第60話 【霧蝕の古戦域】

 先を見通しづらい濃厚な霧の中、俺はゲームのマップ情報の記憶を頼りに進んでいく。

 不穏な気配が漂うフィールドなせいか、どこか肌寒さを感じてしまっていた。


「ここを一人で探索することになったシャロは心細かったのかな」


 『剣と魔法のシンフォニア』では、転移魔法の暴発によってこのフィールドに吹き飛ばされたシャロを操作し、彼女視点で脱出を図るというシナリオだった。

 シャロ1人で複数の魔物を相手にする必要があったため、HPやMPの管理が大変だったことを思い出す。


 と、そんなことを考えていた直後だった。


「ガァァァァァァァ!」


「おっと」


 魔物の雄叫びが聞こえ、俺は反射的にその場から飛びのいた。

 すると、先ほどまで俺が立っていた足場に斧が振り下ろされる。

 視線を上げると、そこには一体の骸骨が立っていた。


「……霧骸兵か」


 霧骸兵むがいへい

 ここ【霧蝕むしょく古戦域こせんいき】に生息する死霊系魔物アンデッド・モンスターだ。

 雰囲気から察せられるかもしれないが、このフィールドに出てくる大半の魔物がアンデッドである。


 霧骸兵はCランク中位指定と大した実力ではないが、体を霧に溶け込ませて気配を消す技能アーツ霧溶影むようえい】を持っており、不意打ちを得意とする厄介な魔物だった。

 さらに面倒な点として、霧骸兵は複数体が集まって動いていることが多く――


「キィィ」


「ガァァァ」


「グルゥゥゥ」


「……まっ、そうくるよな」


 予想通りというべきか、続けて十体以上の霧骸兵が姿を現す。

 俺はすぐに鉄槌剣てっついけんを構えた。


「それじゃ、戦闘開始といくか」


 そう呟いた後、俺は次々と攻撃を仕掛けていく。

 今の俺の実力を考えれば、Cランクの魔物など相手にもならない。

 そのため、ほんの数分足らずで霧骸兵の群れを全滅させることができた。


 とはいえ、課題が一切なかったわけではない。

 戦闘後、俺は鉄槌剣に付着した粉くずを落としつつ、今の戦闘を振り返りながら呟いた。



「ランクが低いとはいえ、やっぱり数の多さは厄介だな。それにここから奥に行くにつれ、魔物のレベルも少しずつ上がっていく。伏兵がいないか注意しながら戦う必要もあるわけだし、集中力との戦いになりそうだ」



 霧で視界がふさがれているというのが、ここまで厄介だとは思っていなかった。


「ゲームのシャロは神聖魔法を常時発動し、周囲を浄化しながら進んでいたからな。そもそも神聖魔法はアンデッドに効果抜群だから、MP管理を除いて戦闘自体もそこまで苦労した覚えがないし……このフィールド自体、まさにシャロを想定して製作されたんだろう」


 俺も神聖魔法を使えれば楽になるのだろうが、ないものねだりはできない。

 一応だが、遷移魔力で生み出せないのかと考え、リーベにも事前に確認したが、神聖魔法は魔族にとって弱点であるためそれは無理とのことだった。


 地道に一つずつやっていくしかない。


「せめてもう一人くらい仲間がいれば、楽になりそうなんだ、けど……」


 ここで俺は、ある可能性に思い至る。


「いや、待てよ。あるじゃないか、が」


 俺が【霧蝕の古戦域】に足を踏み入れた瞬間、確かに外部との繋がりは断たれた。

 しかしそれはあくまで物理的な繋がりに過ぎない。

 結界内に直接呼び出す手段があれば、仲間を増やすことができるはずだ。


 つまり――


「来い、ガレル!」


「ガルゥゥゥ!」


 力強い唸り声と共に、異空間から現れるガレル。

 それを見届けた俺は「よしっ」と歓喜を口にした。


 予想通り、狙いは成功。

 シャロが転移で内部に飛ばされたことからそうじゃないかと思っていたが、このフィールドの結界には、転移や異空間からの召喚を妨げる効果はないみたいだ。


「よく来てくれたな、ガレル」


「バウッ!」


 頭を撫でてやると、ガレルは嬉しそうに鳴き声を上げる。

 こうしてガレルという頼もしい仲間を得た俺は、この後も順調に攻略を進めていくのだった。

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