第7話 頼もしい幼馴染は距離が近い

あれから軽いお叱りを受け、俺はシロに肩の怪我を治療してもらった。


事情が事情なため、シロからの説教はほどほどであったが、母からはこっ酷く説教されるはめになった。


「ん、ユウ起きて。ご飯できた」


眠いまぶたをこすりながら起き上がると、シロが着替えやバッグを持って待機していた。


「立場逆転だな、起きれるならちゃんと起きろよ」

「今ユウは怪我人、黙って言う事聞くべき」


身支度を完璧に済ませたセーラー服姿のシロはキリッとした表情で俺を見ている。

今までは俺が起こしに行っていたのに、今は完全に立場逆転だ。


時計の針は六時を刺しており、いつも俺が起きる時間である。

逆にシロはこの時間は今まで寝ていたはずだ、ギリギリまで起きないのが俺の幼馴染のハズだった。


「朝食も作っておいた」

「気が利くな」


立ち上がるのさえ手伝おうとするシロを牽制しつつ、痛む肩を抑えながら階段を降りる。朝食のかぐわしいいい匂いが鼻をくすぐり、食欲が湧いてきた。

テーブルに並ぶのはバターを塗ったパンにベーコン、目玉焼きだ。


丁寧に2人分用意してある…


「母さんは?」

「もう仕事行くって、さっき出てった。」

「そういえば今週早出だっけ」


パンを左手で取ろうと手を伸ばしたが、それより先にシロが俺のパンをかっさらう。


「あーん」

「いや、大丈夫だってそれぐらい自分でできるから」


苦笑いしながらシロからパンを受け取る。

無表情の彼女はどこか不満げにパンをもぐもぐと食べていた。


テレビを付けると昨日起きたベノムが襲来した事件を取り上げ、被害規模やその後どうなったかなどが流れていた。


ベノムは核を潰しても死骸は残る。

ベノムから採取される液体金属の体は汎用性がとても高く、ありとあらゆる場所で活用されている。


そのためこういった事件が起きた際、討伐されたベノムの死骸は被害が大きい場所へと優先的に回され、あまりは医療機関やハトの会が回収する。


「今日は仕事あるのか?」

「しばらくはユウの面倒見る」

「そんなに心配しなくても大丈夫だぞ?」

「ユウはベノムに狙われやすいから、近くにいたほうがいい」

「まぁそうかもだけど「いるべき」

「お、おう」


ジロリと見つめる瞳には確かな意志がこもっていた。本人は睨んでいるつもりはなさそうだが、無表情で見つめられると少々ビビる。


歯を磨いて家を出る頃には時計の針は七時に差し掛かっていた。

いつもより三十分ほど早い登校に、いつもこうならいいのにと思った。


駅に向かう道中も、鞄をシロに持たれ常にぴったりとくっ付いて歩いてくる。あまりの密着具合に歩きにくくないのかと思うほどだ。


「怪我、痛い?」

「動かさなきゃあんまり痛くないよ」

「そう、授業のノートも書きにくそうだから見せる」

「お前こそ怪我どうなんだよ」

「だいぶ治ってる、まだ痛いけど」


そう言ってシロはセーラー服をまくり上げた


「うおっ!ちょ、こんなとこで脱ぐなはしたない」

「怪我の具合は見た方が早い」

「女の子なんだから節度をだな」

「女だからできること、むしろユウの方がもっと警戒すべき」

「いや…そうなんだろうけど」


駅のホームに着くと、電車に乗るべく五番線へ向かった。

数分待機すると電車がやってくるが、いつもとは違い空いていた。


これも早く来た恩恵なのだろう。

端っこの席に腰を落とし、荷物を股の間に置く。

シロは俺の左側に座って肩を寄せてきた。

俺の左肩を両手でひっつかみすりすりと顔をこすりつけている。


「ユウは私が支えておく」

「完全に寄りかかってんじゃねぇか!」

「約束は怪我をしていても守るもの」


シロの副作用を知って以来、こうしてハグなどのスキンシップを行うことが増えた。

俺も資格挑戦のために勉強している身であるため、性欲がこの程度で収まるわけがないことも十分承知している。


ただこれ以上の関係を迫るのも、副作用を理由にこの関係を壊すのも、なんだか違う気がする。ましてや俺にシロとあんなことやそんなことをする勇気はない。


シロが俺に引っ付くことで少しでも楽になるというなら、多少の動きずらさや気恥ずかしさは我慢できる。


正直俺もまんざらではないという点も大きい。


「動物は物や対象に、匂いをつけてマーキングする」

「猫とかそうだな」

「だから私もマーキングする」

「意味わかってる?」

「…?」


絶対わかってないなこの顔、無表情でキョトンとしてるがホントにわかってない顔だ。


「スマホあるだろ、ちょっと調べてみろ」

