第2話 エドウィンと二人で完成させた空

 三度もこのように迷惑をかけていては、もうクビかもしれない……。ビハールがそんな暗い気持ちで部屋の隅から作業を進めていると、部屋の中央に再び扉が現れた。


「よっ! 大丈夫か? ビハール」


 明るい声と共にやってきたのは、ビハールと同じ服装の小柄な天使。

 彼は、濃いめの金髪をしていて、両耳の上から伸びる細い三つ編みを、肩まであるポニーテールと一緒にまとめていた。


 ただ一つ違うのは、左胸に着けられた職と身分を現すブローチに付いているカボションの色。ビハールのは初心者、見習いを表す明るい緑色でエドウィンのは中堅を意味する深い青色だった。


「エドウィン…………!」


 目に涙を潤ませビハールが駆け寄ると、エドウィンは少々意地悪そうな笑顔をして言った。


「しょーがねーから助けに来てやったぞー!」


 ビハールより一つ年上のエドウィンは、幼い頃からの知り合いで、仲の良い兄貴分。そして、二人で目指したこの職に、エドウィンは二年も前から就いている。


 追いかけるようにしてきたビハールは、背だけはぐんぐんと伸びたものの、絵の力量もスピードも、エドウィンにはとても追いつけず、彼を心の底から尊敬している。


「あー泣くな泣くな! 誰にだって失敗はあるもんだ! お前の場合、ちょっとおっちょこちょいなだけだろう?」


 目一杯手を伸ばしてビハールのクリクリした薄い金の短い巻き毛を撫でるエドウィン。


「でも……もうコレで三回目だから…………」


「試用期間が一ヶ月なのはわかってるだろう? それは、よっぽどのことがない限り変更はない。終わるまでに挽回すりゃあ良いじゃないか!」


 現に、昨日までは上手にこなしていたじゃないか、と言いながらエドウィンはビハールのぶちまけた白ペンキのところに、持ってきた筆の先を付けた。


「それにしても、今日のお前の空はすごく良い出来じゃないか?」


 乾き切っていないペンキは、エドウィンの操る筆でその形をどんどんと変化させていく。


「昨日までは……指示通り時間通りって事だけを意識してたから……」


 溢れただけのペンキが、どんどんとビハールの描いた雲と重なり合わさり、自然な形へと変化していく。


「そうか! じゃぁ今日の空は、お前の本気の空か!」


「……うん……」


 自然に消えるまで描き直しのできないこの作業は、時に大胆なアイディアと筆さばきが必要となる。


 自分より小さな体で身の丈以上の筆を操るエドウィンは、まさにビハールの憧れる姿だった。そして、残されたわずかな時間で、ぶちまけられたペンキから見事な雲を描きその時間の空を完成させた。


「ふぃーっ……! これでどうだ?」


 作業を終え、額から流れる汗を自らの腕で拭きながら、エドウィンはビハールに向かって言った。


「すごい! すごいよエドウィン……!」


 乾ききった筆を背負い、ビハールは目を輝かせながら拍手する。


 眼下に広がるその空は、ビハールが理想としていた以上の出来で、いつまでも見下ろしていたいと感じるものだった。


「俺はな……本当はこういうのが得意なんだ……。

誰かの描いた空を……壊さないようにその続きを描くっていうの……?」


 キラキラとした眼差しを向けるビハールに、少し言葉に困ったような顔をしたエドウィンは、出来上がった『空』全体を見渡しながら言った。


 どういうことなの? と、キョトンとした顔をしているビハールの目に、真っ直ぐと空を見下ろすエドウィンの横顔、その瞳の深い藍色が揺らいだように写る。


「コレはビハールが描いた、良い雲があったから完成した空だ。『俺たち二人で』完成させた空だ――」


 尊敬する先輩であり、友でもあるエドウィンに褒められ、さらに「二人で完成させた」とまで言ってもらえて。嬉しくてくすぐったい気持ちになったビハールは、同じようにその空を見渡した。



 尊敬する先輩であり、友でもあるエドウィンに褒められ、さらに「二人で完成させた」とまで言ってもらえて。ビハールは嬉しくてくすぐったい気持ちになり、同じようにその空を見渡した。


「――――」


 すると、どんよりと曇っていた心がその見下ろしている空と同様に、風で流され美しい晴れ間がのぞき、口から意識なく言葉がもれ出た。


「綺麗だ…………」

「……あぁ!」


 二人の眼下に写るその空は、吸い込まれそうなほどに美しく、眺めているその間にも、刻々と変化していく。


「さて、俺は次の時間も担当があるから。新しいペンキを取りに行くよ。

 ビハールは報告作業、してこいよ?」


「……うん……」


 報告作業。

 神様のところに行って、作業終わりの報告と、始末書も書かなければならない。そう考えると、ビハールの心は再び落ち込み、曇り模様が広がっていった。


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