切り株の村

1.

「ふあ、あ……」


 列車を降りてすぐ、ルコルはたまらず口を開けてあくびをした。そんな様子を見てか、隣のミザは苦笑する。


「本当、ルコルはよく寝るね」

「揺れがなんだか心地よくて、えへへ」


 照れ笑いを返すルコルの背後で汽笛が鳴った。それから列車はゆっくりと動き出す。たちまち暗闇の中へと吸い込まれるように消えていき、駅は静寂に包まれる。

 二人の前にあるのは、木造の小さな駅舎だけだった。


「やっぱり駅って誰もいないんですね。それになんというか……ボロボロです」

「列車も不定期にしか来ないし、利用者も私たちみたいな魔法使いだけだからね。そもそも魔法使いの数自体だって少ない。仕方のないことだよ」


 きょろきょろと見回すルコルに、ミザが答える。たしかにルコルたちが乗っていた列車には他に誰の姿もなかったし、下車する人も乗車する人も皆無。というかそもそもミザと旅を始めてから、自分たち以外の魔法使いに出会ったことはなかった。


 駅舎の中へと足を踏み入れる。当然、待っているのは沈黙のみ。


「時刻は……夕暮れ時ってところかな」


 壁にかけられた時計に目をやりながらミザが言った。

 といっても、列車に乗った場所とここでは時間の流れが異なるらしいので、乗車してからどれだけ時間が経過したのかはよくわからなかった。居眠りもしちゃってたし。


「じゃあ早く行きましょう。初めての場所で日が落ちてたら動きにくいでしょうし」

「そうだね。だけどその前に、確認しておくことがあるでしょ?」

「あっ、そうか。次の列車の時間」


 列車の発車時刻は魔法使いにとってとても重要なもの。それ次第でこの場所でどれだけ滞在できるか、その長さによって自分たちのスケジュールがすべて変わってくるのだ。


 ルコルは時計の隣に飾られた絵に視線を移した。描かれているのは丸や三角といった様々な図形。それらが不規則に重なり合っている。一見するとただの幾何学模様だが、


「師匠。これ、ですよね」

「そうだよ。練習がてらやってみようか」


 言ってルコルの方を見てくるので、ルコルは懐から一本の細い棒を取り出した。魔法使いにとって最も大事なものであり象徴、杖だ。

 

 緊張混じりの手つきでそれを絵の方に向け、魔力を込めた。同時に先端が淡く光る。ルコルのローブと同じ、青紫色をしていた。


 発動させたのは以前教わった『情報を読み取る魔法』。魔法使いが旅をするにあたって必須の、そして基礎的な魔法のひとつだ。


「できた?」

「ええと、二日後の夜……で合ってます?」

「正解」


 小さく笑うミザを見て、ルコルは胸をなでおろす。ミザ曰く、この絵は時刻表なのだそうだ。もし魔法使い以外に見られてもいいように、魔法を使わないと読み解けないようにしているらしい。


「杖をかざさなくてもわかったんですか?」

「まあね」

「やっぱり師匠はすごいです……」

「だてに長いこと魔法使いやってないからね。ルコルもそのうちできるようになるよ」

「うう。がんばります」


 自分もこの人のようにカッコいい魔法使いになれる日が来るのだろうか。憧れではあるが、そうなっているイメージはまだ湧かない。


「さて、と。それじゃあ今度こそ行こうか」

「は、はい」


 いよいよだ。ここはどんな場所なんだろう。

 そんな期待と不安を入り混じらせながら、ルコルは駅舎を出て一歩踏み出す。


 すると、二歩目に彼女の足が踏みしめたのは――巨大な木の根だった。


「え、あれ?」


 足元の感触と目に映った景色にルコルは目を白黒させる。どうやらそこは森のようで、ルコルの何十倍もの太さはあろうかという巨木がたくさん生えていた。振り返るも、駅舎は影も形もなくてゴツゴツとした根っこの割れ目が存在するだけだった。

 ルコルが呆然としていると、そこからミザが頭を下げながら出てくる。ルコルよりも二十センチほど背が高い彼女には少し窮屈のようだ。


「なるほどね、今回はここが出入り口・・・・か」

「いつも思いますけど……不思議ですね。確かに駅舎から出たはずなのに、根っこの隙間にしか見えません」

「そういうものだからね。だけど、今回はちゃんと覚えておきなよ? 前みたいなのはもう御免だよ」

「あっ、あれはその、ごめんなさい」


 前に訪れた町では廃ビルの裏口が駅への出入り口となっていた。ルコルが場所を覚えておく役目を買ってでたのだが、うっかり失念してしまって出入り口がわからず大慌てだったのだ。


