第9話 変化

赤いベノムは歪な声を出しながら、収縮と拡散を繰り返す。さながら苦しんでいるようにも見えるが、そんな単純なわけがないと四人は警戒を怠らなかった。


今回に関してはコレが正しく、一定の距離をとり、警戒したことは正解と言えよう。

ブクブクと膨れ上がったベノムは、その重圧を増しながらその姿を新たな姿へと変えていった。それはまさに怪人、奇形の化け物である。


ギリギリ人の形の胴体、牛のような頭、ミノタウロスと表現するにはあまりにも醜い。

筋肉質ではあるが鉄のような光沢があり、手足は所々肥大化していた。

手と思われる部分にはシロが持つ斧に似た武器が握られている。いや、握ると言う表現より、癒着していると言った方が正しいだろう。


「な、なに…あれ」


ハルの声が震えるのも頷けるほど、嫌悪感が半端ではない。


「第二形態ってやつじゃないかなー」

「奥の手とやらかもしれんぞ」

「斧、キャラ被りはよくない」

「シロ先輩?そこは関係ない気がしますよ?」


それぞれがいつでも動けるように構える。






「は?」





三名ともに動けない、理解する事を拒んでいる。

ありえない、覇道隊のジョーカー黒星シロ


彼女が立っていた場所に赤いベノムが立っている。


信じられない



はるか後方河川敷の土手に土煙が巻き上がり、土に埋もれる少女が一人。


少なくとも彼女が反応できていない速度で弾き飛ばされたという事実が、三人には信じられることではなかった。


「総員!動けぇ!!!!」


そんな中一番に声を上げたのは、覇道隊長である。


「少なくともシロは死んでいない、ならば攻撃は防げている!早さの緩急についていけていなかっただけだ!見極めろ!動け!話はそれからだ‼︎」


赤いベノムに対して勇猛に攻撃を仕掛ける覇道隊長に感化され、残された二人も動き出す。


それと同時に後方部隊からの通信が入った。


『援護射撃しますか!?煙で戦況がよく見えません!』

『必要ない!それよりありったけの力を込めた重い一撃が必要だ!準備しておけ!』


ベノムの攻撃をなんとか捌きながら、隊長は的確に指示を出した。


「くっ、重すぎる」


刀で捌けるのにも限界があると悟った彼女は、苦悶の表情を浮かべた。


「隊長!斧は私が防ぐよ!」


そう言って間に入るよは七松リン、反撃の剣を納め盾に特化した両手持ちでの防御は、変化したベノムの攻撃をきちんと防ぎきっている。


ベノムのヘイトがリンに向く瞬間、ジョーカーもやられっぱなしな訳がなかった。


背後へと接近していたシロは、そのまま下段からの切り上げアッパー

地面を削りながら弾かれる一撃は、ベノムを打ち上げるのには十分な攻撃だった。


弾き上げたベノムを追撃するべくシロが動き出す、しかしベノムは口からビームのブレスを出しながら牽制。

頬を掠めたビームは大地に当たり爆破、周辺に巨大なクレーターを残した。

ほぼ反射気味にドローンで身を守ったシロ、ある程度の距離があったため反応ができ他三名は瞬時に動き出す。


ハルはドローンを操りながら妨害を企てるも、今の相手には効果がないと判断した。この戦いで唯一戦闘に置いて行かれている彼女は、悔しさで拳を握った。


それもそうだ、戦闘経験が全く違う

前線で戦い続けている三人は修羅場を何度かくぐっているが、ハルが行ってきた戦闘は雑魚狩りだ。それも立派な役割であり、大切なのだが…

いざ大物相手に通用しない壁にぶち当たっていると、くるものがあるのだろう。


シロはミノタウロスへとなったベノムと正面から打ち合っており、覇道隊長も背後からの奇襲で確実にダメージを与えている。

リンも的確に防御へとまわり、痒いところに手が届く。


「ハル、焦らないで」

「…ッ!」

「あなたの力が生きる場所は必ずある、人は万能じゃない」


シロが冷静な声でハルにはっぱをかけた。

たった二言の言葉、されど重みのある言葉にハルは手で頬を叩く。


「すみません、気圧されてました。ありがとうございます先輩」


ドローンで攻撃ができないなら、彼女らが動きやすいようにすればいい。

展開される十を超えるドローンを駆使しながら、来るであろう援護射撃の一撃に備えて配置を決めていく。


戦場を上から見ることのできるアドバンテージは、大きなメリットと言えよう。


『チャージ完了まで残り1分!いけますか?』

『40秒で撃ってください、狙いと制御は私が何とかします』

『よく言ったハル、40秒でいいんだな?』

『お、言うねぇ隊長!』

皆表情を引き締め、気合を入れる


「シロ、五秒任せたぞ」

「ん、了解」


むき出しの刃を鞘に納めた覇道コトネ

なにやら鞘のスイッチを入れると、バチバチ音をたてて熱が籠る。


皆はデコピンが痛い理由を知っているだろうか?

