第11話 選ばれし魂たち

 気づいた勢いと、なんとかしなきゃという思いでここまで話したものの、あまりにも自分勝手な思いを表しすぎたか、とビハールの声はどんどんと尻窄みになっていった。


「僕の……勝手な希望ではあるんですけど……」


 そう付け答えて、ビハールは下を向いてしまう。自分のミスを棚に上げたままで言っていい言葉ではないと……そう思っていたから――


「俺とビハールは、身近な知り合いのお陰でその数字のことを知っていたんだ。けど、通達所の数字はいつも7に線の入ってるタイプで、仲間内で話題になることがなかったから、てっきり誰もが知ってることだと思ってたしなぁ」


 誰もが知らずにいた認識の差。それが今回の出来事を引き起こしてしまったのだ。


「……僕が出来るだけ多くの者の前で話したかったのは、このためです……」


 両部署の関係のことは置いておくとしても、この問題だけは解決しなければならないと、ビハールは頑張って声を絞り出した。


「これまでどうしてこのようなことが起こらなかったのか、僕にはわかりませんが……このことを全員が認識して、気をつける必要があります。

 そして、できることならどちらかに統一した方が良いです。

 二度とこのようなミスを起こさないためにも……!」


 その言葉に、そこにいる全天使が静かに同意したようだった。

 その数字があるたびに、どちらかわからずいちいち確認することを思えば、どちらかに統一した方が良いというのは誰の目からも一目瞭然。


「僭越ながら、上官天使様には申し訳ありませんが……僕は、彼の書いた7の方をおすすめしたいと思います。なぜなら急な変更やミスが起きた時、急いで書いてもこれなら判別がつくからです……」


 ミスを犯したとされた天使の書く7には短い線が入っており、これならたとえ急いで書いたとしても、判別がつく。


  まだ使用期間中で、何度も失敗して迷惑をかけている自分が、他部署の上官天使に物申すなど烏滸がましいにも程があるとは思った。しかし、それを重々承知の上で、ビハールはその場で進言した。


「……これまで問題がなかったのは、おそらく上官天使様がこの通達作業にあたっていなかったから、じゃないですかね?」


 エドウィンがビハールの横に立ち、質問した。


 何故これまでこの問題が起きなかったのか、その謎はエドウィンの言ったように考えれば納得がいく。


 その上官天使は、責任を感じた様子で答えた。


「たしかに……私の普段の仕事は神界から降りてくる指示を元に、天候の配置を決めること。先日だけ休暇の者に変わって通達の仕事にあたったのだが……」


 その言葉に、決定部署の他の上天使が周りを見渡しながら言う。


「こりゃー、その数字の書き方を固定して周知せにゃならんな!」


 すると、数字を書いてくれた上天使も同意し、続けて言った。


「それと……迷惑をかけてしまった雲絵師達にもお詫びをせねば」


 いつも喧嘩腰に対応してくる決定部署の天使たち。その部署の上の存在である上官天使の言葉に、両部署の天使達は驚きを隠せずざわめき出す。

 何故ならこの天上界において天使たちは、上層部の方針に、誰も何の疑問も持たずに従ってきているからだ。しかし、この問題に関しては、これまでの確執もあって、すんなりと受け入れられるとは、誰もが思っていなかった。


「お詫びというならこちらもじゃろう。今朝、初めのミスがあった時点で皆がもっと密に連絡を取り合っておれば、午前には問題が解決していたじゃろうからのぅ」


 ざわめきはその声にかき消され、全員がその声の主の方を向く。


 それは、雲絵師の上官天使、そのまた上の存在である雲絵師部署を統括する神様が、やってきて言ったのだった。


 そう、昨日ビハールがお小言をいただいた、あの神様である。


「そこなビハールの言う通り、計画部署と雲絵師部署、仲良くとは言えずとも、もっと密に会話することは可能じゃろう? お主たちは紛れもなく神界の『大いなる存在』から選ばれた天使達なのだから…………」


 神様の言葉にその場の空気が変わった。


 皆、自分が天使であるという誇りを、意識せずとも持っている。日々の作業で忘れかけていたそれを、神様の言葉がその場の天使達に思い出させたのだ。


「では……今回のことはどちらも足りぬところがあったとして、誰もお咎め無しで良いかな?」


「それは……こちらとしては大変ありがたく恐縮なのですが…………本当に良いのですか? 本日一番大変であったのは、そちらの雲絵師の天使達なのでは……?」


 計画部署の上官天使の一人がそう言うと、雲絵師部署の神様は答えた。


「日々の確執があったことは昔から把握しておる。こちらの天使達がどのように思い、やり過ごしてきたかもわしは知っておる。

 そしてそれが必ずしも正しい事ではない、ということも、な」


 別に見られているわけではないのだが、雲絵師の天使達は、ほとんどの者がドキリとして神様から目を離した。


「仲が良すぎても、悪すぎても、組織というものはうまく回らん。大切なのは分かり合えずとも認め合い、共にやっていくことじゃ」


 そう言うと、神様は全部の天使たちを一瞥し、そして長く白い、流れるような眉毛に隠れている目を、計画部署の天使たちに向ける。


「今回のことは記録に残し、以後同じことが起こらぬようにして、咎めはなしとさせてもらいたい。

 代わりというわけでもないのじゃが……これを機に、また少しづつで良いから歩み寄ることはできぬかのぅ?」


 計画部署の上官天使は、近くの者達と目を合わせ、お互いの意思を確認し合う。


「善処しましょう」


 一天使が、部署を代表するようにして神様にそう伝えると、神様は雲絵師の天使達を見て言った。


「お主らも、じゃぞ」


 雲絵師達は、複雑な表情をしながらも頷き、それを見た神様は雲絵師たちに仕事を一つ通達する。


「では雲絵師の天使達よ。今回の例を題として……。

 指定は七十パーセントの曇り空。雲の形態は自由。制限時間の終了間近で空は十パーセントしか仕上がっておらぬ状態。自分ならどうするかを考え、全員レポートとして出すのじゃ」


 神様がパンっと手を合わせ、両手を上げると、白い一枚の紙が雲絵師天使達の元にフワリと現れる。


「紙が足りない者はこちらに用意しておくので、取りにきなさい」


 上げていた手を下ろし、近くのテーブルを指すと、そこに紙の束が現れた。

 

「ではの。決定部署の……そちらの神に、よろしく言うといてくれ」


 雲絵師部署の神様は、決定部署の上官天使達に向けてそう言うと、また静かに通達所から出ていった。



◇◆



「あ……ありがとうな…………」


 例外はないとのことで、神様の言うレポートを書いているビハールとエドウィンの元に、あの天使がやってきた。

 昨日ビハールに水をかけた天使が。


「……どういたしまして……」


 きっと自分なんかに助けられたくはなかっただろうと思って、ビハールは控えめにそう答えた。


「な、お前名前は? 数字の書き方とか、お前のビハールへの突っかかり具合とか見てると、多分俺たちの魂は同郷だったと思うんだよ。もしかしたら知り合いだったのかもしれないぜ?

 コレを期に、少しお近づきになってみないか? 俺たち」


 半分くらい書き終わっている様子のエドウィンが、顔を上げて言うと、その天使は苦笑しながら答えた。


「そうだな……」


 そして、彼はビハールを見て言った。


「天使になった限りには、皆等しくその素養を持っているはずなんだよな……

 けど、オレは何かが足りなかったようだ。すまなかった……」


 自分のされたことが、当然だとは思わないけれど、自分にこんなことを告げるなんて、どれほどの勇気が必要だっただろうか。ビハールは驚き、戸惑いながらもそう思った。


「そういったことさえも、全て神界の『大いなる存在』の思し召す通り……なんだろう」


 そう言って、慈愛の瞳でその天使を見ている様子から、エドウィンは彼を認めているのだとわかる。


「僕も……君とこれから少しでも仲良くなれたら嬉しいな……」


 本当に仲良くなれたら良い。そう思ったビハールは、勇気を出して告げてみた。


 すると彼は苦笑し、その後少し晴れたような表情で言った。


「そうだな……よろしく頼むよ。

 オレの名前は────」




◇◆


 それから──。


 計画部署と雲絵師部署は少しづつ歩み寄ることになる。


 エドウィン、ビハール、そして計画部署の、彼らが同時に中天使の仕事に就くまではまだしばらくの時間を要するが、その話はまた別の機会に――――


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天使のお仕事〜雲絵師〜 河原 @kawabara123

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