4.

「師匠~。どうしましょう~」


 その晩。魔法使い見習いは泣きついていた。


「ああもう鼻水まで出てるよ。かわいい顔が台無しじゃない、ほら」


 ハンカチ越しでミザに鼻をつままれズズと、鼻を鳴らすルコル。そのやりとりはさながら歳の離れた姉妹のようだった。


「はい、もういいよ」

「ありがとうございます……」


 二人はブランから好きに使っていいと言われた部屋にいた。ミザはベッドにゆるく腰かけ、ルコルはその前にちょこんと腰を下ろす。


「うまくいってないみたいだね」

「はい、がんばったんですけど……」


 ミザも傍らで見ていたからある程度は知っているはずだが、ルコルの口から聞きたいと言うのでこれまでの経緯を話した。

 今日もまた掃除、食事の用意、そして風呂焚きとやってきたが、すべて空振り。その中で奇跡を集めるのにつながる糸口のようなものを探してはいたけれど、とうとうルコルは見つかることはできなかった。


 あらためて口にすると自身への情けなさが一層襲ってきて、その場で膝を抱える。


「ボクだって師匠と旅をしてきているから、ちょっとは自分でできるかなあって思ってたんですけど……ぜんぜんダメダメです」


 ブランは喜んではくれたものの、普段の生活がちょっと便利になっただけ。これでは「見習い」がとれて一人前の魔法使いになるなんて夢のまた夢。

 ぎゅうう、と膝を抱える腕に力をこめる。


「…………」


 そんな様子を見るミザは、なぜか無言だった。


「師匠?」

「……ルコル、パンツ見えてるよ」

「え? あ、わ、ちょっ!」


 言われた瞬間、顔をリンゴみたいに赤くさせながら、ぴょんと飛び跳ねるように立ち上がった。対するミザは平然としていた。


「もう! 師匠ってばえっちです!」

「えっちも何も、座り方を変えて見せてきたのはルコルの方だよ? スカートなのにそんな座り方をしたら、見てって言ってるようなものだよ」

「そ、そそそそんなことないですよ」

「まあ大丈夫だよ。ルコルのパンツなんて、これまでの旅で飽きるほど見てきたからもうなんとも思わないよ」

「ひっ、ひどいです。って師匠、いつの間にそんなにボクのパンツを!?」

「いつも手分けして洗濯したりしてるじゃない」

「あっ、そうか。なら師匠には見えてもいいのか。ん? いいのかな……」


 てことは恥ずかしがってるボクがおかしいのかな。でもパンツだし、ううん……。

 混乱気味にぐるぐると考えていると、ミザがちょいちょいと招き寄せる仕草をした。ルコルは少しだけ逡巡してから、ベッドに上がって隣に腰を下ろす。


 と、優しい手が頭に置かれた。


「大丈夫。いきなり全部がうまくいくことなんてないからね。それに、うれしかったよ」

「うれしかった、ですか?」

「ああ、ルコルが自分からやるって言い出してくれたことにね。まあ、うまくいかないのも修行のうち、だよ」

「は、はい」


 手はゆったりとした動きで、ルコルの頭をなでる。ミザのこういう優しさが好きだった。


 だけど現実問題、奇跡は集められていない。その光明がないことには、ルコルは心から優しさを享受できなかった。


「師匠、ボクどうしたらいいですかね」


 ルコルとしてはもう少しがんばりたい気持ちはあった。だが、何事にもタイムリミットというものがある。この場合は二日間、そしてその半分はすでに経過している。


「たしか次の列車を待つのは、あんまりよくないんですよね?」

「うん。列車は完全に不定期だからね。時刻表に出てくるのも次の列車がいつ来るかだけだから、私でも知りようがないんだ」


 運がよければ翌日かもしれないし、下手をすると一か月後かもしれない。旅を始めて最初に降り立った駅でも言われた言葉だった。


「そして私たち魔法使いは、同じ場所に長くいるべきじゃあない。長くいればいるほど、その土地に馴染んでしまうからね」


 魔法使いがその土地にとって当たり前の存在になってしまうから、らしい。当たり前になればなるほど、自分たちの行いによる、つまり魔法を使うことによって奇跡を感じてもらうことは難しくなっていく。結果としてそこを離れることがさらに困難になる。負のスパイラルに陥ってしまうから。

 なのであと一日でどうにかして奇跡を集める必要があった。最低限、列車に乗れるだけの。


「今から別の人を探してみますか? 奇跡を感じてくれそうな」

「それもひとつだけど、時間に余裕がないからあまり得策ではないかもしれないね。現状、この村ではブランさん以外の人とはほとんど交流していないから」

「そ、そっか。だけど……どうしましょう。ブランさん、本当に困ってることもお願いとかなさそうでしたし」


 このままもう一日家事の手伝いを続けてもおそらく奇跡を集めることはできないだろう。

 何か、ブランが望んでいることがあれば話は別なんだけど……、


「いや、そんなことはないよ」

「師匠?」


 ルコルが顔を向けると、彼女の丸メガネが、くい、上げられる。そしてうしろに結んだ黒髪をほどいて、結びなおした。

 ミザがルコルの方を向く。小さくほほ笑みかけながら。


「ここからは私がやるよ。任せて、弟子ががんばってるんだし、私も師匠として少しは仕事をしないとね」

「もしかして、何か考えがあるんですか?」

「うん。ルコルがブランさんとたくさん話をしてくれて、それを私に聞かせてくれたからわかったことがあるんだ」


 ルコルは一体何のことかよくわからずにいるが、ミザは続ける。


「それで明日、ルコルには魔法の手伝いをしてほしいんだけど」

「え、私にですか? でも、私が使える魔法なんてたいしたものは」

「大丈夫、ルコルが扱える魔法だよ。それできっと、ブランさんは喜んでくれるさ」


 そう言って、ミザは明日の作戦を話し始めた。

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