「もっとわかりやすくしてくれればいいのに。別に私たち魔法使いって、秘密の存在ってわけでもないんですよね?」

「そうだけど、だからといって誰彼構わず入ってこられて騒ぎになるのは避けたいのさ」


 まあもっとも、仮に入れたところで運賃・・を用意できなければ列車に乗れはしないけどね。とミザはつぶやく。そう、列車に乗るために必要なものは、ルコルたち魔法使いにしか用意することはできない。


 と、遠くから人の話し声が二人の耳に届いた。どうやら往来が近いみたいだ。


 人の気配がする方に向かって数分ほど歩くと、果たして森から抜けることができた。次に二人を出迎えたのは、巨大な木……ではなくその切り株たち。


「わあ……」


 森の中で見たのと同じサイズの木が、切り株姿となってあちこちに屹立している。ルコルが思わず声を上げた理由は、その見た目にあった。切り株のほとんどに、ドアや窓がついていたからだ。


「お家、ですかね」

「みたいだね。切り株をくり抜いて家をつくっているのかな」

「なんだかおとぎ話に出てくるお家みたい……」


 ルコルは目を輝かせながら感嘆の息を漏らして、


「ボク、住むなら前の町にあったお家より、こんなかんじのがいいなあ。ゆったり暮らせそうじゃないですか?」


 周囲に漂うのは穏やかな空気。土のままの道路を歩く人たちは誰も彼も落ち着いた様子で、忙しなく通る者はひとりもいなかった。


「否定はしないけど、目的を忘れたりしてないよね? ここへは定住先を探しに来たわけじゃないんだよ?」

「も、もちろんです。――奇跡を集めるため、ですもんね」

「よろしい」


 ミザにじい、と見られてルコルは背筋を伸ばして答える。それにミザは頷く。


「この場所に散らばっている奇跡を回収する。そこまでやって初めて、私たち魔法使いがここに来たことに意味が生まれる」


 言って、ミザは首からさげた小瓶を手にとった。中にはキラキラと輝く砂粒が四分の一ほど詰まっている。機関車の煙突から出ていたのと同じ、奇跡の粒だ。集めた奇跡をこの小瓶に収納し、列車に乗る際に運賃として差し出す。この世界で、奇跡を循環させるために。それが魔法使いに課せられた使命。

 もっとも、今残っている奇跡の量では、二人分が乗車するには足りなかった。つまり、なんとしてでもここで次の列車に乗るための奇跡を集めないといけないということだ。


「がんばらないとですね、師匠」

「そうだね。……まあ、奇跡を集める以外にも旅の目的はあるけどね。誰かさんに早く一人前になってもらうため、とか」

「う……はい、がんばります」


 実際、彼女の言う通りだった。この旅のもうひとつの目的は、まだ見習いのルコルが修行をつけてもらうこと。それがなければ魔法使いは原則としてひとりで旅をしなければならない。


「とは言ったものの、本格的に動くのは明日からの方がよさそうだね」


 太陽は地平線の彼方にその身を移動させており、まばらに歩く人も、切り株の家も、あらゆるものをオレンジ色に染め上げている。この時間帯から活動を開始させるのは非効率だろう。


「それじゃあ、まずは寝泊まりするための宿を確保することから、ですね」


 列車が来るのが二日後。であれば当然、その間の寝泊まりをする場所が必要だ。


「まあ最悪、野宿でもいけそうだね。気候も穏やかだし」

「ダ、ダメですよ。師匠だって女の子なんですから、絶対ダメです」

「野宿なら宿代もかからないし、メリットはあると思うけどなあ」

「いいえ。野宿はどうしようもなくなった時の最後の手段です」


 旅の中でよくあるやりとりだった。二人の持ち物や服装は決して野営向きとはいえない。だというのにミザはものぐさなのか、すぐ適当に済ませてしまおうとする。だがそれを許すルコルのうら若き乙女感情ではない。

 やっぱりきちんとしたところで眠りたい! お肌にだってよくないし、お風呂にだって入りたい。


「じゃあ宿探しはルコルに任せようかな」

「師匠、ただ単にめんどくさがってるだけじゃないですよね?」

「そんなことないよ、寝泊まりする場所を確保するのも旅をするうえで大切なスキルのひとつさ。これも修行の一環、だよ」

「ほんとですかあ?」


 ルコルは訝しげにミザを見る。いずれにせよ彼女が動きそうな気配はない。

 ここはボクがなんとかしないと。すべてはあたたかい寝床のために、と言い聞かせてルコルはローブをひるがえし、道行く人に声をかけはじめた。

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