第55話 師弟対決

 ぶつかり合う二振りの木剣。

 剣閃が空を瞬き、衝撃が小修練場を激しく揺らす。

 傍から見れば、互角の剣戟を繰り広げているように見えるだろう。


 だが、実情は違った。

 俺が歯を食いしばり全力を尽くしているのに対し、エルナの表情は涼しい。

 こちらの猛攻が通用していない証だった。


「――はあッ!」


「ッ!?」


 刹那、エルナが剣に込める力を増やす。

 辛うじて剣を翳すことには成功したもの、俺の体は軽々と後方に吹き飛ばされた。

 流れの中で繰り出したとは思えない程の馬鹿げた威力だ。


「……?」


 しかし不思議なことに、エルナは追撃を仕掛けてこなかった。

 その場で木剣を下げると、真剣な眼差しで俺を見つめてくる。


「本気を出して、この程度――というわけではないのだろう?」


 そう告げる彼女の瞳は、まるで俺の心のうちまで見通しているかのようだった。


「君が隠している何かに踏み込むつもりはない――だが、私に手を抜くことだけは許さないぞ」


「――――ッ」


 恐らく、彼女が言っているのは纏装てんそうのことだろう。

 前回のエドワードたちとの決闘時、エルナには俺が風魔法を使っているところを見られている。

 それを含めた全力を出してこいと彼女は言っているのだ。


 そんな意図を含めたエルナの宣言を受け、俺は自身の甘さを悟った。


 この期に及んで、俺はまだこの立ち合いが、以前までの指導の延長線上にあると勘違いしていた。

 これはただ、彼女から学んだ技量を試す場ではない。

 俺がこの世界で得てきた全てをぶつける場だ。


(そのためなら、【テイム】で得た力だって全て使ってやる)


 ふう、と。一つ息を整える。 

 そして俺もまた、まっすぐとエルナを見つめ返した。


「――倒す気で行きます」


「ああ。来い、レスト!」


 出し惜しみはなしだ。

 時間をかければ、地力の差がそのまま結果に現れる。

 俺が勝つには、短時間で決着をつけるしかない!


 【身体強化】、【魔填マフィル】、【浮遊】、【纏装てんそう風断かぜたち】。

 自分の持つ技のほとんどを発動し、強度を限界まで高めていく。

 ただし遷移魔力だけは例外として使用していない。

 何も手を抜いているわけではない。デストラクション・ゴーレム程度ならともかく、エルナほどの相手に熟練度の低い手段は通用しないからだ。


 全ての準備を終えた俺は、エルナに対し全力に斬りかかる。


「うぉぉぉおおおおお!」


「――――ッ」


 しかし、さすがはSランク冒険者。

 表情の変化は僅かに目を見開いたのみで、エルナは冷静に対処を試みる。

 切れ味が数倍に上がっているはずの纏装すら悠々と受け止められるところを見るに、恐らく彼女は俺以上の強度で魔填マフィルを発動しているのだろう。


(まだ、だ――!)


 俺は呼吸も忘れ、怒涛の勢いで斬りかかっていく。


 今持つ自分の全てをぶつけるんだ。

 息一つ、していられる余裕はない。


「――っ」


 そんな覚悟のもと行った猛攻が功を奏したのか、とうとうエルナを退かせることに成功する。


(――畳み掛けるなら、今しかない!)


 千載一遇のチャンスを見つけた俺は、剣に纏う風の量を増やした。

 風断かぜたちから颶風剣ぐふうけんに移行するためだ。

 これなら距離の空いた相手も、高火力の一撃をお見舞いすることができる。


「【纏装――」


 俺は木剣を高く掲げ、目標をエルナに見据える。


 だが、


「ほう」


 そんな俺を見て、エルナは小さく笑みを浮かべ木剣を構えた。

 俺の狙いを看破したうえで、真っ向から打ち破ってやるとでも言いたげに。

 そんな彼女を見て、俺は――


「――――解除!」


 剣に纏った風の奔流を、


「なに!?」


 さすがにこれはエルナも想定外だったのか目を見開いている。

 だがそれも一瞬で、吹き荒れる風の前に彼女の視界は遮られることとなった。


 その隙を狙い、初めからこの状況を想定していた俺は後方へと回り込んでいた。


(――狙い通りだ)


 颶風剣ぐふうけんは強力な技能アーツだが、エルナ相手に真正面から使用しても防がれる未来しか見えない。

 だからこそ俺は、木剣に纏った大量の風魔法を全てに使用すると決めた。

 こうして背後へと回り込み、ガラ空きの背中へと攻撃を浴びせるために。


(ここで決める――!)


 一刻を争うため、ここから再び纏装を発動することはできない。

 俺は持ちうる技能アーツの中から最短で発動できるものを選択する。


 剣士系統技能アーツ一閃いっせん】。

 一振りだけ威力と速度が上がる、ただそれだけの効果。

 剣士系統のスキル持ちなら、誰もが初めから使用できる初級技能アーツでしかない。


(だけど、この状況ならエルナさんにも刺さるはずだ!)