その原因は力の立ち上がりにある。

どんな運動でも初めからトップスピードにフルパワーというわけにはいかない。

必ず最大の力になるまでの段階が必要なのだ。


デコピンは力の立ち上がりを親指で抑える時間で確保することで、放した時に一気に力が開放され、親指を使わないデコピンよりも威力の高いものとなる。


ソレを刀で無理やり実現するのが隊長の武器である。


「さて、無理していこうか」


赤く輝く瞳の光が色を増す

適合値の上昇、【無理をする】全力と言う物だ。


60%が70%へ

10%の差は大きく、その動きには大きな影響を与えた。


「五秒」


一閃


ベノムを両断

すぐに再生されるが関係ない


空中にとっかかりがあるかのように、刀の周辺は火花を散らしていた。

刀身は金色に輝き、熱を放っているのか刀身周辺の空気が揺らぐ。


マギア軽兵装『刀十式』


納刀し、鞘のスイッチを入れることで、内臓されたベノム因子を活性化させることができる。活性化させたベノムは、切る直前までブレーキの要素を持ち、抵抗を生み出す。インパクト前にソレは逆転し、加速の力をかける。


加速度は抵抗時に入れた力の分だけ上乗せされる。

ただしこの状態は著しく武器を消耗させるため長時間の使用はできない。


「この隊の隊長は私だ、シロだけが強いと思うな化け物」


踏み込む


高く跳躍した覇道は大きく距離を詰めていった。


迎え撃つベノム

しかしそこに彼女はいない


敵の感知から一瞬で消えるミスディレクションと足音をたてない独特な歩法が彼女を強者たらしめる所以である。


意識していても見失う

彼女を意識すればするほどわからなくなっていく


まさに死神


「目の前だ」


ベノムの両腕が飛ぶ

先ほどより早く、鋭い一撃

攻撃をくらったベノムは睨みつけるようにコトネを見ていた。


「そんなに私ばかり見ていていいのか?」


上から叩きつけられた斧

揺らぐベノムの足を砕くリンの刃


踏ん張ることすら許さず、倒れ込んだベノムは地面にクレーターを作った。


「私の剣はね、盾で防ぐほど威力がますんだよ」


いつの間にか剣をもっていたリン

彼女が握る剣は淡く光っていた。


「耐えて耐えてぶっ放す、それが私」


『ぐおおおおおおおおおおお』


咆哮を上げながら突進するベノム

リンが素早く盾を構え突進を止めた。


正面突破が不可能と悟ったベノムは両手を地面につくと、周囲一帯から無差別に針を突き出した。


三名共に跳躍

空中に逃げたなら逃げ場はない、と踏んだベノムはすかさず追撃にでる。

背中ら伸ばされた触手や、ビームを一斉に打ち込んでいく。


しかし、空中戦を十八番とする少女のことを忘れてはいけない。


ひらひらと蝶のように舞う彼女は、巨大な斧を器用に使って攻撃をすべて叩き落した。そのままの勢いで叩きつける一撃は、ベノムの胴体に深く食い込む。


シロの一撃に大きく揺らいだベノムに、容赦のない一閃が追撃

ベノムはとっさに腕をクロスしながら防いだものの、体の体積を大きく削られることとなった。


「む、ぬけない」


肩に食い込んだ斧を動かそうとするシロだったが、入った場所が悪い


これ幸いとシロを振り回してくるベノムに対し、あっさりと斧を放す

シロは腰に下げている短刀を引き抜き接近


彼女めがけて振るわれる斧を短刀で防ぐ

バンッと大きな衝撃音とともにシロがブレて揺らいだ。


その瞬間ベノムの肩が吹き飛ぶ。

攻撃を受けたはずのシロは無傷、薄皮一枚のダメージのみ。


「単純な事、お前の攻撃を利用すればいい」


カウンター

振られた一撃を完璧にいなし、あえて水のごとく受けることでわざと吹き飛び利用する、圧倒的体幹が成立させる最恐無慈悲なカウンター。


彼女は失敗すれば即死の綱渡りを平然とやってのけたのだ。

倒れたベノムに綺麗に着地したシロはベノムから斧を回収し、冷淡な表情で言った。


「ばいばい」


淡白な声でそう呟く。


つづいてハルの声が準備完了の合図を伝えた。


「シロ先輩離れて!」


ブースターで大きく跳躍し、三人の付近に着地したシロと同時に、収束砲が赤いベノムの核を穿つ。光の柱が立ち上り、最後の悲鳴と言える叫び声をあげながら、ベノムは消えていったのだった。


後に残るのはピクリとも反応しない赤い液体金属のみであった。

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