第17話 撤退戦

爆音が鳴り響き、駅のホームの壁が崩れ落ちる。

雪崩のように流れ込んでくる赤いベノムは、すべての物を破壊していた。


対するマギア側は、線路沿い


「シロ隊長!これでは間に合いません!!!」

「火力を集中させて一点突破しないと、どっちみち詰む」


周囲に散らばるマギアたちをかき集めながら、一点突破のための人員を確保する必要があるのだが、赤いベノムが遊撃に来るため、なかなか集まらない。

刻一刻とベノムの本軍とも呼べる部隊が迫ってくる。


焦りはミスを生み、シロの隊も負傷者が出始めた。


(せめて、もう一人指揮ができる人が欲しい)


ソレが今のシロが願う事であった。

もともといる赤三体の内一体を処理し、二体を倒せば終わると思っていた戦闘が、赤いベノムの追加によってキャパオーバーを引き起こしている。


「くッ……数多すぎ」


シロ一人では到底処理できない数

かといって彼女以外に赤とまともに戦える者はこの駅には存在していない。

改札口から流れ込んでくるベノムは、階段や壁を破壊してホームへとなだれ込んでくる。


「通常個体を優先討伐、赤は牽制だけして」

「りょ、了解!」


線路沿いからも数体遊撃として来る通常個体や、赤もちらほら見受けられるため、階段口を守るだけでは追いつかない。


戦力不足


空中に逃げるのもアリではあるが、撃ち落されるのが目に見えている。

さらに、赤特有のあのビームを撃たれると厄介極まりない、今撃ってこない原因は敵が密集しており、地上に向けて撃てば周囲のベノムに被害が出るからだろう。

そんな知恵が回るのかはさておき、オレンジが必ずかかわっているはずだとシロは判断した。


「空中には逃げちゃダメ、撃ち落される」

「左翼突破されそうです」

「10秒だけ耐えて」


斧を投げて通常個体をつぶし、左翼に襲い掛かる赤に切りかかった。


赤単体や赤のみであればこのような統制が取れた攻撃も、こちらを動きにくくさせるような攻め方もしてきていない。

あの川での戦いから予測するに、赤は通常個体の上位版なだけであり、知恵はなく本能によって動いているはずだ。

その原因は確実にオレンジ色の個体がかかわっているだろう。


オレンジの単体戦力がどれほどなのかはわからない

もしかしたら弱いかもしれないが、そのもしもに賭けるには背負っている命が多すぎる。


さらにもし運よくオレンジを始末できても、この数の赤が本能のままに暴れる方が被害が大きいだろう。それを実行してくるかしてこないまでは考えている暇はない。


「せいッ!やぁぁ!」


迫る敵を斧でかち上げ切り殺す。


このままではじり貧だ。


すると突然、赤いベノムが寄せ集まり、一体の大きなベノムへと形作ってきた。

ある程度の守備を続けていたため、しびれを切らして火力をもとめてきたのだろう。


これは好機


「走って!今しかない!!」


一斉に駆けるマギアが撤退を開始する。

シロはブースターを全力で吹かせ、巨大化したベノムへ切りかかった。


「ヘイトは稼ぐ、応援を要請して!!!」


後方で走る味方にそう伝えると、目の前の敵に向き直った。

先ほどぶつかった感覚から、討伐までは行けそうにない。


強度と重さが段違いに増している。


「厄介…」


どう攻略しようか…

そんな思考を巡らせる時間もなく、地面から千を超える鋭利な棘が突き出てくる。

シロに悟られぬように、地面を掘り進めて攻撃してきたのだ。


当然反応が遅れた彼女は足の裏を貫かれる。

左足に激痛が走り、ブーツを貫通した棘をすぐさま切り離した。


スラスターで宙に浮き、姿勢制御をしながら思考する。

左足をやられた状態では、機動力を生かした戦いが難しくなるだろう。


力を怪我部分に集中してはいるが、回復には時間がかかる。


「そろそろ100%の維持限界も来てる」


自分に言い聞かせるようにつぶやいたシロは、険しい表情をのぞかせた。

彼女が訓練によって100%を維持できるようになった時間は20分。

現在までずっと使用していたため、タイムリミットが近いのだ。


限界から根性で時間を伸ばしたとしてもせいぜい1分が限界


「短期決戦でいく、私は黒星シロ。最強のマギア、女王になる者」


鋭い眼光がベノムをとらえ、怪我の痛みを無視した踏み込みで地面が割れる。

振り払うように触手が交差する。

糸レベルまで細くなった触手が周囲の地形をブロック状に細切れにした。


「正面、突破!」


