第12話 覚悟ってやつありますか?

夏休みも後半に差し掛かってきたある日、一週間ぶりにシロが俺の部屋に訪れてきた。


「何だその腹巻き…」


部屋に入ってきたシロは、何やら痩せそうなベルトを腹巻のような感じでつけていた。いつも私服はヘソ出しがデフォで、腹回りに布がかかるのを嫌がる彼女にしては珍しい姿だ。



「至急開発グッズ、下腹部あたりの締まりを改善するトレーニング道具の実験…らしい」


絶対違うだろ、名前からして…


「コレを一週間つけてって、カヤに言われた」

「それ他の人、断ってなかったか?」

「ん、そう。よくわかったね」


説明書を受け取り、内容を軽く読み込んでいく。どうやらお腹に巻きつけるベルトのようになっているらしい。

使用中はこのベルトに気を取られないように、感覚遮断とかいう薄い本でしか見ない機能がついている。そうやって遮断している間に、自動で下腹部の締まりを良くしてくれるらしい。


「うん、今すぐ外しなさい」

「いいよ、ちょうどこれを返しにいこうと思って。一週間たったから」

「もう手遅れだったか…」


仕方がないので、俺もハトの会支部の研究室についていくことにした。



______________


「お、シロさんじゃないですか。あぁこの前のアレもってきてくれたんですね」


シロが何かを言う前にベルトをかっさらって、なにやら高そうなPCに接続するカヤさんは、目を輝かせながらデータを見ていた。


「おぉ!期待どおりの結果だよ!いや、期待以上かな?四日目から数値が跳ね上がってるね。コレは次回作に注意書きで5日以上の使用を控えてくださいって書かなきゃいけなそうだ」


とてつもないスピードでメモを書き留めていく様子に気圧されながら、俺は疑問に思ったことを思い切って聞いてみる。


「あの、この道具は何なんですか?」

「コレかい?これはね、ベノムによる副作用を改善する道具さ!」

「副作用を?」

「あぁ、君も知っての通りベノムの力を使った彼女たちは、三大欲求のどれかを大きく刺激される。睡眠欲だったり食欲だったり、性欲だったりね。で、そんな副作用に対応したサポートを行うのがカウンセラーの役割」

「そうですね、食欲を刺激される子にはご飯を提供したり、睡眠欲には眠れる環境を提供したり、性欲を刺激される子には相応の人にお願いして発散してもらったりするんですよね」


カヤさんは、よくわかっているじゃないか!と俺をほめた後、毎度どこから出しているのかわからないスクリーンで説明を続けた。


「食欲と睡眠欲は問題がなかったんだけれど、性欲ばかりはデリケートな問題で対応が難しい。従来はもう言ってしまえば風俗のようなものだと割り切って、男性のカウンセラーや専門の人に頼んでいたんだ。それでもどうしても彼女のような、抵抗のある子もでてくる。無理やり発散させるのも両方にとって悪いし、困っていたわけだ!」


ビシッ!と指示棒でさされたグラフには、性欲を副作用とする子の内四割は、そういった行為を大切にしたい派がいるようであった。


「そこでコレの出番ってわけさ、これをつけている間は副作用がなかっただろう?」

「うん、とても清々しい一週間だった」

「あぁ、こちらこそありがとう。いったん検査をしたいから、このカルテをもって診察室へ向かってくれ」


カヤさんがシロにファイルを渡すと、シロも慣れた手つきでソレを受け取り席を離れる。俺もシロについていこうと立ち上がろうとした時だった。


「あ、君はちょっと残ってくれ。言っておきたいことがある」

「え、あはい」

「ん、なら終わったら連絡する」

「了解、気お付けていって来いよ」

「うん」


軽く言葉を交わし、シロが部屋を出ていった。


「さて、彼女が検査に行っている間に話をしようか」


俺に向き直ったカヤさんの表情は今までにないほど真剣だ。


「このデータを見てくれ」


そう言って差し出されたデータには何やら数字が羅列している。


「コレはあのベルトを着けている彼女が、副作用を解消するために本来絶頂するべき数だ」

「は?え?この1985回ってやつですか、え?ちょっとふざけないでください」

「別に下の話をしたいわけじゃないさ、つまりこの数をこなさないと彼女の副作用が収まらないってことだよ」


言葉に詰まる


「まさかハグしているだけで性欲が収まるとは思っていないだろう?あのベルトの仕組みも単純、言葉まんま子宮開発を促進させ、間隔を遮断し、絶頂のデータを吸収して保存する道具だ。まぁ彼女が純粋なおかげで誤魔化せたが、ほかの子には断られた意味も分かるだろう」


