2.
だが、そのたった五分後。
「し、師匠~」
ルコルはあっさりとミザのもとへと戻ってきていた。眉を八の字にしながら。
その理由は、
「宿屋がない、って?」
「は、はい」
聞き取りの結果、この村は外から誰かがやってくることはほとんどないらしく、宿泊施設を営んでいる人はいないとのことだった。
つまり、現状ルコルたちが泊まるアテがないということ。
「どうしましょう……」
「ふうむ」
ミザはあごに手を当てる。
「やっぱり野宿をするしかないか」
「そっ、それだけはイヤです~!」
「そうは言っても宿がないことにはどうしようもないじゃないか。大丈夫、幸い私たちは魔法が使えるからね。火も起こせるし水だってなんとかなる」
「その通りなんですけど、その通りなんですけどお」
すっかり野営の算段をつけ始めているミザを前に、ルコルは必死になんとか止める方法を考える。でもでも、いい案は浮かばないし、どうしよう。
「旅の人たち、お困りのようじゃな」
すると、背中にそんな声が。振り返る。
そこにいたのは、白ひげをたっぷりたくわえた初老の男性だった。
「泊まるところを探しておるが見つからないんじゃろう?」
「は、はい」
「無理もないわい、この村の宿屋は三十年も前に潰れてしまったからのう」
「三十年って、ええ!?」
そうなると、本当の本当に野宿コース? ど、どどどうしよう…!
なんてルコルが表情を悲壮に半分ほど染まったところで、老人は白ひげをいじりながら言ってきた。
「よければワシの家に泊まるといい」
「いいんですか!? あ、でも……いきなりでご迷惑じゃないですか? それに見ず知らずの人をいきなり泊めるだなんて」
「なあに、遠慮することはない。困った時はお互い様じゃて。それに息子たちも出ていってしまったから、そろそろ賑やかさが恋しくなっておったところじゃ」
食い気味になったり、かと思えば遠慮がちになったり忙しない様子のルコルに対して、朗らかに笑う老人。
まさに渡りに船、地獄に仏。ルコルとしてはすぐにでも老人の提案を受け入れたいところだったが、
「師匠。どうしましょう?」
隣の魔法使いに
二人の旅において最終決定権を持つのは彼女だ。ルコルはまだ見習いである以上、ミザがこう、と決めたことに対しては従う。それが旅のルールだった。
それでも意見は述べるけど。なにせ野宿はイヤだし。
「ボクとしてはご厚意に甘えたいところなんですけど」
「……そうだね」
ミザは丸メガネをくい、と持ち上げる。何か考えがある時の彼女の仕草だ。それから半歩前に出て、
「それでは、お言葉に甘えさせてもらっていいですか?」
「もちろんじゃとも」
「可能であれば二日ほどご厄介になりたいのですが」
「かまわんよ。二日といわず好きなだけいてくれてかまわんよ」
「ありがとうございます」
ミザからワンテンポ遅れてルコルも頭を下げる。その拍子に帽子がポロリと落ちてしまいそうになったので慌てて頭におさえていると「さて、ワシの家はこっちじゃ」と老人が歩き出した。ミザが続き、ルコルもぱたぱたと追いかける。
「おっと言い忘れておったな。ワシはブランじゃ」
「ミザです。こっちは、」
「ルコルです! よろしくお願いします!」
「ほっほっほ、よろしくじゃ。ずっと二人で旅をしておるのか?」
「ええ。といってもまだ始めたばかりですが」
ミザが答える。すると老人、ブランはしみじみと頷いて、
「ええのう。ワシは生まれてこの方ずっとこの村で暮らしておるから、なんだかうらやましく思えてくるわい」
「ブランさんはお仕事もこの村でされてるんですか?」
「そうじゃ。もう五年ほど前に引退したが、大工をやっておっての」
「ということは、もしやこの切り株の家たちをブランさんが?」
「その通りじゃ。村の大工は数えるほどしかおらんからのう。ここらにある家はほとんどすべて、ワシが手がけたのじゃ」
「ええ! すごいです! こんな素敵なお家をつくっていたなんて」
そんな風に会話をしながら、のんびりとした足どりで進む。
五分ほど歩き、村のはずれまで移動したところでブランの家に到着した。他の家と同様、大きな切り株をくり抜いてつくられたものだった。年季が入ってはいるものの、どっしりとした印象でボロさのようなものは感じられない。聞けば、これもブランが自分でつくったとのことだった。
「さあ、あがってくれ。我が家だと思ってくつろいでくれてかまわんからのう」
「お邪魔します……わあ!」
玄関の扉をくぐり、リビングスペースに案内されたところでルコルが声を弾ませた。