斧を変形し、砲台へ変更したシロはそのまま銃口をベノムへと向けて発射する。

重たい音が響き、肩に強い衝撃が走った。


「反動で下がる暇は、ない」


反動を回転することで軽減し、大剣へと変形させた武器に回転の力をそのまま伝える。

回る刃はベノムの左半身を切り飛ばし、動かなくなった液体金属の一部が地面へと落ちる。



一寸のずれも許さない戦闘

ソレを可能にするのが適合率100%だ。


しかし彼女の頬には汗が伝い、息も上がっている。

集中力はどんどんと削がれていき、100%の維持ができなくなるのも時間の問題だった。


『ぎえぇぇぇぇええぇぇ!!!』


耳を潰さんばかりの咆哮が周囲に響き、ぶくぶくと膨張したベノムは、カッターナイフを飛ばすように周囲を切りつけ始めた。


打撃ではなく斬撃、とっさに弾くシロだったが、いくつかが体を切り裂いていった。

いたるところに切り傷が出来上がり、血がにじむ。


「うっ…くッ!?!??!」


と同時に限界がシロに訪れた。

第一の限界として、体力が尽きた。第二の限界は100%の維持が解けたこと。

そして第三の限界は、やせ我慢の限界である。


シロは天才だったがゆえに、大きな怪我をしてこなかった。


それゆえに痛みへの耐性がなく、年相応の苦痛耐性しかないのである。


灰色の髪の毛は黒く染まっており、足の痛みで体がふらついた。

そこに伸びる触手がシロの横腹をとらえる。


その攻撃に体が反応し、とっさに右腕を挟むも、メキメキっと骨がきしむ音が彼女の頭の中で響いたかと思えば、壁に激突しながら勢いよく吹き飛んだ。


シロがぶつかった壁には血が付着し、瓦礫に埋もれるシロもまた真っ赤な血を額から流していた。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……、っくぁ」


体を押しつぶさんとする瓦礫を何とかどけたシロは、ふらつく体で斧を持ち上げようとした。

ただその手は物を掴むことすらかなわず、シロの意志とは反対に腕はピクリとも動かない。


ちらりと彼女は後ろを一瞥すると、まだ味方が残っている。


使えなくなった右腕は諦め、左手で短刀を抜く


あとどれくらいで魔女は来るだろうか?

あのオレンジ色のベノムは動くだろうか?

勝てない、こんな短刀で何ができるのか…


誰がこいつを倒す?

魔女?

それとも後輩たち?

皆?


「いや、私が倒す」


体はボロボロ、100%は使えない

足は使い物にならないし、握力もほとんどない。

怪我の再生は諦めて、止血優先でいこうか。


「ふぅーーーー」


深呼吸

左足が使えないなら、それに応じだ動きでカバーする。


握力が足りないなら、紐でもなんでも使って固定しよう。

体が痛いなら、いったんそれは忘れるしかない。

心が折れそうなら、鋼の意志で補強しろ。


奇跡は起きない、あらゆる偶然は必然が隠れている。


一度戦って勝った相手に、二度勝てない道理はない。


迫る触手を受け流す。

体の負荷を最小限に、流れる小川のように逆らわず、滑るように攻撃をかいくぐる。


「まずは核を露出させる」


まともに動く右足に全神経を集中し、力をため込み踏み込んだ。

両足より速度は出ない、されど今までで一番洗練された完璧な踏み込み。


技術が覆せるのは小さな力量差だけだ


「ピンチで負けるエースなんて、私は認めない」


一瞬でいい、この一瞬だけ100%を超える力を私によこせ


「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」


今まで出したことのない全力の叫びで、このボロボロな腕を振るった。

ぶつかる刃は火花を散らし、ベノムへと食い込む。


リーチが足りない、力が足りない。


もっともっともっと!

超えろ、全力を!


体の痛みはどうでもいい、私の核を…力のリソースを全部この左腕に使え

食い込んだこの短刀を、振り抜いて奴を切り裂け!


フッと頭が真っ白に染まり、この瞬間彼女は人を超えた。


燃える感情

無意識下の超越


刹那、ベノムの核が露出する。

高い金属音が周囲に響き、壁に飛び散る赤い液体金属。


ソレを確認したシロは次の一手を…しかし体はもう動かない。

彼女の意識は段々と霞んでいく。


「ごめんね、よく頑張ったよ。あとは僕の仕事だ」


最後にそんな言葉が聞こえた気がした。


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