第54話 修行と手合わせ

 本格的な剣の修行はエルナが来てからということで、まずは『深夜トレ』――もとい『五種トレ』から始めることになった。


 筋トレ、ランニング、全力疾走、魔力錬成、そしてお祈りを順番に行っていく。

 体力を残すため控えめにした結果、一時間ほどで五種トレは終了した。

 

 まだエルナは来ていないが、一足先に剣を振るうことに。

 しばらく型の訓練をした後、実戦に近い形式での特訓をすることになった。



「それじゃ、次は私たちの番ですね。始めましょう、レイン様!」


「は、はい!」


 今はレインの攻撃を、シャロがひたすらに凌いでいる。

 シャロは自分が教える側に立つのが楽しいのか、意気揚々と指導していた。


「せいっ! はあっ!」


 対するレインも、ある程度シャロへの緊張が薄れたようで、全力で何度もかかっていく。

 しかし、残念ながら一振りもシャロに届くことはなかった。


(まあ、レインが本格的に剣を振り始めてからまだ数日だしな)


 いくらレインに剣技の才能があるとはいえ、既に経験を積んでいるシャロには遠く及ばない。

 それに加え、シャロの剣を見るのはこれが二週間ぶりとなるが、また一段と技量や力が増しているように思えた。


「……さすがだな」


 その光景を前にした俺は、思わず感心の言葉を零すのだった。

 


 それから約五分後、二人の特訓が終了する。

 その後、一旦休憩を挟むこととなった。


 ここまででシャロとレインの仲も深まったのか、二人はゆったりと会話を楽しんでいる。


「レイン様はすごいですね。とても剣を覚えて間もないとは思えません」


「そ、そんな! シャルロット様こそ、とってもすごかったです! いくら仕掛けても、全く通用する気がしなくて……」


「そうでしたか? お褒め下さりありがとうございます。でもそれはきっと、エルナ様やレスト様のおかげですね。お二人の指導を受け、共に高め合うことで私は強くなれましたから」


 近くに俺がいるにも関わらず、賛美の言葉を口にするシャロ。

 何だか少しだけ気恥しくなってくる。


 と、そんなことを考えていた直後だった。


「…………」


「レイン様? どうかされましたか?」


 レインが様子を窺うようにシャロをじっと見つめる。

 それに気付いたシャロは、きょとんと首を傾げながらそう尋ねた。


 すると、レインは遠慮がちに言う。


「いえ、その、何と言いますか、もしわたしにお姉様がいらっしゃれば、こんなやり取りをしていたのかなと思いまして……」


 確かにアルビオン家は、レインを除き全員が男子。

 そんな感想を抱くこともあるのだろう。


 だが肝心の、そう言われた張本人シャロはというと――


「…………」


 なぜか無言のまま、レインをじっと見つめ返していた。

 それに気付いたレインは、慌てた様子で両手を左右に振る。


「ってわたし、王女様相手に何を……申し訳ありません、ご無礼をお許し――」


「……もう一度、先ほどと同じことを言っていただけますか?」


「えっ? ご、ご無礼をお許し……」


「そうではなく、私のことを何のようだとおっしゃいましたか?」


 レインは悩むような表情を浮かべる。

 そして数秒後、何かに気付いたように「あっ」と小さく声を上げた。


「その、お姉様みたいだなと……」


「……その前に、私の名前を付け加えていただけますか?」


「……シャルロット、お姉様?」


「――――ッ!」


 上目遣いのまま、遠慮がちに『シャルロットお姉様』と告げるレイン。

 その直後だった。

 シャロはここまで能面のようだった表情を崩し、勢いよくレインを抱きしめた。


「し、シャルロット様!?」


 レインも何が起きたか理解できず混乱しているのか、目をグルグルと回している。

 そんな中、シャルロットは真剣な眼差しを俺に向けた。


「レスト様、申し訳ありません……今日からレイン様は、私の妹にします!」


「何言ってんだお前」


 落ち着け。


 おっと、まずい。落ち着けと言うつもりが、つい本音がポロリと口から零れた。

 まあ、そうなってしまうほどの発言だったのだから仕方ないだろう。


 だが本人からしたら不満があるようで、シャロはぷくーっと可愛らしく頬を膨らませた。


「だって、仕方ないじゃありませんか! こんな風に誰かからお姉様と呼ばれるのなんて初めてだったんですから! 普段から兄として慕われているレスト様が、羨ましくて仕方ありません!」


 そう言われ、俺は王家の家系図を思い出す。

 シャロの上には第一王子と第一王女がいて、下に第二王子と第三王女がいるはずだが、どちらもまだかなり幼く言葉を話せないはず。

 だからこそ、今のような発言になったのだろうが……

 うん、冷静になって考えても、だから何だってくらい無茶苦茶だ。


 困惑するレインからシャロをどう引き離そうか考えていた、ちょうどそのタイミングだった。



「ふむ、随分と楽しそうにやっているな。それにどうやら、見知らぬ顔もあるようだが……」



 凛とした、芯のある声が小修練場内に響く。


 入口に視線を向けると、そこにはエルナが立っていた。

 どうやら既に二時間が経っていたらしい。


「え、エルナ様!? えっと、これはその、何と言いますか……」


 シャロは素早くレインから離れる。

 尊敬するエルナが相手に限っては、今の振る舞いを見られるのが少し恥ずかしかったようだ。


 何はともあれ、これでとりあえずレインは救われた。

 息を整える彼女の近くに行き、俺はエルナにレインを紹介する。


「妹のレインです。最近は俺と一緒に修行することがよくあって……まだエルナさんの指導を受けられるほどの体力はないので、見学してもらおうと思うのですが」


「ふむ、そういうことか。無論、大歓迎だ」


 力強く頷くエルナ。

 その後、エルナとレインが改めて自己紹介を交わし、本格的に修行を始めることとなった。


 基本的には俺とシャロが斬り合い、それを見たエルナが指導する形だ。

 途中からはエルナ相手に、俺とシャロで協力して斬りかかったりもした。

 最後の方には体力が回復したレインも少し参加し、その太刀筋にはエルナも感嘆の声を上げていた。


 何はともあれ、そんな風にして二時間が経過。

 今回の『剣友修行Withエルナ』は、無事に終わりを迎えるのだった。


「……疲れました」


「わ、わたしもです……」


 汗をかき、息を切らしながら座り込むシャロとレイン。

 対して、息一つ切らしていないエルナが笑いながら告げる。


「お疲れ様、二人とも。シャロは勢いこそいいが、もう少し駆け引きを覚えるべきだな。そしてレイン、君の剣筋はかなりよかった。ぜひこの調子で励みたまえ」


「「は、はい」」


 そこまでを言い切った後、エルナは俺に視線を向ける。


「そして、最後にレストだが……」


 いや、違う。彼女の視線は俺ではなく、修行を終えてなお握り続けている木剣に向けられていた。

 それを見たエルナは、シャロたちに軽く目配せする。


「すまない、二人とも。この後、少しレストと話したいことがある。二人は先に退室し汗でも流してくるといい」


「か、かしこまりました」


「は、はい」


 既に体力も限界を迎えていたのだろう。

 二人はエルナの言葉に従い、実は途中からいたエステルの付き添いと共に小修練場を後にする。


 その結果、最終的に残ったのは俺とエルナのみとなった。

 独特の緊張感が走る中、俺はゆっくりと切り出す。


「……もしかして、俺が今から何をお願いしようとしているのか気付いていたんですか?」


 その問いに対し、エルナは小さく笑う。


「確信があった訳ではないが……先ほど君を見た時の印象ほど、特訓時の勢いがなかったことに違和感を覚えてな。君は意味もなく手を抜くような人間じゃない。何か、体力を温存して起きたい理由があったのだろう? それも、できればシャロたちの前では明らかにしたくない何かが」


 そう尋ねてくるエルナ。

 『何か』と濁しているものの、その中身まで完全に察している様子だった。


 ……とんでもない勘の良さだ。改めて、自分がどれだけすごい人物に師事しているのかを実感する。

 そして、そんなエルナ相手だからこそ、どうしてもお願いしたいことがあった。


 俺は木剣を構え、真剣な表情でエルナに告げる。



「――エルナさんさえ良ければ、手合わせを一つお願いできればと」



 それは今日、エルナが来ると聞いた時から考えていたことだった。

 前回、エルナと別れてからこの一か月の間に俺はレベルアップを重ね、ノワールやリーベをテイムするに至った。

 それに伴うステータスの上昇は並のものではない。


 だからこそ、どうしても今の実力を試したくなった。

 ガレルたちの力を借りない、俺だけの実力をだ。

 そして、それに最適な相手がいるとしたら、Sランク冒険者の中でもトップクラスの実力を誇ると言われている師匠エルナしかいない。


 そう考える俺の提案に対し、エルナは楽し気に笑みを零した。


「なるほど。指導ではなく、立ち合いを望むわけだな……」


 呟きながら、エルナもまた木剣を構える。

 黒竜よりも遥かに小さなその体に、俺は比べ物にならない程の迫力を感じた。


 彼女は深紅の瞳を俺に向け、威風堂々たる態度で告げる。



「――いいだろう、かかってこい。今の君の全力がどれほどのものか、この私が測ってやろう」


「――――ッ」



 ただ立っているだけで膝をつきたくなるほど、絶対的な威圧感。

 俺は覚悟を決め、力強く地面を蹴る。



 かくして俺は、最強エルナを相手に自分の実力を確かめることとなったのだった。

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