第19話 魔女

パチンと指が音を奏でる

それがベノムが感知した最後の感覚情報だった。


ベノムがどこからどうやって外の感覚を感知しているのかは、未だ判明していない。目も、口も、臓器だってこれと言ったものは発見されなかった。


唯一わかったのは、ベノムの体内に核があり、それが体を操る器官であり重要な部位というだけである。


しかし、確実に外の動きを感知し、また死角も存在する。

味覚があるのかは定かではないが、人をえり好みして食べているので好みはあるのだろうし、味覚もあるのではないかと思われている。


嗅覚は鋭いことが確認されており、かなり遠くからでもユウを感知して襲ってくるなど、様々な場面で嗅覚があることがわかっている。


触覚はどうなのかといえば、もちろんある

ベノムの体に触れればそれなりの反応が返ってくるのだ。


感情の有無は不明


そんな化け物相手にルールをかせることができるのが魔女のちからだ。


「なぜ僕らが魔女や、マジシャンなんて呼ばれているか教えてあげようか?」


口角を上げた魔女が口元に手を当てながらベノムを見つめていた。


「まぁ聞こえてないか…」


瞬間そこら中にいた赤いベノムが爆ぜた。

飛び散る液体金属、核は等しく砕けており、力なく崩れ落ちる素材と化していた。


「僕らは能力だけじゃない、身体能力も人を超えられる。さぁ、なんの情報も得られず、自分の思考だけが存在する暗闇へようこそ化け物どうるい達」


反応さえできずに死していくベノム

すべての感覚を取り上げられ、自分が動いているのかさえわからずに、魔女の圧倒的身体能力で蹴散らされていく。


「ふーん、オレンジはやっぱ対応してくるか」


魔女が持つ固有の能力は、万能ではない。

人間と交じることで能力に多彩さが生まれ、魔女たちはベノムにはない力を得たが、その根源はベノムの核による力であり、上位個体がその能力を持っていないわけがない。


能力同士がぶつかり合うと、どちらか強いほうが勝つわけだが、その能力も軽減されてしまう。


「私のほうが強いけど、まぁそれなりに抵抗してくるな」


その威力減衰の幅を抵抗力と呼ぶとか呼ばないとか…

魔女のみが知るところである。


「あぁ〜やっぱ支配系はめんどくさいな、物理で行っとこうか」


彼女の専用武器であるムチのような武器

ジャラジャラと金属製の返しがついており、青紫色に発光する機械仕掛けの縄部分が威力の凶悪さを主張するようだった。


「動きが鈍いでしょう?僕がいるんだしょうがないさ」


軽く振るわれたムチは一瞬で音速を超えて周囲を切り刻む。

空気を押し出すような甲高い音がしたかと思えば、オレンジのベノムがいた地点の大地ごと両断していた。


鉄柱がズレて崩れ落ち、バスエリアは一瞬で瓦礫の山と化した


「あ、やっべ」


完全にやりすぎである。


「あちゃ〜やりすぎちゃッとわぁ!?」


頬をかすめる触手を避けた魔女は、少し面白そうに敵を見つめる。


「生きてたんだ、やるねぇ」


周囲を囲む無数のベノム

感覚を奪っているベノムたちが動いていた。


「ふむ、オレンジが直接操ってるのかな、証拠に攻撃の精度は低い」


感覚がない個体を無理やり操っているのだろう、彼女が施した魔法は感覚を奪うだけであり、動けないわけではないのだ。ただ動いたことを認識できないだけ、それが凶悪ではあるのだが、第三者が動かすなら関係ないだろう。


襲い来るそれらすべてをムチの一振りで弾き飛ばす


「壁に耳あり障子に目あり、お前に手足ありって感じかな」


完全なる死角からの攻撃も平然と避ける魔女


「僕の能力は感覚を操れる力、魔法とも言うけどね。感覚を奪ったり、与えたりできるわけだけど、それは生物に限定されるわけじゃない」


飛んでくる針を周囲の瓦礫もろとも弾きながら説明し始めた。


「言わばここ一体は私の体であり、目であり、耳である。気持ち悪い這いずったような感覚もしっかり感じるんだぜ?僕にかかれば『かくれんぼ』なんて三秒もかからず終了だよ」


的確に瓦礫に隠れるベノムを叩く

ムチが振るわれると同時に、ベノムの体は裂け、弾かれ砕かれる。


「まだまだこんなんじゃない、君に魔法をプレゼントしてあげよう。【苦痛の幻影】ペイン


彼女がそう唱えた瞬間、周囲のベノムが一斉に苦しみだした。


「感覚器官がないのに不思議だねぇ…」


嘲笑うように魔女はベノムをプチプチと潰していく。


「オレンジの個体は赤以上青以下ってところかな、青より数段弱いから君の上にまだいるね」


今までの動きを見る限り、赤の上位互換であると魔女は結論付けた。


「広島の青もこれくらい僕の魔法が効けば楽なんだけど、干渉系の僕には限界があるからなぁ…」


彼女の本来の領分は集団戦にある


自軍の感覚を強化し、敵の感覚を鈍らせる。

バフとデバフを広範囲でばら撒き、優位な状況を作り出すのが彼女の強みであった。


「とりあえずここの掃除は終わったかな」


そう呟く彼女の周囲は綺麗さっぱり元の形へと戻っていた


「非生物に感覚を与えると、動くなんて僕しか知らないだろうね」


オレンジのベノムは三体いた数を残るは一体まで削られていた。


「君はもういいよ、僕は新たな芽を摘まれないように行かなきゃらないんだ」


そういった魔女は振り返ると姿を消した。

もちろんバスエリアにベノムはもういない。


シミのように飛び散った液体金属が、地面に広がるだけである。








___________________

「ごめんね、よく頑張ったよ。あとは僕の仕事だ」


(うぁ〜僕が調子乗って遊んでる間にこの子ボロボロじゃん)


先程の戦闘にて汗一つ流さなかった彼女は冷や汗でびしょびしょである。


(これ生きてる?ダイジョブだよね?死なせたら僕も殺されちゃうよ!!)


敵を眼の前にして、シロの容態しか気にしていない魔女は、見た目の優雅さで誤魔化している風格が剥がれそうになっている。


「も、もしも〜し。生きてるよね、だ、大丈夫だ僕の魔法が壊れてなかったら死んでない!よし!!!」


『ぐがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』


「うるさい!」


無視されたことに怒りを覚えたのか、それともシロに追い詰められて焦ったのか、魔女に対して攻撃を仕掛けたベノム。

しかしそれどころではない魔女からすれば、そんな暇はないのである。


まずベノムは五感のすべてを奪われ、何も感じられなくなり、痛いや苦しいという感覚だけが襲ってきたかと思えば死んでいる。


死を自覚できずに死ぬ、それが感覚を奪われるということだ。


「僕は未来の若木の面倒を見るのに忙しいんだ」


周囲一体が切り裂かれ、とてつもない轟音とともにオレンジ色のベノムも消されていた。


魔女が持つムチはシロを守るように展開し、あたふた慌てる魔女は慎重に手当を開始した。


「もぉ負荷を与えろなんて意味わからない指示するからこうなんだよ!女王のバカァ!!!僕は人を育てる素質なんてないんだってば!」


グチグチと恨み言をつぶやきながら、壊れ物を扱うようにシロに触れる魔女


「ふ、ふへへ〜。久しぶりに人間を触ったよぉ〜、はわぁ〜肌モチモチだねぇ…こんなかわいい子が傷なんて残しちゃだめだねぇ」


ぱちんと指を慣らし、シロを完全に眠らせた魔女は、ニマニマと気持ち悪い笑みをこぼしながらシロを担いだ。


「えへへ、この子の感覚いいなぁ〜、恋してる子の感覚だよコレ!!世界が輝いてるぅ!!」


彼女の悪癖

それは気に入った子の感じる感覚を自身に共有し、楽しむことである。


人によって感じる感覚は違ってくる。

感じ方によって世界は変わるのだ。


それを人知れず楽しむのが、彼女の唯一の楽しみ…なのかもしれない




__________________

感覚の魔女設定資料


名前優紀 明楽ゆうき あきら

年齢 22歳

身長 162cm

職業 ベノムマギア【魔女】

趣味 他人の感覚を体験すること

特技 お手玉

好物 桃 ウィスキー


外見

小柄の貧乳、大学一年生の時に魔女になったためそこから見た目が変わっていない。

薄紫色の髪でセミロング、まつ毛が長く目は大きめ。服装は魔女っ子風なものをよく好んできている。


性格

お調子者の僕っ子属性

焦りやすく、意外とチョロい

気に入った子の感覚を自分に共有して楽しむ悪癖があり、女王に何度か怒られた経験を持っているため、女王には逆らえない

自分が圧倒的有利な状況になると、メスガキムーブをかましてよく失敗している。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る