第5話 体の関係?

黒かった瞳が紅く輝いて俺を見つめている。

どこから出るのかわからない力で俺はソファーに押し倒され、額にキスをされた。


ゆっくりと惜しむように唇を離したシロは、俺に馬乗りになったまま動かない。


俺は何をされるのか要らぬ想像が頭をよぎり、心臓がバクバクと早鐘を打った。


両者静止……


ジッと見つめ合う。時間だけが刻刻と過ぎていき、それに伴って、シロの顔は赤面していった。耳まで真っ赤になったシロは、ギュッと瞼を瞑ると小さな声でいった。


「いまの………じゃないから」

「……へ?」

「本気じゃないから、その……わざとじゃなくてその、あ、っえと違う」


もごもごと言い訳を並べ立てるシロは、まるで悪い事をした子供が自白するようだった。


なんなんだこの生き物可愛い


「その…、本意じゃないんだろ?あーあれだよな、フクサヨウってヤツ?」


かく言う俺も声が上ずってしまった。


「やー、そのさ、大変なんだろ?俺にもその副作用抑えるの手伝えることあるか?」


「え………………いいの?」


わりとマジトーンで帰ってくる返事。


「お、……おう」

「じゃあ……ハグだけでもさせて欲しい」


ハグでいいのかと思ったりしたが、今にも人を殺しそうなほどマジ顔で迫られたので、ノーとは言えない。


一旦お互い落ち着こうという事で、この他人からみたら勘違いされそうな馬乗り状態から離れることにした。


二、三秒深呼吸を繰り返し、呼吸を整える。

目線を上げるといつも通りのシロが立っていた。

無表情で俺を見つめている、しかし頬の火照りは消えておらず何かを期待するような雰囲気がした。


「じゃあ、ハグ…しますか」

「ん、する」

「いやほんとに抱くけどいい?」

「だ…く?」

「あ、いや…すまん」

「ん、問題ない」


バッと手を広げるシロは準備万端のようだ。

俺は恐る恐るシロの背中に手を回し、壊れ物を扱うように抱きしめた。


何故かビクッと震えたシロも、ゆっくりと俺の背中に手を回す。


中学生の男女なんて身長差がほとんどない、それに加えてシロが控えめなお胸なことを踏まえても、コレでもかと密着した。


正直に言ってここまで密着するとは考えていなかったため、頭はシロの香りとともにお花畑へと誘われている。


「金木犀の香りがする」

「………たまたま」

「俺の好きな匂い」

「……ん、知ってる」


お互いの肩に首が乗っかるようなハグだったのが幸いし、俺の表情はバレていない。


今顔を見られた…


「「死ぬ」」


「へ?シロ?」

「なんでもない、そっちこそ」


照れ隠しか、それとも他の何かか、シロは俺の首筋に顔をうずくめてグリグリとマーキングするみたいに顔を擦り付けてきた。


「わ!ちょっくすぐったいって!」

「もうちょっと」


スーッとシロの呼吸が聞こえて、同時に背中が動いて、体温が暖かくて…

感じる全てが、なんとも言えない不思議な気持ちが湧いてくる。


あぁくそ、ラブコメじゃねぇんだここは


それでも


バクバクと早鐘を打つ俺の心臓に負けないくらい、シロの心拍が早いことがとても


嬉しいと思えた。



_________________________________________


「なんか最近シロ先輩元気ですねー」

「え、うそマジ?本気と書いてマジ?」

「そうですよー、アレは恋の匂いがします」

「おー、中学生の癖に私を置いて恋愛とは度胸のある後輩だねぇ〜」

「リン先輩はカウンセラーで盛ってんじゃないですか」

「盛る言うな!アレは致し方ないことなんだよ?」

「その割に楽しんでる気がします」

「はーい、まだお子ちゃまなハルちゃんはその話辞めようねー」


ガチャッと更衣室の扉が開くと、シロが入ってくる。黒い黒曜石のような髪に白い肌は、いつもよりツヤがある様な気がしなくもない。


「なに?」

「いや、ついにヤったんかなって」

「行為に及んだことはない」

「じゃあ、ついにソロプレイに挑戦したとか?」

「それは…怖いからやだ」

「シロ先輩って結構可愛いとこありますよね」

「ねー、どうシロちゃん私と付き合わない?」

「えー!?シロ先輩は私のです!リン先輩にはあげません!!」

「私は誰のものでもない」


シロを巡ってギャーギャーと騒ぐ二人は、着替えそっちのけではしゃいでいる。


「お前たち早く着替えろ、緊急の方が出たぞ」


