第5話 特別な飲み物とエドウィンの告白

 ショッピングセンターで買い物を終えた二人は、夕食を済ませてから帰ろうと、フードコートへ向かった。


「そういえば、エドウィンは……いつのまに中天使になってたの? 中天使なのに身分を現すブローチの玉の色が変わってないのは……雲絵師を続けてるのはどうして?」


 それぞれに好きなものを注文して食べ終わり、デザートに手をつけ始めた時、ビハールはエドウィンに聞いた。


 中天使の玉の色は赤。あの時、エドウィンが使ったような、普通の天使にはない“力”のある者で、あまり数はいないし上天使予備軍として通常は重要な役職に就いている。


 けれど、エドウィンは変わらず雲絵師の部署にいて、通常の天使たちと同じ仕事をこなしている。その事に、ビハールは疑問を持ったのだ。


「それはな…………俺自身が納得してないからだよ」

「……?……」


 何故? と首を傾げるビハールにエドウィンはニヤリと笑いながら、ゆったりとした服の懐をまさぐる。


「まぁ、コレでも飲んで聞いてくれ」


 そう言ってエドウィンが出した小瓶には『天使の取り分』とラベルが貼ってあった。


「それ……!」


 ビハールは思わず大きな声を出してしまい、口をつぐんだ。


「お互い、今日を乗り切れたご褒美に!」


 『天使の取り分』とは、地上で作られる様々なお酒の、その製造途中になくなってしまう水分のこと。文字通りその職の天使たちが地上を回り、集めてくる物なのだが、この天界においてはとても貴重な物品の一種である。


「めちゃくちゃ貴重で高価な物じゃない……! だめだよ、こんなところで……それも僕なんかに――」


 ビハールが小声で言うと、エドウィンは二つの小さなグラスにそれを注いだ。


「そんなこと言うなよ。歳が近い、俺とお前の仲じゃないか……付き合ってくれよ」


 天使とは、天界よりさらに上にある神界を司る『大いなる存在』によって無数の魂の中から選別され、それを元に造られる。

 幼子の姿で天界に下された天使たちは、天使を含む全ての魂はサイクルするということや、様々な理(ことわり)を数年で学ぶ。

 そして十年ほどで、天使としての仕事に従事することとなる。


 しかしその過程で、地上から来た魂達と共に神界へと昇り、光の玉となって命のサイクルへと還る者が少なくない。二人と同時期に天使となった者は、今ではほとんど残っていないだろう。

 そういうこともあって、ビハールには、エドウィンと共に過ごす時間を大切にしたい、という気持ちがある。

 エドウィンも同じ気持ちなら嬉しい。そう思いながらビハールが「ありがとう」と言って小さなグラスを受け取ると、エドウィンは満足そうに微笑み、自分のグラスに口をつけた。


「……ビハール、お前は俺のこと“すごい”と思ってるかもしれないがな、俺は……これまでみんなに迷惑かけた分を返してるだけなんだ。

 自分の得意な方法で、な」

 

 ビハールは、静かにエドウィンを見つめ、耳を傾ける。


「俺もな、はじめの頃は間に合わないことの方が多かったんだ。それでよく、次の担当者に迷惑かけてたんだ」


 懐かしそうに苦笑いしながらエドウィンは言った。


「だいぶ慣れてきたある日、同期の凄く綺麗な空を描く奴がオーバーワークで居眠りしちまったらしく、もう交代の時間も近いのに予定の半分も描けてないって連絡が入って……丁度休憩中だった俺はヘルプに入ったんだ。

 そして、自分の持つ大きな問題に気づいた──」

「問題?」

「あぁ」


 今日、手伝いに来てくれたエドウィンは、迷うことなく筆を進めていて、その姿を見たビハールは、自分もいつかそうなりたい、とただ感動していた。だから、エドウィンが抱えていたという大きな問題が何なのか、想像もつかなかった。


「今日ちょっと話したろ? 俺がどういう作業を得意としてるかって」


 エドウィンはイチゴを見つめ、つつきながらながら言う。


「手伝いに行った時、俺は……一人で描くのが苦手なのかも知れないって気づいたんだ」

「……一人で?」

「そ。晴天の後の空に雲を描き込むのは特に苦手だった」


 エドウィンの話とは、こうだった。

 誰かが描いているところへ、一緒に描き込んでいくことは得意だけれど、一人で、消えゆく雲の上に新たな雲を重ねていくのが苦手なのだ、と。


 そしてそのことに気づいてからは、とにかく必死に、担当の時間前に到着するよう心がけたり、休憩時間を使って大変そうな仲間のところへ手伝いにいったのだとエドウィンは話した。


「もちろん上の連中と本人に、行っていいか聞いてからな。中にはみられたくない天使(やつ)や、一人でやり切るのを目標にしてる奴もいるから」

「……そうなんだ……でも、どうして手伝いに行こうと思ったの? 一人で描くのが苦手だってわかったなら、その練習をした方がよかったんじゃ……?」

「そうだな……そうかもしれないな……」


 ビハールの言葉に、エドウィンは少し迷うような瞳をして口ごもる。


「俺はあの時不安だったんだ──。自信も失くしてたし…………」


 そう言って黙りこくるエドウィンを、ビハールは、静かに見つめた。思い出したくはないだろうその時のことを、必死に伝えようとしてくれている彼の姿を――。


 長いようで短い間をおき、エドウィンはつぶやいた。


「一人でやってたら、何かに負けそうだったのかもしれないな……」


 すると、エドウィンの瞳にあった迷いの光が消え、強い意志を持ってビハールを見る。


「うん……描きたいっていう気持ちを無くしたくなかったんだ。お前と一緒に仕事もしたかったし」


 それは迷いのない言葉だった。


「だから、自分の得意をもっと伸ばそうと思ったんだ」


 そう話すエドウィンの顔は、『天使の取り分』も手伝ってか、ほんのり赤く幸せそうな笑顔だった。


「おかげで、手伝ってるうちに楽しく一人で描いていく術のようなモノも見つけたんだ。その術が身につくまで一年くらいはかかったんだけどな!

 これは……手伝わせてくれた皆がいたからできた事で、俺一人の力じゃないんだよ」


 努力してきたのは自身なのだから、胸を張っても良いと思うのに、エドウィンはそうしない。

 みんなのおかげだから、と。


 イチゴをを二個口に放り込んでモグモグする姿を、改めて尊敬の眼差しで眺めながら呟く。


「……そっか……」


 そして、そういう風に考えるエドウィンだから、追いかけ続けたいのだと、改めて心の底から思った。


 その時──


「お、エドウィンじゃないか!」




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