっちで着替えた方がいいと思います」

「ん、別に大丈夫だよ?」

「先輩の羞恥心じゃなくて世間体的にですね、エッチすぎますし」

「わかった、あとで着替える」


よく言ってくれたハル、お前がいれば安心だ。


「え~僕はその恰好でもいいんだけど」

「あんたは黙っとれ」

「ちぇ~」


短い応答の後、シロは調理室を出ていった。

残された俺は、まだ暖かい味噌汁をすすりながら、シロの勝利を祈るばかりである。



________________

あとがき

次回で第一章終了です

二章は、シロとユウが中学三年生になり、受験間際の時間帯から始まります。

気分的に冬からスタートしたいのです


物語も大きく動き出し、二人にも大きな試練がッ……起きたり起きなかったり?

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