第62話 幽紺の騎士
【
それは原作において、魔王軍幹部の配下として登場する魔物である。
そこまでは黒竜と同様だが、一つ異なる点として、アヴァルスは自分の意志で幹部の配下に加わった。
事の始まりは千年前。
人族と魔族の間で発生した大戦争において、ここら一帯は大規模な戦場と化した。
その出来事から、【霧蝕の古戦域】と呼ばれることになったわけだ。
なかでもこのエリア【永劫の千魂墓所】は最も苛烈を極め、幾千万の命が散っていった。
その後、勇者と神竜が魔王を封印することによって戦争が終結して以降も、この地には戦士の魂が眠り続けていた。
そして千年という長い期間の中、大量の魂はその形を変貌させていく。
まず初めに発生したのは土地の変質。死者の魂によってここら一帯はその性質を変化させられ、不死者以外が立ち入ることのできない空間へと変貌した。
【霧蝕の古戦域】の周囲に結界が張られているのは、その名残と言えるだろう。
では、どうして
その原因こそ、目の前にいる幽紺の騎士――アヴァルスが関わっている。
この一帯が【霧蝕の古戦域】と変化し、さらに幾ばくかの年月が過ぎた頃。
幾千万の魂は集い、やがて一体の
――それこそが【幽紺の騎士:アヴァルス】。
かつてこの地で散った戦士たちの意思と力を引き継いだ、最凶の戦士だ。
アヴァルスは際限なき闘争本能を備えており、常に強者との戦いを望んでいるが、その魂は【永劫の千魂墓所】に縛られており外に出ることはできない。
そこでアヴァルスは、自分が結界の外に出る代わり、逆に強者を結界内に招き入れることにした。
結界内の王たるアヴァルスの意志に影響を受けた結果、結界の仕組みが一部書き換えられ、一人に限定して
そしてゲームにおいて、そんなアヴァルスのもとに現れたのは一人の魔王軍幹部だった。
彼はアヴァルスとの決闘に勝利した後、特殊な契約を結び、この結界から連れ出してやると提案した。
一人でも多くの強者と戦いたいアヴァルスはその提案に頷き、結果的に敵キャラとして主人公たちの前に立ちはだかるのだ。
そこで戦ったアヴァルスは非常に強力で、討伐するのにかなり苦労したことを思い出す。
――とまあ、ここまでが『剣と魔法のシンフォニア』におけるアヴァルスの設定なのだが、俺にとって重要なのはここからだった。
一つ。今の話を聞いて分かる通り、アヴァルスに帰属意識や使命感のようなものは存在しない。
それは恐らく、人族と魔族の魂が入り混じって生まれたせいだろう。
ゲームでは魔王軍幹部の配下になったものの、人である俺に従う可能性も十分にあるはずだ。
そしてもう一つ。
俺がアヴァルスを使役したいと思った、最大の理由は――
『ァァァァァアアアアアアアアアア!』
「――ッ!?」
刹那、アヴァルスが咆哮を上げる。
それはまるで、【永劫の千魂墓所】内に踏み入ろうとしない俺たちに対して怒りをぶつけるかのようだった。
「……やる気満々だな」
ヤツがこのエリアから出られないこともあり、悠長に知識を振り返りすぎたか。
そう考える俺の前に、突如としてメッセージウィンドウが現れた。
『アヴァルスが、強者である貴方との決闘を求めています』
『使役条件:アヴァルスとの一対一に勝利する』
『アヴァルスからの申し出を受け入れますか?』
「これは……」
その文言を見て、俺は思わず戸惑いの声をもらす。
これまでも使役対象をテイムする際には必ず現れていたメッセージウィンドウだが、戦闘前に出現するのは初めてだ。
何という親切設計。だが、おかげで分かりやすくなった。
「そういうことなら、望むところだ……っと」
【永劫の千魂墓所】に足を踏み入れる直前、隣にいるガレルに視線を向ける。
そして俺は、ガレルの頭を優しく撫でた。
「どうやらアヴァルスは俺と一対一で戦いたいみたいだ。ガレルはここで見守っていてくれるか?」
「バウッ!」
「ありがとう、ガレル」
力強く吠えるガレルをもう一度だけ撫でた後、俺は今度こそ【永劫の千魂墓所】に入った。
「――――ッ!」
瞬間、肌に刺すような剣気が襲ってくる。
アヴァルスが纏うオーラがこれでもかと、自身の圧倒的な力を主張していた。
(やっぱり現状じゃ、俺より格上みたいだな……)
さらに、アヴァルスの行動はそれだけで止まらなかった。
『シュゥゥゥウウウウウ』
アヴァルスが重々しい声を絞り出した直後、鎧を含めた全身に蒼色の紋様が浮かび上がる。
それを見た俺は、喜びと警戒が入り混じった気持ちのまま苦い笑みを浮かべた。
「やっぱり、それも使ってくるよな」
そう。アレこそがアヴァルスの持つ唯一の必殺技であると同時に、俺が求めていた
魔力を全身に巡らせることで身体能力を強化する、ただそれだけの
仕組みや効果こそ身体強化と似ているが、その出力は全く違う。
身体強化によるステータス上昇幅が20~30%程度なのに対し、【
素のステータスではAランク上位止まりのアヴァルスが、Sランクに匹敵する実力を誇る所以だ。
当然、倍率が上がることにより、消費する魔力量も膨れ上がるのだが――
「今の俺には、大量の魔力が有り余っている」
最初のガレルから始まり、
そのため使役によるステータス上昇も魔力関連に偏り、主に剣を使う戦闘スタイルでありながら、この身には莫大な魔力量が備わっている。
正直に言ってこれまでの俺は、その大量の魔力を完全には使いこなせずにいた。
だが、仮にアヴァルスをテイムして【
そうなった時、俺の実力は数段飛ばしで引き上げられるだろう。
「アヴァルス。お前が求めているのは強者のみ。ここから連れ出してくれる相手なら、魔族でも人族でも、誰でもいいんだろ?」
俺は鉄槌剣を構えると、真正面からアヴァルスを見据えた。
緊迫した空気の中、しばし沈黙が場を支配する。
そして、
「――――――――」
『――――――――』
タイミングを合わせたかのように、俺とアヴァルスは同時に駆け出し、各々の剣を振り切った。
二つの刃が交わり、甲高い金属音とともに大気を激しく揺らす。
火花が散る鍔迫り合い状態の中、俺は威風堂々と宣言する。
「誰でもいいのなら――俺に下れ、アヴァルス!」
『ガァァァアアアアアアアア』
かくして、俺とアヴァルスの激闘が幕を開けた。
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