第65話 VSアヴァルス 後
音が遅れて聞こえてくるような世界の中、激しい剣戟が行われる。
俺たちは思考を置き去りにし、ただ本能のままに剣を切り結んでいた。
「――――――」
『――――――』
何度、刃を打ち合わせただろうか。
一瞬が永遠にも思えるような時間の中、鉄槌剣とアヴァルスの長剣が、敵を打ち砕かんとばかりに加速を続ける。
正直なところ、武器の押し合いで有利なのはアヴァルスの方だった。
【蒼脈律動】は魔力に作用し、その能力を強化する
そのため、アヴァルスは素の身体能力だけでなく、自身の魔力で生み出した長剣にまで同じように【蒼脈律動・轟】の強化分を反映させられるのだ。
先ほどまでと比べ、身体能力、武器の性能が共に50%上昇したと考えれば、そのとんでもなさが理解できるだろう。
その点、俺も二つのアイテムによって速度と筋力の50%上昇に加え、【破壊者の腕輪】によってさらに攻撃時の破壊力が30%上昇している。
だが、【蒼脈律動・轟】との差を埋められるほどの数値ではなかった。
よって、どう足掻いても俺の劣勢になるはずなのだが――現実は違った。
「――――――」
『――――ッッ⁉』
徐々に、徐々に、俺の鉄槌剣がアヴァルスの守りを突破し、その鎧に再生することのできない傷を与えていく。
決して、ステータスで俺が優っているのではない。
それとは別の要因によって、俺はアヴァルスを圧倒し始めていた。
アヴァルスは確かに強い。
身体能力だけなら、俺より遥かに上だろう。
だけど不思議と恐れはなかった。
それはきっと、俺がコイツ以上の剣士を知っているから。
(そうだ。どれだけコイツが強くても――
先日の立ち合いで、俺は彼女の本気を見た。
あの時は彼女の
アヴァルスとの戦闘で自身の限界を超え、意識が洗練された今になって、初めてあの戦いを咀嚼できるようになっていた。
アヴァルスと剣を打ち合うごとに、これまでの経験が血肉となり吸収されていく。
ステータスやスキルといった、数値上の力ではない。
レストとしてこの目で見てきた全てが今、この体に宿り始めていた。
やがて、最終ラウンドが始まってから2分30秒が経過。
俺はアイテムの制限時間が、アヴァルスは魔力切れが間近に迫る。
そんなつまらない決着など、俺もアヴァルスも望んでいなかった。
故に俺は、目の前の
「さあ、そろそろ決着をつけよう」
『――――ァァァ!!!』
意志を合わせたように、俺たちのボルテージがさらに一段階上昇する。
お互いに退くという選択肢はない。
力を絞り出し、目の前の敵を打ち倒すことだけに全神経を注いでいた。
とはいえ、優勢なのは俺の方。
俺の鉄槌剣が敵の攻撃を全て凌ぎ、一方的に攻撃を浴びせていく。
決着まで間もなくかと思われた、次の瞬間。
アヴァルスが選択したのは、俺にとって予想外の行動だった。
『ッ、ォォォオオオオオオオオ!』
「――――――!?」
斬り合いの最中、アヴァルスが長剣を振り上げたのを見て、俺は驚きに目を見開いた。
あまりにも大振りで隙が大きい。
先ほどと同様、ダメージ覚悟でカウンターを狙ってきたのだろうか。
アヴァルスの意図は分からないが――甘い!
「同じ手段が、二度も通用すると思うなよ!」
事前に警戒さえしていれば、躱すのは不可能じゃない。
俺は回避の準備を整えながらも、この隙を逃すまいと、右手で薙ぐようにして鉄槌剣を振るった。
破壊の暴剣は、そのままアヴァルスの横腹に吸い込まれていき――
『――――――ッ!』
――刹那、アヴァルスの目が青白く輝き、この瞬間を待っていたとでも言わんばかりに刃の矛先を変える。
結果、ヤツの長剣は俺ではなく、
「なっ!?」
自分への攻撃を警戒していたせいで、俺の反応が一瞬だけ遅れる。
このレベルの戦闘では、その一瞬が命取り。
アヴァルスによる死力を尽くした渾身の一振りは、そのまま鉄槌剣に勢いよく叩きつけられた。
響く轟音。
骨の髄まで届く衝撃。
五感が拾い上げる全ての情報が、このままだとヤツの轟剣に押し切られることを示していた。
全力で鉄槌剣の柄を握りしめて必死に抵抗する中、俺はようやくアヴァルスの意図を理解する。
(そうか。アヴァルスの狙いは初めから、俺ではなく鉄槌剣。純粋な斬り合いで勝ち目がないと判断したコイツは、唯一の勝算――武器性能の差に活路を見出したんだ)
その選択は正しい。
この状況からアヴァルスが勝つには、俺から武器を奪うしかないだろう。
だが、
「――甘い!」
『ッ!?』
ここで俺はあえて、
抵抗を失いアヴァルスの長剣はそのまま勢いよく地面に振り下ろされ、その拍子に体勢を崩す。
それを見た俺は、ここが正念場だと理解した。
通常なら、戦闘中に剣を手放すなど愚策中の愚策。
一瞬だけ敵の体勢を崩すだけでは、とても採算の取れない選択だ。
しかし俺にはまだ、鉄槌剣以外の武器が存在していた。
左手に
「隙だらけだぞ、アヴァルス!」
そしてガラ空きの背中めがけ、渾身の刃を振り下ろし――
『ァァァアアアアア!!!』
「――ッ!?」
刹那、アヴァルスは恐ろしい反応速度で切り返しを放ってきた。
それはまるで、ここまでが全て想定通りだったかというように。
振るわれた長剣は空に黒の剣閃を残し、俺が左手に持つ二振り目の剣に命中した。
パリンッ、という甲高い音を立て、刃が粉々に砕け散る。
俺の秘策であった二振り目の剣は破壊され、今度こそ攻撃の手段を失った。
そう確信したであろうアヴァルスは、鎧の奥の目じりを僅かに上げ――
『――――ッッッ!?!?!?』
何かに驚愕したように、ビクッと体を震わせた。
恐らく、その目に映ったのだろう。
俺の左手の中にある、粉々に砕け散った二振り目の剣を――ではなく、
(まさかこの保険が、本当に必要になるとはな)
アヴァルスが動揺に動きを止める中、俺は心の中で称賛の言葉を告げる。
ヤツが俺の鉄槌剣を狙ってきたのは、確かに想定外だった。
そんな中、すぐに鉄槌剣を手放すという方法を選べたのは、俺にはまだ木剣があったから。
性能としては鉄槌剣に大きく劣るが、トドメの一撃を叩きこむだけなら十分だ。
しかし木剣を腰から抜こうとした瞬間、ふと強烈な悪寒が走った。
俺が腰に二振り目の剣を用意していることは、アヴァルスも気付いているはず。
ならば、それへの対策も立てているんじゃないか――そう疑問に思ったのだ。
だからこそ、俺は咄嗟に
急ごしらえだったため、今の一撃で粉々に破壊されてしまう程度の強度だが、この状況においてはそれで十分だった。
なにせ、
「今度こそ、お前の隙を作ることができた」
そう告げ、俺は木剣を両手で力強く握り締めた。
正真正銘、隙を見せたアヴァルスに渾身の一撃を叩きこむために。
アイテムの効果が切れるまで、残りはたった10秒。
――決めるなら、ここしかない!
「これで終わりだ、アヴァルス!」
『――――!』
さすがにアヴァルスとはいえ、三振り目の武器は警戒していなかったようだ。
ここからさらなる切り返しとはいかず、咄嗟に長剣を俺と自身の間に翳すしかできなかった。
それに対し俺は残り全ての魔力を注ぎ、最大出力の【
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」
『ルァァァァァアアアアアアアアアア!!!』
木剣と長剣。
両者の剣が、最初にして最後の邂逅を果たす。
響く轟音、吹き荒れる旋風。
直後、ピシリという音と共に、アヴァルスの持つ長剣にヒビが入った。
度重なる使用で、とうとう耐久値が限界を迎えたのだろう。
そして、とうとうその瞬間が訪れる。
鈍い音とともにアヴァルスの長剣が根元から折れるも、俺の木剣は勢いを落とすどころか、さらに加速してヤツの胸元に命中。
その一振りによって、アヴァルスの体は猛烈な勢いで地面に叩きつけられた。
大地が凹み、周囲に砂塵が吹き荒れる。
剣だけではなく鎧までもが粉々に砕けたかと思えば、アヴァルスの全身に刻まれた蒼色の紋様がゆっくりと薄れていく。
魔力が尽きたことで、【蒼脈律動】が解除されたのだろう。
――雌雄は決した。
俺は木剣をアヴァルスの喉元に突き付け、そして言った。
「俺の勝ちだ――――アヴァルス」
かくして、俺とアヴァルスによる長きにわたる死闘は、俺の勝利で幕を閉じるのだった。
――――――――――――――――――――――
激闘決着。
全力で執筆させていただきました。少しでも楽しんでいただけたなら作者冥利に尽きます。
次回、テイム回。ぜひお楽しみに!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます