第3話 ビハールの知らないエドウィンと、天候計画部署の天使との一悶着
「始末書には、なぜ失敗したのかと、その失敗に対するお主の考える対策をしっかり書くように」
神様の執務室にて、ビハールは一通りのお叱りを受け、始末書の紙を受け取った。
「……はい……本当に申し訳ありませんでした……」
「十日で三回の失敗は確かに少なくはない……。
じゃが、雲絵師の手が足りない今、全員がコンスタントに休みを得るためにも、お主にも一人前になってもらいたいと思っておる」
そう思っているのはもしかしたら神様だけかもしれないと、ビハールは思った。
彼のやってしまった失敗は、天候計画部署にも雲絵師たちにも迷惑をかけていて、両部署の者が集う食堂では、エドウィン以外の者が自分を蔑むような目で見ている気がしていたから……。
そう感じているビハールの胸の内を見透かすように、神様は続けた。
「なり手の少ないこの仕事。長く続けられる者も、時間内にあの広さの空に雲を描ける者も多くはないのじゃ」
この職業は、天使の仕事としては珍しい『何かを生み出す』というもの。その性質上、なり手が少ない。加えて、指示内容によって大変さが増減する。大雨や嵐などの描き込む量の多い空の担当が続くこともしばしばあり、そのため、規定の時間内に描けただけで、すぐに試用期間に入るのだと、三日間の研修時にも言われていた。
「天使の主要な仕事は魂を導くことで、それを速やかに行うためにその魂の事を感じ取らなければならない、全体的な性質もそちらに特化していてそのような者の方が多い。
この『何かを生み出す』というタイプの雲絵師の仕事は、感じ取る能力が高いだけの天使には、不向きな仕事じゃ……
他の者がどう見ようと、何と言おうと気にするな。己には他の一般天使にはない才があるのだと、誇りに思うがよい」
そうは言われるものの、ビハールにはその一般天使が持つ能力の方が低いらしく『感じ取る』という感覚がそもそもわからない。
あちらからしたらただの『落ちこぼれ』なんだよな……と、やはり気持ちは下を向いてしまう。
「善処してみます……」
「時にビハールよ……エドウィンの作業をよく見てきたか?」
「はい……!」
「知っておるか? あのエドウィンにしても、初めの頃はよく失敗しておった。時間に間に合わないことも多々あったのじゃぞ」
「……そうなんですか……?」
勤め始めた頃からもよく会っていたのだが、そんな話は一度として聞いたことがない、とビハールは聞き返した。
「そうじゃ。じゃが彼は、今では他の者の失敗をカバーできる程までにまでなった。
お主と彼はよく似ておる。
許可は出しておくから、時間と体力の許す限り、見学に行くと良い。彼の作業は、その考え方は、お主の参考になるじゃろう」
「はい…………」
エドウィンの考え方とはどういうものなんだろう、とビハールは思いを巡らせた。自分もエドウィンのように成長できるだろうか……。そう不安と期待の入り混じる心境で、ビハールは神様の部屋を後にした。
今日、もう二回担当の時間があるビハールは、ひとまず食堂で少し早い昼食をとりつつ、始末書を書くことにした。
天候計画部署の二倍の人数がいる雲絵師達は、それぞれが休憩の時間を利用して、バラバラに食事をとりにくる。一方、天候計画の部署の天使たちは、昼の前後に分かれ交代でやってくる。
ビハールが食堂に着いた時には、前半の者達がちょうど食事をはじめたところのようだった。
この中にも、これまでに迷惑をかけてしまった者がきっといる。ビハールは申し訳なさから、大きな身を小さくしながら奥の方に空いた席を見つけ、注文した食事を持って、その席へと向かった。
食事をとり終えたビハールは、食器を片付けてから始末書を書こうと立ちあがった。その時、ゾロゾロとやってくる後休憩の計画部署の天使達を見て、思わず体をビクリと震わせる。
ざわざわと、喋りながらやってくる計画部署の天使たち。ビハールの姿を確認すると、そのうちの一人がこれ見よがしに大きな声で言った。
「お! あそこに今日もまた多大な迷惑かけてきたやつがいるぞー」
「お前のせいでなぁ、俺たちは余分な仕事させられてるんだ。詫びの一つでもあっていいんじゃないか?」
そう声を上げながら、数人の天使がビハールのところまでやってきた。
たしかに、雲の量が規定より増えたため、その後の天気に影響を及ぼし、近隣の空まで予定を変更せざるをえなくなった事は事実。
そして、あえていうならば計画部署だけでなく近隣の雲絵師達にも予定の変更で迷惑をかけてしまっている。
ビハールは立ち上がり、すぐさま頭を下げて言った。
「すみませんでした……」
「けっ……謝ればいいってもんじゃねーぞ?」
同じ天使なのに、何故こうも性格が違うのか。気象の荒い者が天使にも時々いる。ビハールは、そういった者が天候計画部署に多い気がしていた。もちろん、そうでない者達もいるのだが、そう言った者は遠巻きにこちらを見ているだけで、何も言ってはこない。
「次の担当の時間は絶対に迷惑かけないので……!」
頭を下げたまま言うビハールの頭を見下ろしていた天使の一人が、おもむろに近くにあった水差しを手に取り……
「おい、お前。頭に白いゴミがついてるぞ?」
そう言って、ビハールの頭に勢いよくかけた。
「……‼︎……」
バシャバシャと滴り落ちる水に、これまで静観していた周りの者達が騒めきだす。
「ゲホッッゲホッ……!」
ビハールは顔の方に垂れてきた水を吸い込んでむせてしまい、顔を上げて目や鼻に落ちてくる水を避けようと手で拭った。
「ほら、まだついてるぞ? 取ってやるから頭下げろよ!」
そう言いながら無理やり頭を下げさせようと、一人の天使がビハールの後ろに回る。
ところがビハールはそれに気づいていたのか、反射的にそちらの方を向き、伸びてきていたその手を掴み、再び謝罪した。
「――!――」
「……本当にすみませんでした……!」
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