いたって平然と、何の悪意もなく言葉を重ねる


「彼女ははっきり言えば天才だ、本気になれば魔女にだって届くだろう。そうしないのは単純に必要がないからとしか言えないほどに…しかし不幸にも彼女の副作用は性欲だ。適性が高いってことはそれだけ代償も大きくなっていく」


困り顔で話すカヤさんは、愚痴を言うようにしゃべっている。


「今彼女が平然としているのは、性欲の先にある快楽を知らないからだ。この奇跡的均衡が彼女を人たらしめている。一番の解決策はさっさとヤッちまえば済むことではある、でもね、あの子も乙女で恋もするし感情もある」


段々と感情のこもった言葉があふれ出し、今までせき止めていたものを吐き出すように…


「私たち大人が戦わなければいけないことを、頼み込んでやってもらっている中で、副作用で戦えなくなったら困るから、知らない男に抱かれろなんて言えるわけがないだろう?」

「……ッ⁉そ、それは」

「言わないでくれ、分かってる。ダメなんだよ、そこまで堕ちたら私は人じゃなくなる」

「あなたが悪いわけではないと思います」

「いや、実際圧力はあるんだよ。彼女はこの街の最高戦力、私たち支部ごときがいくら感情の問題をだしても、便利な力を失いたくない日本の上層部は聞きやしない、上が腐ってるなんてよくあることさ」


そういいながらコーヒーを一口飲んだカヤさんは、ベルトを指しながら説明してくれた。


「だからこれを作った。感覚を遮断し、一時的だが性欲を解消した。脳は快感を自覚していないから、一人で永遠に体を慰める中毒者にならなずにすむだろう。でもこれには限界があるんだよ、分かるだろう?この数字だ、バカみたいな量慰めないと終わらない満足できない。それが性欲の厄介たるゆえんだ」


彼女は言った。ベノムの適正が高いというのは、それ相応の力と代償をもとめられるという事。それを我慢する程度で収められているのは、彼女の中でのハードルが未だ低いかららしい。


一度自慰行為を知ってしまえば終わり、廃人コース。


ヤッてしまえば悩まなくて済む

ただそのためにシロの感情を無視するのは違う、だから俺を呼んだってことらしい。


「君、彼女に好かれている自覚あるかい?」

「………」

「こういうのは本来お互いじっくり時間をかけて、私たち部外者は見守るのが筋ってもんなんだが、このデータを見る限りそう言っている暇もなさそうだ。いつ彼女が性に目覚めるか、私はたまったもんじゃないよ」

「俺は何をすればいい」

「簡単だよ、さっさと堕とせヘタレ野郎、ってとこだ。このチップを預ける、コレはベルトが吸収したデータ、1985回分だ。しばらくはこれを使って彼女の副作用を抑えられるだろう。いいか?君自身の手でこれを使え、快楽による餌付けみたいで嫌なんて言えてる暇はない。ここは両想いの二人がさっさとくっ付いてくれた方が平和なんだ」


つまりなんだ?このチップを使って、シロを快楽漬けにして円満にくっ付けってことか?


「彼女に心があるんだ~、とかはどこ行ったんだマッドサイエンティスト」

「いやあくまで【肩をもまれて気持ちがいい】とか、その程度の多幸福感しか得られないぞ?何を言ってるんだ君は」


ジトっとした目で睨まれる

どうやら俺の早とちりだったらしい


「コレはあくまでお助けアイテム兼時間稼ぎだ、彼女と結ばれるのは君の努力次第ではある。タイムリミットは中学三年に上がるまで、それ以上はこちらも上からの圧力に耐えられない」


こうして突如始まる恋愛頭脳戦

果たしてヘタレカス(自覚済み)の俺にできるのか?それは本当にわからない。




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