第9話 動いたビハール

 部屋を出た天使たちは、カフェで休憩していく者と、すぐに今日の報告をしに行く者とに分かれた。ビハールとエドウィンは、晩御飯を一緒に食べる約束をしていたので、すぐに報告を済ませて帰ろうと、通達所の中にある報告スペースへと向かった。


 通達所に着くと、いつもより多くの天使たちがいて、ざわめきも大きいようだった。

 朝から様々なミスが続いていたのは確かなようで、報告を受ける雲絵師部署の天使たちも、何やら忙しそうにしている。


 ビハールとエドウィンは、通達所から決定部署へと続く階段の近くに空いている場所を見つけ、そこで報告書を書き始めた。


 計画部署の部屋には、何天使(なんにん)もが入れ替わり立ち替わりで訪れ、上官天使までもが複数やってきているようだった。


「僕、初めてかも……」

「ん? 何が?」

「計画部署の上官天使様をお見かけするの……」


 上官天使とは、それぞれの部署を取りまとめる中天使のことで、その装束と身につけている飾りが違う。そして中天使は皆、先日会ったお迎え部署の天使たちのように額飾りを着けているので、ビハールもすぐに気付いた。


 先程部屋に入っていった、金茶色のストレートヘアを、後ろで一つにまとめている美しい上官天使を思い出しながらビハールがつぶやくと、


「あぁ、あそこはよっぽどのことがない限り、完全に昼番と夜番に別れてるからな。

 さっきこられた方は、今日明日と休日だったらしいんだが、処理しきれなくて呼び出されたらしい」


 そうエドウィンが説明してくれた。


「……それだけ今日のゴタゴタが大変だったってことなのかな……って、エドウィン……計画部署のことなのによく知ってるね?」

「中天使になった時、いろんな部署の上官達とも話す機会があったんだ。

 上の方の雑用もこなす条件でここにいさせてもらってるからな。休憩時間に呼び出されて知ったんだよ」

「そ、そうなんだ……!」


 知らないところでエドウィンは随分と重要な位置に立ってたんだと、ビハールは改めて感じた。


「アチラも大変そうだったけど、今日はとにかく雲絵師達のサポートをってんで。休憩時間も飛び回ってたから、本当にくたくただよ」


 二人が書類を書きながらそんな話をしていると、階段上の計画部署の部屋から珍しく、怒号とまではいかないものの、大きな声が聞こえてきた。


「とにかくお前はしばらく謹慎だ! せめて今、通達所に集まっている雲絵師達にだけでもいいから謝罪をするんだ!

 あとは沙汰があるまで自室にて待機していろ!」


 そう言われて出てきたのは、先日ビハールに水をかけた天使だった。


「……すみませんでした……!」


 頭を下げている彼の手には、数枚の書類が握られている。


 バタンと扉は閉められ、トボトボと階段を降りてくる姿が見え、ビハールは呟いた。


「彼がどうして……」


 するとすぐ隣の、ビハール達より先に来て、同じように報告書を書いていた同僚の天使が言った。


「今日の朝からのミス、ほとんどあいつが書き込んだ指示表が原因らしいんだ。

 こないだお前に水ひっかけたバチがあたったのかもしれないな……」

「そんな…………」


 階段を降りてきた彼はビハールに一瞥をくれるが、バツの悪そうな顔をして下を向きながら通り過ぎていく。


 その時、雲絵師の天使が数人やってきて彼にわざとぶつかっていくのが見えた。


「……!……」


 ぶつかられた反動で紙は手から離れて、彼はよろけて尻もちをついてしまう。


 なんてひどいことを、と手を差し伸べに行こうとした時、ビハールの足元に彼の持っていた紙がひらりと落ちてきた。


 落ちてくる時垣間見えたモノが気になって、それを手に取り見てみると、それはおそらく、今日彼が担当したらしい指示表のリストと始末書。


「これは…………!」


 それを見たビハールは、多分……今日何があったのかを全て理解した。


「どうしたんだ?」


 覗き込んできたエドウィンにその書類を見せる。


「エドウィン……これってたぶん……」

「ん……? あぁ……。アレだな、確実に。

 コレはしょうがねぇな───っていうか……全員知ってることじゃなかったのか、コレ……」

「…………ちょっと計画部署の方に話しを聞いてみるよ」


 ビハールは、そう言って書類を持ったまま、計画部署の扉へと向かった。


 普段ならば、後からこっそりと報告をしに行くだけで、こんな行動はしなかっただろう。


 けれど、コレが本当に今日のミスの原因ならば。そしてそのせいで彼が罰せられるのは…………理不尽だと、ビハールは思ったのだ。


「……?……」


 昨日ビハールに水を掛けた天使は、一人で立ち上がり、呆然と眺めた。自分の始末書を持って駆けていくビハールを。


 コンコンコンコン!


 四度のノックの後、割とすぐに扉は開かれ、決定部署の上官天使が扉を開けた。


「なんだね?」


 先程きたばかりの上官天使が、少し気の立っている様子で扉を開き、ビハールの顔を見て言った。


「この書類に書かれている……今日起きてしまったミスについて、お話があります。お時間をいただけないでしょうか……? できれば皆んなの前で」


 そう言ってチラリと、後ろにできはじめた天使だかりを見やる。


「────」

「出来るだけ沢山の者が知っていた方が良いことなんです」


 これだけ大変な事態となったのだから、知らない者が多いということ。そして、このままにしておくのは全員にとって良くないと、ビハールは必死になって訴えた。


「今回のこと、誰にも大した咎はありません! 計画部署全体も、彼も、悪くはないと……僕は思います!」

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