第13話 武器工房と限界訓練

「おい!てめぇシロ!!また私の武器壊しただろ」


金属製の部屋に響く、少女の声。

その部屋にはありとあらゆる武器が並んでいた。

ここは武器工房、新たな武器の研究から、メンテナンスまで武器のことなら何でもござれのラボである。


そして現在、シロに怒鳴りつける赤い髪の少女は、彼女の武器を管理するバディである。名を斧雪 奏ふぶき かなで、シロと同年代の天才である。


「無理にモード変更したな?変形部分の回路が焼ききれてやがる」

「脆い武器を作るのが悪い、こっちは命かけてる」

「っち、そりゃ悪かったな!赤いベノムだったか?私の武器が切れないだけなら納得だが、押し負けて刃が潰れちまうのはいただけねぇ」

「硬かったよ」

「あぁ、武器の状態を見りゃわかる、相当な強敵だっただろ。短刀のほうはだめだな、芯が曲がっちまってるから作り直したほうが早い」

「メインはなんとかして」

「こんなん量産品だ、パーツ変えれば終わるんだが…カスタマイズしてきた分がパァになるぞ」

「仕方ない、諦めが肝心」

「あーあ!お前が隊長格になってくれさえすれば、私もオリジナルの武器が作れるんだが…」

「工房を好きにできる時点で恵まれてる、と思う」

「そりゃお前もだろ、なんで衛生兵まがいのやつに、ある程度の指揮権が与えられてるんだ」

「私が優秀だからしょうがない」

「カーっ!ムカつくやつだな。とにかく急いで握りだけは合わせてやるから、ちょっと待ってろ」


そう行って工房の奥へと潜っていったカナデを眺めながら、シロは椅子に腰掛けた。

スマホを開き、研究所の会員アプリを開く。

会員アプリは、研究所を利用するにあたって配布されるアプリであり、施設の空き時間や、予定を簡単に把握できるアプリである。またこの研究所に入室するのにも会員証が必要である。

そして噂ではあるが、外部へ情報が漏れないようアプリに特別な細工がされているとか、いないとか…


「おい、できたぞ。握りの感覚は合ってるはずだ、加速カスタムとか高速変形はできてないぞ」

「わかった、ありがとうカナデ」

「ばっ、お前のためにやってんじゃねぇんだよ!こっちは実績を積むためにだな…」

「ツンデレ」

「は?」


ギャーギャーと別れの挨拶をもらったシロは、そのまま訓練室に向かった。

先ほどアプリで確認したときに、かなり空いていたようだったので向かっているわけである。


訓練室の扉にアプリをかざす。

無事認証され、自動ドアが開いた。


使い慣れたボルト二式を着込み、新調したマギア重兵装可変三式を握る。

深く息を吐いて集中し、開かれた瞳が赤く輝いた。


「ふぅーー」


体を慣らすように、ゆっくりと全身に力を巡らせる。


「よし」


ベノムの適合率は変動する、それは戦う内に体が慣れ、ベノムの核に適応するためだ。しかし、任意で適合率を上げる方法もまた、存在する。


その多くは隊長格レベルの、適合率50%を超えた者たちがたどり着く技術だ。

当然、シロにも可能だ。


大抵の場合、適合率を上げるにつれ海に潜っていく感覚だと話す者が多い。

しかし彼女の場合その感覚が異なる、海にいるのは同じではあるのだが。

彼女の場合真逆、浮上するのだ。


深海から始まり、上へ泳いで行く。

海底での重たい動きにくい体から、段々と動きやすく圧力が減っていく感覚。

生身の動きにくい体から、強化された動きやすい体へ…

80%まで来ると体はかなり軽くなり、海による圧力も減っていく。

あと少しで水面が見えてそうな地点だ。


いつもならここで止まるシロだったが、今日はもっと上る


赤いベノムとの戦いで、80%では足りなかった。

これ以上の浮上はある程度集中を要するので、あの戦いでは使えなかった。

ならデフォの適合率で、すぐに出力をあげられるようにすればいい。


体に慣らす

焦ってはいけない、深海の生物が急に浮上して、圧力の変化に耐えられずに破裂するように、焦ればただでは済まない。


81、85、88、90とゆっくり上げていく。

陸と海を隔てる水面、そこが人としての到達点であり限界だ。


ただ彼女からすれば、海から顔を出すだけで突破できる壁でしかない。それ故に恐ろしい。簡単に超えられる壁を超えてしまえば、自分は海を泳ぐ魚ではいられない。必ず進化を求められ、適応できてしまう確信があるからこそ、海での生活を手放すことになることもわかっていた。


