第61話 最奥に佇む者

 ガレルの召喚後、探索を進める俺たちの前には次々と魔物が出現した。


 ゾンビウルフ、ネクロスライム、グール。

 そのどれもが、アンデッドらしく嫌らしい戦い方を披露してくる。

 しかし――


「サイクロンブラスト!」


「ガルゥ!」


 俺とガレルは接近武器や風魔法を駆使し、問題なく魔物たちを倒していた。

 【霧蝕の古戦域】は奥に行くにつれ魔物の強さも上がるが、今のところせいぜいBランク下位止まり。

 どれだけ面倒な特性や技能アーツを持っていようと、俺やガレルにとっては簡単に対処可能な相手だった。


「ガレルがいるおかげで不意打ちの可能性も減ったし、ここまでは順調だな」


 そうこうしながら先に進んでいると、ある一線を境に霧が深くなっていることに気付く。

 それを見た俺はわずかに顔をしかめると、隣にいるガレルに視線を向けた。


「ガレル、悪いんだがここからは周囲への警戒を強めてくれるか? 嫌な気配を感じたら、すぐ俺に伝えてほしい」


「バウッ!」


 力強く応えるガレルの頭を撫でながら、俺はそう頼んだ理由について頭の中で整理する。


 『アルストの森』が浅層、中層、深層の三層構造になっていたように、ここ【霧蝕の古戦域】も外層と内層の二層構造になっている。

 そして霧が濃くなる内層には、あるネームドモンスターが闊歩しているのだ。


 ネームドモンスターの実力はAランク上位であり、デストラクション・ゴーレムとほぼ同等。

 奴ほどではないが十分に厄介な技能アーツを持っており、もし戦うことになれば、勝てたとしても体力や魔力が大きく削られてしまうだろう。

 使役候補との戦闘が控えている中、できればそれは避けたかった。


「ゲームでは、この魔物と遭遇しないように気をつけながら探索するのも醍醐味だったんだよな」


 何はともあれ。

 霧が濃くなってきた現状、俺の視界ではなくガレルの嗅覚や聴覚に頼った方が、接近に気付ける可能性が高いはず。


 俺たちは周囲を警戒しつつ、さらに奥へと進んでいった。




 ガレルの索敵を頼りに、さらに突き進むこと30分。

 避けられない戦闘は幾つもあったものの、ネームドモンスターとの遭遇だけは回避することができたため、体力や魔力の消費はほとんどない。

 

 そんなことを考えていた矢先――


 濃密な霧が渦巻く中、突如として開けた円形の空間が現れる。

 その直径は百メートルほどだろうか。空間の縁では霧が壁のように立ち昇り、まるで生きているかのように蠢いていた。


「……ついたか」


 その光景を前にした俺は、感慨深くそう呟く。


 ここは【霧蝕むしょく古戦域こせんいき】における特殊エリア【永劫えいごう千魂墓所せんこんぼしょ】。

 『剣と魔法のシンフォニア』においては、霧の結界によって隔たれた、何もない空間として登場していた。


 なぜ、ゲームでは何もなかったのか?

 それは本来この場所にいるべき魔物が、魔王軍幹部の配下となり、この地を後にしてしまったから。

 だが、ゲームの本編が開始すらしていない今――空間の中心に、はいた。



『……ルゥゥゥゥゥ』



 それは、騎士だった。


 背丈は2メートルほどだろうか。

 漆黒の鎧に身を包み、深い紺の外套が霧のように揺らめいている。

 兜の隙間から覗く瞳は青白い光を放ち、その鋭い視線は見る者の魂を射抜くかのようだった。

 手には一振りの長剣が握られ、その立ち姿だけで剣士としての力量が窺える。

 この世ならざる気配と威圧感を放つ、まさに【霧蝕の古戦域】に君臨する存在として相応しい姿だ。


 その騎士はジロリと、鋭い視線を俺に向ける。


『……シュゥゥ』


「よう。会いたかったよ、


 敵意の込められたヤツに対し、俺は軽快にそう返した。



 ヤツの名は【幽紺ゆうこん騎士きし:アヴァルス】。

 俺が四体目のテイム対象として選択した魔物であり――


 今の俺にとって喉から手が出るほど欲しい技能アーツを持つ、不死なる戦闘狂アンデッド・ナイトだ。

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