ガチャッとドアが開き、覇道隊長が入室した。その号令とともに、先程まで緩んでいた空気が引き締まった。


緊急の方とは、街にベノムが発生したことを意味する。


「規模はどんな感じ?」

「避難誘導は私いけます!」


素早く着替えた三人は、隊長に続いて走り出す。


「規模は大型二体、中型五体、小型はゴキブリみたいにいたぞ」

「うわー、結構ヤバくないですかそれ」

「他の隊に援助要請した方が良くない?」

「シロどの程度いける?無理のない範囲でいい」

「大型二体なら行けそう…です」

「よし、ならリンは小型を駆除してくれ、私は中型をやる。ハルは避難誘導と街の被害を抑えろ」


「「「了解」」」


各々が散開し、各班を率いてポイントへ向かう。


更衣室や班員の待機場所は地下に存在するため、シャトルから地上へと繋がるポイントを指定するだけでいい。そのため素早く、被害抑制ならびベノムの駆除が可能となるのだ。


もう地上は警報が発せられているため誰もいない。いつもは賑やかな街並みは、今は静かさとベノムが這いずる音だけだ。


コレが彼女たちの仕事場である。


「班長…デカくないですか?」

「でかい」

「いや、そう言う反応じゃなくて…こう、ビルぐらいありますよ⁈」

「でっかい」

「倒せるんですか?」

「余裕、今日の私は無敵」

「それ昨日も言ってましたよ」

「いつも…無敵」

「はぁ……負けたら承知しませんからね」


夏の日差しが大地を照らす。

黒い固体か、液体か、判断が難しい化け物退治が、今日も始まった。


「指示は…っていないし」


シロ班副班長 早坂 コトリは苦労が絶えない。今日も彼女は、班長が残した砂埃を見つめてため息をこぼした。




青空、晴天の日

大きな斧を構えた少女が空を舞う。


適合率80%の力は伊達じゃない。

あまりにも重い武器を持ちながら、ビルの高さほどまで跳躍することなど簡単なのだ。


シロとベノムの視線がかち合う。果たして化け物に目と言う器官があるのかは置いておくとして、確実に彼女を認識した。


その証拠に触手は鋭利な刃物となり、彼女の体に風穴を空けるべく伸びている。


音速レベルの速さでいくつもの針がシロへと伸びる中、彼女は冷静に体を動かした。


最小の動きで針を避けるシロだったが、腹部に鋭い痛みを感じ、ほんの少し顔を歪める。

視線を落とすと右脇腹が裂けていた、赤く染まった腹部を一瞥した彼女は視線を敵へと向ける。


「なるほど」


よく見ると伸びてくる針は彼女に近づくにつれ細かく枝分かれし、棘のように伸びている。通常の個体にはあり得ない、戦い慣れた動きだ。


『こちらシロ、敵個体戦闘経験あり』

『ちっ、了解した。聞いたから二人とも、油断するなよ今回は少し骨が折れそうだ』

『了解、こっちも結構厄介なやつ多いんだよね』

『あぁ、出所がわかったら文句を言っておいてやる』

『それより給料あげて欲しいなー』

『それは同感だな』


ベノムは学習する生命体だ。

液体金属のような体を持ち、多様な攻撃方法や高い再生能力を待つ。

中でも運良くマギアとの戦闘から生き延び、成長した個体は高い攻撃性を持つとされている。


「これは大変」


そう呟くシロの表情は特に焦った様子はなく、表情の変化がない。


迫り来る針をブーツで踏みつけ、加速する。


「ブーツなら貫通しない、硬いから」


踏み台となった針は衝撃によって砕け散り、粘性のある液体金属に緊張が走った。


一瞬でベノムの眼前に迫ったシロは斧を振りかぶっており、ブースターが青く輝いていた。


振り下ろされると思われた斧は、予想を外れて振られない。


「やっぱり頭いいね」


何故ならベノムが盾を形成していたからである。


それを確認した彼女は斧を握る力を強くする。握る手の色が白く変わるほど握られた斧は、追従していたドローンを推進力として振り抜かれる。


「正面から叩き折る、それが一番」


金属同士がぶつかる音と、火花が散った。

あとに残るのはコアを大きく露出したベノムのみ。


「コレで一体」


修復の暇を与えず砲台へと姿を変えた斧が、青白い光を放つ。一瞬の閃光が辺りを染め上げ、ベノムのコアへと極大のレーザーが放たれた。


衝撃波であたりに突風が吹き荒れ、赤黒いコアはチリとなったのだった。


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