「マーキングの意味ぐらい分かってる」

「ならどんな意味なんだ?」

「………」


シロは俺から離れると黙ってスマホを開いた。


「縄張り、印をつけること」


フンスとドヤるシロのスマホをスクロールして指をさす。

視線をスマホへと落としたシロは、数秒固まるとだんだんと顔が朱く染まっていった。顔を俺からそらしてはいるものの、耳が真っ赤である。


素直に思うのだが、いつも無表情のくせに、時たま表情を見せてくれるのがとても可愛い。


「縄張りを主張するってことは、俺はシロの物になっちゃうのか…」


スマホに書いてある内容をわざと声に出してみる


「その…っ、ちが」

「シロは俺に匂いを付けて、ほかの女子に主張したいわけだ。ユウは私のだーって」

「うぅ…ッッ!!!」


すっかり縮こまってしまったシロを見て、俺は少しだけ反省した。だがそれ以上にからかうのが面白くて、もう一押し。


「じゃあ俺もマーキングしちゃおうかな?」

「…ッッッ⁉⁉⁉⁉⁉」


ゆっくりと顔をシロの首筋へと近づけていく。

近づくにつれてシロは逃げようと身をよじるが、テンパっているのかあまり効果はない。


「なーんちゃって!冗談だって!」


ついにこらえきれなくなった俺は小声で笑いながらシロから離れた。

俺にからかわれたと分かったシロは、少々ムスッとしながら表情を戻していく。


「ユウは意地悪」

「お前は可愛いな」

「ッ!!やっぱり…きらい」


小さな声ですねたように吐き捨てるシロ


『次は~○○駅~』


ちょうど俺たちが降りる駅に到着し、俺たちは席を立つのだった。








_______________________


朝のチャイムが鳴る

出席確認が行われ、俺は次の授業の準備をして教室の風景を眺めていた。


シロとは同じクラスになることができたのは幸いだ。

しかしマスコット扱いのシロに人だかりができており、教室内で会話するのは難しい。


はじめは俺の怪我に対して何人かが話しかけてくるが、二言ほど話すと興味を失ったのか離れていく。


仲が悪いわけではなく、男女の壁と言う奴だ。

工業高校などでありがちの、男子が多い中数少ない女子とは会話が成立せず、珍しい存在として多少孤立するアレだ。


この世界の男子は貴重であるが、イケメンがモテるのは変わらない現実である。数が減ったことで珍しさは増し、視線を集めることはあるが、小説などでよくありがちなハーレムはイケメンでしかあり得ないのだ。


事実このクラスの人気はなぜか腐れ縁である俺様君が独占中だ。

アイツは口調がアレなだけでイケメン、そして根はいい奴なので、人気なのもうなずける。


かといって俺にも友達がいないわけではない。


「よっ!何黄昏ちゃってんのさ浜辺くん!」


元気よく話しかけてきたのは薄い桃色の髪をした大人びた感じのギャル、名を梅川 暦うめはら こよみといってショートヘアを少しねじったような髪型で、緩い感じの性格をしている。


果たして彼女がギャルなのかは俺にはわからない。

ただゲームの話で馬が合い、よく話をするようになった。


「いや、別にそういうわけじゃないんだけどさ」

「怪我したんでしょ?大丈夫?」

「うちの幼馴染の献身的なサポートのおかげで不自由はないな、ただゲームがしにくいってのが難点だが」

「よんだ?」

「ってうお!いつ来たんだシロ」


噂をすればなんとやらとは言うものの、いくらなんでも登場が早すぎる。

さっきまでお前、クラスメイトにもにゅもにゅされてたじゃん


「ユウは怪我人、つまりそう言う事」

「どういうことだよ!何でもかんでも怪我人システム適応するな!」

「いい突っ込みではある、10点」

「ちなみに何点満点だ?」

「200点満点」

「いや低すぎだろ」

「審査員が二人いるから、200点満点」

「じゃあコヨミは何点つけてくれるんだ?」

「うーん、まあ慈悲をあげて15点かな」

「足しても25点じゃねぇかどうなってんだ」

「もっと修行を積んだ方がいい」

「そうだね、怪我人突っ込み検定3級くらいは取ってほしいな」

「おかしいなシラナイ資格だ」


そんなふざけた会話をしていると、授業の予鈴が鳴り響く。

怪我が治るまでの時間は、あまり苦ではないような予感がしたのだった。

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ベノムマギア~貞操逆転世界に迷った俺は命の危険に晒されている~ アズリエル @azurieru

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