第6話 ベノム襲来

焦らせるような警告音と共に避難勧告の放送が流れ始めた。

せっかくの日曜日、数少ない男友達とゲームをして楽しんでいた俺のテンションはダダ下がりである。


かといって死にたいわけではないので、さっさと荷物をまとめて家をでた。

ココから一番近いのは近くの小学校なので、そこまで襲われないことを願いながらお祈りダッシュを決め込むのだった。


毎週のごとくこんなことが起こればなれも出で来る。

スムーズに非難を完了し、小学校の地下シェルターの端っこに座り込む。

顔なじみの近所の人たちが挨拶をしてくれるので、それにもきちんと対応。こういった小さな積み重ねが大切なのだ。


さて、気を取り直して俺はスマホを取り出し、ニュース画面を開いた。

さすがに幼馴染が命がけで戦っているのに、地下でのうのうとゲームなんてできる精神を俺は持っていない。

結局なにかできることはないかと考えた結果、応援と言う答えにたどり着いた。


画面の中ではシロや彼女が所属する隊が、ベノムと戦っている姿がドローンによって撮影されていた。


ちょうどシロは大型のベノムと戦っている


「…ッシロ!」


なんと、シロが大型の攻撃をもらってしまった。右脇腹を棘によって引っ掛かれたらしく、出血もしている。


「おいおい大丈夫かよ」


こういう時、何もできない自分が悔しくなる。

不安で震える手を抑えて祈るように戦いを見守った。幸い戦いはシロ優勢に進んでいき、初めの攻撃以外ダメージをくらうことなく、彼女の勝利に終わった。


「よし、頑張れ!」


小声で応援し、一人盛り上がっている時だ。

ズトンという大きな音と共に、天井が揺れコンクリートの破片が崩れ落ちてくる。

相変わらず音は続いており、揺れる天井と砂ぼこりが舞い続ける現状に、不安が波のように周囲の人へと広がっていった。


『緊急です、なんと大型のベノムと中型二体がマギアたちを無視して近場の避難所である小学校へ向かっていきました!!!』


スマホから聞こえる速報に俺は冷や汗を流した。

よくあることだ、そう。よくあること…


何故だか俺は執着レベルでベノムに狙われる。

ベノムの近くに俺以外の男子がいようが、関係ないとばかりに狙われ続けたここ数年。ただ今回ほど規模が大きいわけではなく、マギアが攻撃しても反応しないだけなんだ。


「あぁクソッ!ほんとこの世界はクソッタレだ」


いまだに天井は揺れ続けている、俺のうぬぼれでなければ奴らは俺を狙っている。ここまで来たってことは何らかの力で俺を感知し、確実に俺の元へときてるってことだ。



つまりいずれここも見つかる

俺だけじゃない、ここに居るのは小さな子供もたくさん避難してきているのだ。


「巻き込むわけにはいかねぇよな」


恐怖に震える人々の間をすり抜け、非常用の脱出口から地上へと向かおう。

壁沿いに進むと出口の看板を見つけ、俺はゆっくりとドアノブに手をかけた。


ゆっくりと深呼吸をして、震える足を無理やり動かす。

ここから先は死ぬかもしれない場所


自分から外に出るなんて馬鹿だなと、俺は一言つぶやいてドアを開けた。


階段を駆け上がり、金属製のドアを開けて教室に出た。

廊下からベノムの触手が勢いよく伸び、窓ガラスを割って襲ってきた。


「出て早々これかよ!」


まだ完全に視認されていないのか、おおざっぱに襲ってくるおかげでよけながら逃げられそうだ。


外に続く窓を開け、なるべく観葉植物の間を通りながら小学校裏の森へ向かった。

襲ってくるベノムが大型の場合、なるべく見つからぬように入り組んだ場所へと走ることが最善とされている。


全力で走っていると、背後の木がいきなり薙ぎ倒され、黒い何かが現れる。

走りながら後ろを一瞥すると、どうやら大型ではなく中型のようだ。大型ほどの速度はないが、その体から伸びる腕の速度は野球選手のボールほどの速さである。

距離は30mもない、まず攻撃は避けられないだろう。


そう判断した瞬間俺は横に飛び、敵の射線に入らないようにする。

横に逃げても触手による追撃は来るのだが、避けやすさの違いだ。


そんなことを言っている間にもう触手の針が伸びてくる。

木々がなぎ倒される音を察知した瞬間横へ避け、転がりながらも俺は走り続けた。


ベノムはあくまで俺の捕獲に固執してくれているらしく、捕まえようとする意志が攻撃にはあった。


森の獣道に差し掛かり、木を盾にジグザグに逃げていく。

液体金属のような体をもつベノムには障害物なんぞ関係ないが、入り組んだ道や地面の凹凸はベノムの体を少しづづすり減らしていった。

まぁそれも微々たるものだが…



「ヤバイそろそろ何とかしないと捕まる!っどわ!」


ネットのように網目の触手が上から俺を覆うように落ちてきた。

姿勢を低くすれば木に引っかかるかと思ったが、うまくよけられている。


上へばかり注意が向かってしまい、後ろへの警戒が薄れてしまったのが原因だろう。俺は背後から迫る針に気付けなかった。


右肩に鋭い痛みが走る。

足がもつれ、転がりつつも無理やり立ち上がり走る。

視線を肩へと送ると細い針が肩に突き刺さっていた。


「いッ…あいつ遠距離攻撃できたのかよ」


かなり深くまで刺さっているので抜くのは良くないだろう。

核から離れたベノムの体はそのまま性質を維持するものでしかないので、悪影響はないはずだ。しいて上げるとすれば痛いだけである。


「このままだとホントにまずいぞ」


痛む肩をかばいながら森を走り続ける。


息が上がり、全身から汗を吹き出しながら走っていた時だ。

視界いっぱいに黒い景色、真っ黒なそれは液状の光沢を見せていた。


別個体である。


「大型かッ!!」


疲労で棒になりそうな足で何とかブレーキをかけ、方向転換

振り返ればそこにもベノム


あまりのピンチに混乱し、思考停止一歩手前のパニックに陥る。

どうする、どこに逃げればいい、右か、左か?それともベノムを避けながら正面突破?果たしてそれができるのか?


ぐるぐると回る思考

勿論そんな猶予を与えてくれるわけもなく


二体のベノムは体を大きく伸ばしながら俺を捕食せんとする。

大きく牙のように空いた口のような空間に飲み込まれるまさに一瞬の出来事。


「やっぱりいた、ユウは優しいから」


視界が弾ける

見える世界がぐるぐる回って


そこは空だった。


「え?はえ?」


人は空を飛べない

皆ご存じだと思う、俺も飛んだことない


飛行機や気球、グライダーやパラシュート様々な道具があるからこそ人類は空に羽ばたくことができた。


決して生身の人間一人だけでは飛べないのだ。


「え、わわわわ!ちょ、落ちるううううううう!!!!」


先ほどまでの浮遊感、シロの声

足りない俺の頭脳から導き出された答えはシロに助けられたという事。


抱えられ方が少々気に喰わないお姫様抱っこだが、先ほどまで上昇していたのは事実であり、重力がある限り人は落ちるのもまた事実。


「うおおおおおおお!!!!おちいいいいいいいいいいいいい」


何と情けない声だろうか

そう思っていても我慢なんてできようはずがない。

紐なしバンジーを体験するには心の準備が整っていないのだ、当たり前である。


「ドローン、ユウをお願い」


更にあろうことかシロは俺を手放した


「死ぬ死ぬ!マジで死んじゃうって!」

「大丈夫、ドローンがある」

「わけわかんねぇーーーーーーよぉぉぉぉ」


シロはさらに速度を出しながら落下していき、大型の元へ飛んでいった。

俺はと言えば枕サイズの薄い板に体をきっかけられ、ゆっくりと落下している。


ラピュタのシータは飛行石によってゆっくりと下降していったが、俺は板に引っかかることで下降している。


彼女は飛行船から落ちた時、気絶していた。

そのため今の俺のような醜態をさらさずに、神秘的に落ちていくことができたんだと今思う。


物語のヒロインが気絶するのは、それによってヒロインの醜態をさらさないためなんだろう。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔でギャーギャー言って落ちるより、手っ取り早く気絶してしまえばすまし顔の整った顔のまま恐怖をやり過ごせるのだ。


だから俺も今、猛烈に気絶してしまいたい。

下でシロがベノム相手に無双しているのとか、そんなの気にしていられないくらい俺は追い詰められている。


地に足付かない不安、体を撫でる冷たい風、支えとしては心持たないドローン。

いやきっと俺が運悪く手を放してしまっても回収してくれるんだろう、それでも怖いものは怖い。


今何メートルだろうか、下にいたころは結構大きいと思っていた小学校は俺の靴ほどの大きさもない。


あぁ、下を見て後悔した

今なら気絶できそうだ、なんなら肩に刺さった針のせいで腕が痛すぎる。


「おわった」


気づけば目の前にシロがいた。


「おいで」


両手を広げるシロ

もう俺には彼女が天使にしか見えない、それか聖母だ。

無様にも俺はシロに抱き着き、助かった安堵に胸を撫でおろ



せるわけがなかった。



「じゃあ、おりる」


その一言で俺は悟った。

わりぃ、俺…死んだ と、


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」


フルスピードで落ち続けるのが、俺の人生だった。(((遺言



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