巨木をくり抜いてつくったというだけあって、壁や床、天井のすべてにあざやかな木目が泳いでいた。そして置かれている家具、テーブルや椅子もすべて木造。それらが漂わせる特有の香りが肺を満たしていって、なんだか心が落ち着く。
「とっても素敵なお部屋ですね」
「気に入ってくれてよかったわい。ああ、寝るのは上の階の部屋を使ってくれ、ベッドもあるのでな」
「そんな、私たちはリビングの隅で横にならせてもらえるだけでも十分ですよ。ねえルコル」
「はい」
野宿をすることに比べたら百、いや千倍マシだ。
「何を言うんじゃ、ここまできてそんな遠慮はいらんぞ? それに、レディを二人も泊めるんじゃから、きちんともてなしをせんといかんわい」
「レディだなんてそんな、えへへ」
「ルコル、レディはレディって言われても照れたりしないものだよ」
「わ、わかってますってば師匠。こ、こほん」
慌ててルコルが背筋を伸ばして咳払いをする様子を見てブランが「ほっほっほ」と笑う。
「じゃが遠慮は本当に無用じゃて。長いこと男手ひとつで育ててきた息子が二人とも、つい最近結婚して出て行ったばかりでのう、部屋が余っておるのじゃ」
「息子さんお二人を、ブランさんだけで? それは大変でしたね」
「ほっほっほ。妻に先立たれてからもう長いこと経っておるから、もう慣れたものじゃよ」
ブランの言葉の通り、リビングには少し前まで家族で生活をしていた痕跡があった。テーブルを囲う椅子は複数あったり、壁には大きな鍋がかけられていたりと。さらに壁にはその息子と一緒に写っているであろう家族写真も飾られている。
「まあそんなわけじゃから、久しぶりに家がにぎやかになってワシもうれしいのじゃ。遠慮せんと使ってくれい」
「では、お言葉に甘えて。ありがたく使わせていただきます」
「うむうむ」
満足げに頷くブランに、二人は再びぺこりと一礼する。
ともあれ、これで次の列車が来るまでの二日間は問題なく過ごすことができそうだ。
あとはこの二日間で、旅の目的を果たせるかどうか、だ。
「ルコル」
と、ミザが呼びかける。そして小さな声で耳打ちするように言う。
「今回はこの人に協力してもらおうか」
協力。ミザが言いたいのはつまり、この老人、ブランから協力を得て奇跡を集めようということだ。
奇跡の粒はそこら中に、空気と同じように目には見えない状態で漂っている。粒子たちは奇跡が起こるきっかけ。だから奇跡はいつでも、どこでも起こる可能性を秘めている。
だけどその状態では集めることはかなわない。空気を集めることが無理なように。
たったひとつ違う点があるのは、奇跡の粒は集まってくるということだ。そしてそれは、人が
なので、ルコルたちは行く先々で誰かに奇跡を感じてもらう必要がある。時に魔法を使ったりすることによって。
その誰かを、今回はこの老人に担ってもらおう、そうミザは判断したのだ。
「あとはどうやって奇跡を感じてもらうかだけど――」
「任せてください!」
すると、遮ってルコルが力強く言った。
「今回はボクがやります」
「本当? 大丈夫かい?」
「はい。ずっと師匠に集めてもらってばっかりなので、ボクにやらせてください」
自分はまだ見習いで、立派な魔法使いとはいえないのは理解している。でも、だからといっていつまでもミザにおんぶに抱っこというわけにもいかない。
そんなルコルの意気込みが伝わったのかミザは丸メガネをくい、と指で上がると小さく笑って、
「いいよ、ルコルの思うようにやってみなさい」
「はい! ありがとうございます!」
ルコルは頷いて「ようし」と両手をぐっと握る。
ここでうまく奇跡を集めて、師匠に褒めてもらって、一人前に近づくんだ。
がんばるぞ……!!
「ブランさん!」
「ん? なんじゃ?」
ルコルが勢いよく声をかけたので、老人は少し驚いた様子で振り返る。そんな彼の前で、ローブから杖を取り出した。
「実はボクたち……実は魔法使いなんです!」
「魔法使いとな?」
勢いそのままに、ルコルは正体を明かす。そして自身の言葉を証明するかのように杖に魔力を流しこんだ。
直後、杖の先に小さな火が灯る。それを見たブランは「おお……」と感嘆の声を漏らしていた。
それから杖を持つ手をピッ、と高く突き上げると、宣言するように言った。
「泊めていただく代わりに、ブランさんに魔法を使います! 何かお困りごとや、願いごとはあったりしますか!?」
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