第6話 エドウィンの旧友、お迎え部署の天使たち
「お、エドウィンじゃないか!」
ビハールの背後から、見知らぬ天使がエドウィンに話しかけてきた。
「お前、まだ雲絵師やってるんだって?」
連れの天使たちもいるようで、ビハールが振り向くと、それぞれ形の異なるシンプルで美しい金色の額飾りをしている天使が六人。皆片手に飲み物を持っており、これから飲み会でもするのだろうかといった雰囲気だった。
全員が同じデザインで、荘厳な彫りの入った金色のバックルのベルトを着けていて、その中央には中天使であることを示す赤いカボションが輝いている。
そしてその装束から、ビハールは彼らが天使の中でも一番人気の仕事、お迎え部署の者達だとわかった。
「むー!」
口にいっぱいのイチゴを咀嚼しながら手を上げ、彼らに向かって何かを言うエドウィン。
「お前ほどの飛翔力と魂の気持ちを読み取る力なら、俺たちと同じ、天使の梯子(エンジェルロード)を渡って下界へお迎えに行く、花形の仕事だってできるのに、なんでこないんだ?」
「そうだぞ? オレたちと一緒に声がかかった時も、その後も断ってるって聞くし……」
エドウィンが何度もスカウトをされていることに驚くビハール。エドウィンはムグムグと言いながらイチゴを飲み込み、口を軽く拭いてから彼らに向かって言った。
「前も言ったけどな、俺のやりたい仕事はソレじゃないんだよ。
それに、俺のエンジェルロードは地上じゃなくて上を向いてるからな」
そう言って、満面の笑みを浮かべながら上の方を指差す。
「お前たちこそ、戻ってこないか? 相変わらずうちは手が足りないんだぞ?」
エドウィンの言葉に、彼らは顔を見合わせ、苦笑してから口々に言った。
「そりゃー無理だよ、エドウィン」
「あそこは重労働だからなぁ……」
「オレには今の方がやりがいもあるし、給料もいいから戻れないな……」
「そっか…………じゃあ、お前達と俺の天職は違った、ってことだな。残念だけど……」
少し寂しげな顔で「あんなに練習してたのにもったいねぇけどな」と呟いたエドウィンに天使たちは告げる。
「俺たちのあそこでの役割は、きっと橋渡しだったんだよ。次の天使たちに繋ぐまでの。
お前はまだ頑張れるならそこで頑張れ。な?」
「お迎え部署ではいつでも歓迎してるけどな」
どうやら、その天使たちはエドウィンと良い関係だったらしい。
ビハールが『同期だったのかな』と考えながら黙って聞いていると、初めに声をかけてきた天使がチラリと視線を投げつつ聞いてきた。
「ところでそっちの……お前よりでかいけどクリクリ毛のカワイイボウヤは?」
「俺の弟分で、今は同僚のビハールだよ。良い空を描くんだぜ!」
『良い空を描く』と言われ、嬉しくてモジモジしているビハールを、天使たちは取り囲み、嬉しそうに言った。
「へぇ~そうか! じゃぁオレたちの弟分でもあるってことだな!」
「すごいな、お前。頑張れよー?」
失敗ばかりでしぼんでいた気持ちは、その天使たちの言葉でだいぶ回復してきて、普段は天使(ひと)見知り気味なビハールは少し勇気を出してみることにした。
「ありがとうございます……あの……聞いても良いですか……?」
おずおずとビハールが声をかけると、一番に話そかけてきた、気の良さそうな天使が笑顔で言った。
「何だい?」
「先輩たちはどうして……大変な試験を受けて入った雲絵師部署からお迎え部署に……?」
雲絵師の仕事は、夜の部と日中の部に分かれているとはいえ、どちらかの部で最低五回は担当をこなさなければならない。
立て続けに担当することもあり、場合によっては休憩の時間、助っ人に駆り出されることもある。
彼らも言っていたように、確かに重労働かもしれないが、一度雲絵師であったのなら、ビハールも受けたあの難しい試験をクリアしたということ。
指定された分量の雲を、一定のスペースへ時間以内に描く試験で、お迎え部署の者達が通過する天使の梯子を、どのように入れるか、という指定が入る事もある。
指定される分量は、全員が違うものだし、全員がそれなりに修練を積んでから臨むその試験。
描くことが好きでなければまず、その試験を受けようとも思えないだろう。
ビハールは、そこまでして就いた職なのに、どうして転職したのかと聞きたかった。