陸へ進出した生き物は、ヒレではなく足を持ち、地に足ついて歩きだす。

一度陸に上がてしまえば、それは海に戻ったところで魚としては生きられない。


本来、簡単に壁を超えられるなんぞありえないことである。

多くの人は潜る、や下に行く、集中を増していくといったイメージが多く、その到達点は硬い地面である。


水面を通り抜けるのと、地面を掘りさへて更に下へ行く

どちらが簡単かは一目瞭然だ。


言わば彼女が天才たる理由は考え方の違いであろう。

多くのものは潜る過程でその圧力に耐えきれず、自分の限界を悟る。

海底のそこまでたどり着く者も、その下の地面に穴を開けられない。


限界点の壁


たった一つのイメージが、それを極端に薄くしていた。


100%へ到達したシロの体にも変化が起きた。

ベノムの核が活性化し、適応した体は完全にその力を制御する。


ある種の万能感


髪の一本一本まで力が満ち溢れ、頭髪も少しばかり灰色に変わっていた。

瞳は深紅に染まり、その小さな体からはありえない迫力を持っていた。


「はぁ…、はぁ…、ふぅ…」


ただし慣れていなければそれは負荷になる

ゆっくり慣らしていったといっても、普段のランニングペースを上げているようなものなのだ。疲れるに決まっているし、そのペースを維持する集中力も必要になってくる。


「ここから、もう少し」


全身から玉の方に汗が出ていた。

一歩も動いていないが、数十キロ走り終えたあとのような疲労状態であった


それでもここで止まれない

物語のように、戦闘中にいきなり覚醒して大逆転なんてことはなかなか起きない。

日々の積み重ねと、努力が軌跡を手繰り寄せるのだ。


世の中感情だけではどうにもならない、できるとすればだけだ。



水面から手を出し、空気にさらされた片腕

ソレは温かいプールから体を出した時のような、肌を撫でる冷たい風に芯が冷えるような感覚。

寒い日のプールで逆に水中の方が温かいのと同じようなものだ

これ以上は行ってはいけない、戻れなくなる。

危機感を覚えると同時に、手を引き戻した。陸にあこがれる人魚が両手で恋焦がれるのは自由。足を得る選択をしてはいけないだけであり、その風景を覗き見るのは自由であっていいはずだ。


「ゴホッゴホッ…、行けることは確認できた」


一人つぶやく。

再び100%に戻し、呼吸を整える。


「まずはこの状態で活動できるようにしよう」


瞬間シロの姿が掻き消える。

遅れて突風が吹き荒れ、重苦しい風切り音が辺りに響き渡る。


ソレは舞をまっているかのようで、緩急のある体裁きは美しく凶暴性を秘めていた。


上段振り下ろしからの横回転切り、そのまま滑るように二歩下がって切り上げ。斧の柄を支点に鋭い蹴り上げから、ブースターを使った速攻連撃。


そして勢いをすべて殺しながら完璧な着地


「うん、よく動けてる」


ふっと息を吐いたシロは、活性状態を解除した。

同時にウズッと体が飢えを伝えてくる、副作用だ。


「今日くらいわがまま言っても、いいかな?」


思考がピンクに染まったからか、それとも元からなのかはわからないが、近ごろ妙にユウのことを気にしているシロであった。



____________________

あとがき

ベノムマギアを愛読していただいている読者様へ

いつもご視聴ありがとうございます

良かったら感想や★を付けてくれると作者は大変喜びます。


次回 都市奪還作戦 お楽しみに!

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