 俺は確信のもと、眩い輝きを放つ木剣を振るう。


 しかし、



「――甘い!」


「ッ!?」



 エルナの背に迫る俺の刃に、彼女の神速の薙ぎ払いが命中した。


 鳴り響く衝撃音。吹き荒れる暴風。

 後に残されていたのは、鍔迫り状態で向き合う俺とエルナの姿だけだった。


 その結果に、俺は思わず眉をひそめる。


(これでも、通用しないのか……)


 一発勝負。

 搦手も含め、今の俺にできる全てを使った攻撃だった。

 倒せずともせめて一撃は入れてやりたかったのだが、結果は見ての通りだ。


「――――ッ」


 押し合いでは力の差で負けると判断し、俺は後方へと距離を置く。


 するとそんな俺に対し、エルナはどこか感心した表情で言った。


「今のは驚いたぞ。成長したな、レスト」


「成長って……結局、一撃も入れられなかったんですけど」


 これでもかなりショックなんだけど……と思いながら、エルナに向かって告げる。

 すると彼女は、なぜか軽快な笑い声を上げた。


「ははっ、何を言っている。咄嗟のものだったとはいえ、私の渾身の一振りを受けても君は剣を離さなかった。これを成長と言わず、何と言う?」


「あっ……」


 そう言われ、俺はかつての記憶を思い出す。


 あれはエルナから指導を受けて二か月後のことだっただろうか。

 指導を受ける中、俺は今回のようにフェイントを使いエルナに攻撃を仕掛けた。

 しかしその直後、エルナは目にも止まらない速度で反撃を放ち、気が付いた時には俺の木剣は宙を舞っていた。


 対して今回、俺は彼女の攻撃を目で追い、そして受け止めることに成功した。

 確かに成長していると言えるであろう結果だ。


 ……とはいえ、どこか納得できない自分がいるのも事実。

 冗談じゃなく、勝つつもりだったのに……


「ふふっ、そう不満げな顔をするな、レスト」


 そんな俺の感情が伝わったのか、エルナは楽しそうに笑い声を上げた。

 ふむ、やっぱり納得いかない。


 そう考える俺に向かい、彼女は続ける。


「ところで、今使ったのは【一閃いっせん】だな? 確か、君が初めて習得した技能アーツだったか」


「えっ? は、はい、そうですね」


 エルナの言う通りだった。

 実はガレルをテイムして【風魔法】を覚えるより早く、俺は一つだけとある技能アーツを覚えていた。それが今使った【一閃いっせん】である。

 これもタイミングとしては、先ほど語った指導時と同じだ。

 フェイントを使い攻撃を仕掛ける他、彼女との修練で覚えた【一閃】を使ってみたものの、同じように跳ね返されるという出来事があったりもした。


 結局は初級技能アーツでしかないのかと落ち込んだりもしたが、風魔法と組み合わせることで【纏装・風断】の発動が可能となるなど、至る所で応用が利く基本の型として今でも活用している。

 ゲームで元々知識はあったとはいえ、彼女の指導がなければ、習得まで数ヵ月は遅れていただろう。


 そんな風に彼女との思い出を振り返っている中、ふとエルナは口を開く。


「すまない。私としたことが、立ち合い中に思い出話とはなっていないな」


 自嘲気味な表情を浮かべた後、彼女は続ける。


「だが、どうしても伝えたくなったんだ。それだけ私にとって、君の成長は驚き、そして喜ばしいものだったと」


 そう呟いた直後だった。

 彼女の纏う雰囲気が一層、濃く、重たいものになっていく。


 そのまま彼女は俺を見つめ、そして言った。


「そんな君に敬意を払い、としよう」


「――――」


 刹那、エルナの体から闘気が零れる。

 その気に当てられるだけで膝が震え、ただ立つことすらままならない程の圧倒的な気配。

 黒竜、リーベ、デストラクション・ゴーレム。

 これまで戦ってきたどんな強者とも比べ物にならないほど、エルナは絶対的なオーラを纏っていた。


(――――


 それはかつて、彼女に抱いた感想と同じもの。

 だが、あの時の感情が偽物だと思うほど、エルナの本気は常軌を逸していた。


 これまで何体もの魔物をテイムし、俺は力を身に着けてきた。

 だけどそんな自分ですら、全く彼女には届いていないことを知る。

 どころか、逆に距離が離されているのではないかと錯覚するほどだった。


(これが、エルナさんの本気……!)


 戦慄する俺に対し、エルナは告げる。



「――では、いくぞ」



 そこからは一方的だった。


 俺はなす術もなく、エルナの怒涛の剣技に呑み込まれていく。

 そんな中、俺が抱いたのは不思議なことに、恐怖でも絶望でもなかった。


 これだけの力を持った彼女が、自分の師匠であることの誇らしさ。

 最強エルナの背中を追い続けていれば、やがて俺の目標に辿り着く日が来るのだと――そんな確信にも近い高揚感だった。

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