「そうだな……雲絵師の仕事は確かに好きではあるんだが、重労働ってことと休みが取りにくいってところかな……あと計画部署との──」
『軋轢に嫌気がさして』
そこにいた六天使全員の声がハモった。
「あれがなきゃぁなー。オレはまだ少し残ってたかもな」
「おれは残ってたな。今でもエンジェルロード通る時に空見ると描きたくなるからな……」
「ボクはそれがなくともこっちに来てたよ。最初からそのつもりで雲絵師になったからな」
「俺も俺も。お迎え部署はいろんな部署から業務に合いそうな者を厳選すると聞いて、エンジェルロードのことを知るならそれを作り出す雲絵師になるのが一番だろうと思ったからな」
みんなそれぞれに理由があるようだけれど、計画部署とは昔からあまり仲が良くなかったのだな……と、ビハールは理解した。
「僕は今日、大きな失敗してしまったんで……またその軋轢を大きくしてしまったかもしれません……」
そう言ってしょんぼりすると、六天使たちは一息おいた後、大きな声で笑い出した。
「はーっはっはっはっは!」
「はっはっはっは! 君はまだ知らないんだな?」
「エドウィンも教えてやれよー!」
え? 何? 何で? とキョロキョロ彼らの顔を見た後ビハールはエドウィンを見る。
「俺からは何とも言えないな。そうだとは思ってないから」
そう言うと、エドウィンはまだ残っているデザートのイチゴをフォークで刺した。
「言っても良いか?」
「あぁ……問題ない。それを聞いてどう判断するかはビハールの自由だから」
そう言ってイチゴを口の中に放り込んだ。
「……お前の弟分なんだよな? 雲絵師になる前からの……」
エドウィンがムグムグと咀嚼しながら頷くと、その天使は
「じゃぁ、言ってもあまり気持ちは軽くならないかもだけど……」
と、苦笑しながら話してくれた。
「お迎え部署が、エリート軍団と呼ばれているのは知ってるよな?」
「はい、多くの天使がその職に就きたくて日々鍛錬している者がいると、聞いたことがあります」
もちろん志願して受かる者もいるが、多くの場合は、様々な部署からの引き抜きで構成されているらしいということも、ビハールは知っている。
「ははは、君もやっぱりエドウィンと一緒か」
「空だけに夢中になってきた奴は考えることも言うことも似るのかな」
「まぁ実際は、このお迎え部署の連中が特別エリートっていうわけでもないんだがな」
「そう……なんですか……?」
そう気さくに話す天使たちだけれど、中天使であるというだけでももう、特別な感じがしているビハールは、戸惑うように言った。
「まぁそこは置いといて、だ。一般的にはエリート、花形、みんなが憧れるというこの部署だが、ここ何百年か、天候決定部署からきた者は一天使(ひとり)もいないらしいんだ」
「……一天使も……?」
「大昔にはいたと聞いたことがあるけどな」
「そう。そして現在は、雲絵師からお迎え部署へとスカウトがいく率がほかの部署よりとても高い」
「だから、奴らはオレたちの事が羨ましくて目の敵にしてくる」
「大抵の雲絵師はそう思ってやり過ごすのさ」
「…………」
もしかしたら……部署の仕事に誇りを持っていて、スカウトされても行くつもりのない者たちばかりが集まっているのかもしれないのに……と、ビハールは少し思った。
けれど、彼らの意見を否定したいわけではないので、口に出すことはしなかった。
何故なら、先程彼らが言った内容からすると、エドウィンもおそらく似たようなことを彼らに言ったのだと思ったから……。
「まぁコレは、彼らからの嫌がらせのような事柄を、争いに発展させないようにするための考え方だから。
君は君の答えを見つけると良い」
「そう。コレはただの一例だ。エドウィンはエドウィンで違う考えがあるらしいし、な」
違う意見を持っていても、お互いを認め合っているエドウィンとの関係を、どこか眩しく思いながらビハールは彼らを見た。
「……俺の考えはなぁ……。
ビハールがもっと雲絵師として独り立ちできたら話すよ」
それっていつ……いやまず、自分は独り立ちできるのだろうか……?
と、思わなくもなかったけれど、ビハールは「じゃぁボク、もっと頑張るよ」と言ってグラスの残りを飲み干した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます