第64話 VSアヴァルス 中

 その後も俺は、アヴァルス相手に優勢を保っていた。


 回避、捌き、受け止め。

 基本的には防衛に徹しつつも、隙が生まれたタイミングで反撃を仕掛けていく。

 なかなか渾身の一振りを浴びせるとまではいかなかったが、鉄槌剣てっついけんによる破壊の斬撃は、アヴァルスに確かなダメージを与え続けてていた。


(いける! このまま進めていけば――!)


 俺の中に、油断と呼ぶにはあまりに小さすぎる自負が生まれた直後だった。


『ァァァアアアアア』


「――――ッ!」


 咆哮と共に、アヴァルスが真正面から突撃してくる。

 長剣をこれでもかと大きく振り上げており、俺に斬りかかることしか考えていないかのようだ。


 ただ――


(――隙だらけだぞ!)


 この極まった戦いにおいて、それはあまりにも無謀すぎた。

 俺はあえて前に踏み込むと、渾身の【纏装・颶風剣(小出力)】を仕掛ける。


 想定通り、こちらの攻撃の方が一歩早い。

 破壊の暴剣は、そのままアヴァルスの懐へと吸い込まれていき――


『………………』


「ッ!?」


 刹那、鎧から見えるアヴァルスの目が、小さく笑ったように見えた。


(――まさか!)


 遅れて、俺は自分の判断ミスに気付く。

 しかしそれを是正するよりも早く、鉄槌剣による一撃をアヴァルスに叩きこんでしまった。


 激しい破壊音と、体の芯にまで響くほどの衝撃。

 アヴァルスの鎧が、これまでと比較にならないほど大きく凹む。

 しかし逆に言ってしまえば、得られた結果はだった。


『ッッッ!』


 打撃武器に等しい鉄槌剣では、鎧に包まれたアヴァルスを一撃で倒し切るには至らない。

 アヴァルスは苦痛に悶えながらも、動作を止めることなく剣を掲げていた。


 ――そう。

 攻撃に全神経を注いだ俺に対し、渾身のカウンターを浴びせるために。


(まずい! ここからじゃ、回避は間に合わない!)


 ギリギリの中、俺が咄嗟に選んだのは、鉄槌剣を手元に戻し翳すのみ。

 全力の一振りに対し真正面から受け止めるという、愚策に等しい選択だった。


『――――ッ!』


 ゴウッ、と。

 大気を割る轟音とともに、全身全霊の一撃が叩きつけられる。

 この体勢ではとても衝撃を逃がしきれず、下の俺にまで衝撃は浸透した。

 全身に痛みが駆け抜けると共に、圧倒的膂力により俺の両足が地面に沈み込む。


「くうっ!」


 これらの代償をもって、俺は何とか致命的な一撃を防ぎきることができた。

 しかし、これで終わらせてくれるほどアヴァルスは甘くない。

 この一撃すら、ヤツによっては攻撃手段の一つでしかなく――


『ガァァァツ!』


 長剣に気を取られ身動き一つ取れずにいる俺に、アヴァルスの蹴りが放たれる。

 鋭いつま先が俺の懐に刺さると、そのまま俺の胴体を遥か後方に弾き飛ばした。


「が、はっ!」


 肺から空気が漏れ、衝撃によって視界が点滅する。 

 だが、意識を失うことは許されない。

 わずかに映る視界の奥では、アヴァルスが猛烈の勢いで俺に向かって駆けていたからだ。


「まだ、だっ!」


 俺は空中で態勢を整えると、その場に着地してアヴァルスを迎え撃とうとする。

 だが、あまりにも状況が悪すぎた。


『ガァァァ!』


「――――っ、くそっ!」


 アヴァルスの猛攻に呑み込まれた俺は、そのまま後退させられ続ける。

 そして最後、剣をフェイントに使った殴打によって、勢いよく地面に叩きつけられてしまった。

 アヴァルスはそんな俺に対し馬乗りマウント状態となると、今度こそトドメを刺すべく長剣を構える。


 それを見た俺は小さく舌打ちした。


(くそっ、やられた……剣と鎧の差が、まさかこんな風に影響してくるなんて。そして何より予想外だったのが、コイツにその違いを利用するだけの知能があったこと)


 これが同じ人間同士の戦いなら、あえて攻撃を受ける選択などしなかったはず。

 鎧に覆われ、かつ自動再生が可能なアヴァルスだからこそ許された秘策だったのだろう。

 俺はそれに、まんまとやられてしまったわけだが――諦めるにはまだ早すぎる。


(お前の再生能力のように、俺にしかない武器も存在する!)


 俺は鉄槌剣を手放した後、両手を上にいるアヴァルスの懐に添える。

 そしてそのまま、全力で叫んだ。


「エアロバースト!」


『――――ッ!?』


 風魔法の上級魔法――エアロバースト。

 極限まで圧縮された破壊の風弾がアヴァルスの懐に放たれ、そのまま奴の重たい体を空高く弾き飛ばした。


「まだだ……浮遊!」


 これだけで終わらせるつもりはない。

 俺は鉄槌剣を拾い上げると、そのまま痛みを無視して浮上する。

 結果、俺とアヴァルスは空中で向かい合うことになった。

 異なるのは、俺が空中を自在に移動できるのに対し、ヤツは身動き一つ取れないという事実。


「悪いが――この戦場そらは、俺の土俵だ!」


『――――!』


 俺は浮遊で巧みに空を駆けながら、自由落下を続けるアヴァルスに対し、縦横無尽に攻撃を剣撃を浴びせていく。

 アヴァルスは迎え撃とうとするも、飛行手段を持たない中、空中戦を行えるほどの能力はなかった。


 やがて、アヴァルスの落下速度が限界に達する。

 それを見た俺は、鉄槌剣を高く掲げた。

 そして、


「うぉぉぉおおおおおおおお!」


 抵抗するアヴァルスの長剣を躱した後、俺は全力の一撃をヤツに浴びせる。

 落下の勢いが増し、亜音速に達したアヴァルスの体が背中から地面に叩きつけられた。


 響く衝撃音、吹き荒れる砂塵。

 それを眺めながら、俺はゆっくりと地上に着地する。


(どうだ……?)


 警戒しながら、砂塵が晴れるのを待つ。

 すると数秒後、そこには長剣を下ろしたまま立ち尽くすアヴァルスの姿があった。

 全身の鎧はボロボロな状態のまま。どうやら自動再生が切れたようだ。


「……やっとだな」


 その様子を見た俺は笑い――そして、小さく零した。



「ようやく、



 ――そう。この笑みは決して、勝敗がついたことへの安堵ではなく。

 むしろその逆。これから本番が始まるという事実に対し、無理やり意気込むためのものだった。


 アヴァルスの自動再生は戦闘開始時から始まり、HPが50%を切ったタイミングで停止する。

 それはなぜか。

 自動再生に使っていた魔力を、別の技能アーツに注ぎ込むためだ。


 つまり――



『ァァァァァアアアアアアアアアア!!!』



 咆哮と共に、ヤツの全身に刻まれた蒼色の紋様がより濃くなる。

 それだけでなく、十メートル以上の距離があるにもかかわらず、俺の元まで脈動の音が聞こえてくるほど魔力の流れが加速していた。


 アレこそが、ヤツの持つ真の隠し玉――技能アーツ蒼脈律動そうみゃくりつどうごう】。

 魔力消費量が通常の【蒼脈律動そうみゃくりつどう】に対して2倍になり、かつ魔力切れになるまで解除できなくなる代わり、倍率を150%にまで引き上げる進化技能ハイ・アーツだ。

 まさに、命尽きるまで戦い続けるアヴァルスに相応しい技能アーツと言えるだろう。


 そこで俺はちらりと、【永劫の千魂墓所】の外に視線を向ける。

 正直アヴァルスを倒すだけなら、一度このエリアから撤退し、ヤツの魔力が尽きたタイミングで仕掛けるのが一番だろう。

 だけど、


「それじゃ、何も意味がない」


 俺はこの場所に、ただアヴァルスを倒しに来たわけじゃない。

 ヤツを真正面から上回り、俺を認めてもらうために来たんだ。


「そのためには、この状態のアヴァルスに勝つしかない」


 ――そして、それを叶えるための策なら、既に用意してあった。


 俺は懐から二つの小さなアイテムを取り出す。

 紫色の液体が入っている瓶【禍毒蛇の雫】と、灰色の宝石【石眼の宝珠】。

 それぞれAランクダンジョンを何周もして入手したアイテムだ。

 全ては今日、この瞬間のために。


 俺はさっそく、これらを使用することにした。

 まずは瓶から紫色の液体を飲み、続けて灰色の宝石に魔力を注ぐ。 

 すると宝石に大きな瞳が開き、魔力の込めた視線を俺に送ってきた。


 直後、俺の体が軽く、強靭になったような感覚に陥る。


「よし、とりあえずメリット部分はこれでいいとして……」


 【禍毒蛇かどくへびしずく】の効果は、三分間、使用者の速度を50%上昇させる代わり、猛毒状態になるというもの。

 【石眼せきがん宝珠ほうじゅ】の効果は、三分間、使用者の筋力を50%上昇させる代わり、石化状態になるというもの。


 どちらも非常に強力な効果である変わりにデメリットも大きく、使い手を選ぶアイテムだった。

 特に後者の石化は身動き一つ取れなくなるため、一時的に防御力を上げて敵の攻撃を耐えるのが主な使い道だったわけだが――


 俺の場合、事情が少し違ってくる。

 俺は目の前に浮かんだメッセージウィンドウを見た。



『【竜の加護】が発動しています』

『特性効果により、猛毒状態にはかかっておりません』

『特性効果により、石化状態にはかかっておりません』



 俺は今度こそ、喜びを孕んだ笑みを浮かべる。


「……無事に成功だな」


 予想通り、【竜の加護】によってデメリット効果は解除。

 結果的に、ステータス上昇の恩恵だけを得られたことになる。


 これで改めて、アヴァルスとの条件は互角に戻った。

 俺は鉄槌剣を構え、アヴァルスと向かい合う。


「それじゃ、最終ラウンドというこうか」


『…………』


 返事はない。

 ただ不思議と、意思は通じ合っているように感じていた。


 両者ともなく、俺たちは無言で地面を蹴り、相手めがけて駆け出す。

 決着まで残されたわずかな時間を惜しむように、俺たちの剣速は上がり続けるのだった――

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