第53話 友人と妹

 エルナと一旦別れ、俺とシャロは小修練場に移動する。

 しかし、そこには予想外の人物がいた。


「っ、お兄様!? それに、そちらの方は……」


 そこにいたのは、肩まで伸びる明るいピンク色の髪が特徴的な少女。

 動きやすい服装に身をつつみ、手には特訓用の剣が握られている。


 ――妹のレインだ。

 彼女は驚いた様子で、俺とシャロに視線を向けていた。


(今日シャロが来ることは知っているはずだが、さすがに小修練場に来るとは予想できないよな……)


 そんな感想を抱く俺の後ろから、シャロがぴょこりと顔を出す。


「レスト様。そちらにいらっしゃるのは?」


「ああ、紹介するよ。妹のレインだ」


「まあ! レスト様の妹君ですか!?」


 何か嬉しいポイントがあったのか、パアッと表情を輝かせるシャロ。

 彼女はそのままレインの元まで駆け寄ると、彼女の両手をぎゅっと握りしめた。


「えっ、あの……」


 あっ、レインがめちゃくちゃ動揺している。

 だが、シャロは気にすることなく続ける。


「初めまして、レイン様。私はシャルロット・フォン・フィナーレと申します。レスト様とは剣友として親しくさせていただいております!」


「け、剣友けんとも……?」


 その単語は彼女にとっても謎だったのか、レインはきょとんと小首を傾げる。

 しかしその直後、翡翠の目を大きく見開いた。


「って、シャルロット……様? それってまさか、第二王女の!? も、申し訳ありません、わたし、何か失礼な態度を取ってしまったんじゃ……」


 ふむ。どうやらここまでは呆気に取られていたため、シャロの正体に気付いていなかったらしい。

 シャロが第二王女だと分かり、レインは明らかに狼狽えていた。


 だが、肝心のシャロは一切気にする様子もなく笑顔で話し続ける。


「そのようなこと、お気になさらずとも大丈夫です。それにレスト様の妹君ですし、私のことは気さくにシャロと呼んでいただいて構いませんよ」


「む、む、無理です! 王女様を愛称で呼ぶだなんて、そんな大それたこと、わたしにはできません……!」


「むぅ……それは残念です」


 分かりやすく肩を落とすシャロ。

 このままだと話が進まないので、助け舟を出すことにする。


「シャロ、その辺にしてやってくれ。そもそもレインはまだ『神託の儀』も受けてないから、他家の人と話すのに慣れていないんだ」


「そうだったのですね。申し訳ありません、少し先走ってしまいました」


 シャロは呼吸を落ち着けた後、王女らしく柔らかい笑みを浮かべる。


「改めて自己紹介を。私は第二王女シャルロット・フォン・フィナーレ。レイン様とはぜひ、これから仲良くなれたら嬉しいです」


「あっ、レ、レイン・アルビオンです。こちらこそ、よろしくお願いします……シャルロット様」


 互いに名乗りが終わる。


(っと、そうだ)


 そのタイミングで俺はあることを閃いたため、それを提案することにした。


「せっかくだ。シャロさえよければ、レインも一緒に修行していいか? お互い、学ぶところがあるかもしれないし」


「もちろんです! よろしく願いしますね、レイン様」


「は、はい。シャルロット様……」


 とまあこんな経緯で、俺、シャロ、レインの三人で特訓することになるのだった。



 シャロが準備運動を始める中、レインが俺の傍に近づいてくる。

 俺は彼女に優しい声で話しかけた。


「悪いな、レイン。修行中に押し掛ける形になって」


「そ、それは大丈夫ですけど……心臓がまだバクバクしています」


 いきなり第二王女と知り合うことになったんだ。

 そうなってしまうのも当然だろう。


 そんなことを考えている俺に、レインは続けて言う。


「それに、少し驚きました。お兄様がシャルロット様と親しいことは聞いていましたが、まさか愛称で呼ぶほどになっていたなんて……」


「あっ」


 言われて気付く。

 レインの前だというのに、俺は当たり前のようにシャロのことをそのまま愛称で呼んでいた。

 だから何だという話だが、このことがガドたちに伝わるのはちょっと避けたい。


「そのことなんだけどな、レイン。俺の立場も立場だから、周囲にはあまり広めたくなくて……皆には隠しておいてもらえるか?」


「皆というのは、お父様やジーラ様を含めてですか?」


「ああ。屋敷内では、レインと俺だけの秘密だ」


 厳密にはリーベもだが……まあ、アイツについては伝えなくていいだろう。

 『何でよ!』というツッコミが聞こえてきそうになる中、レインは下を向いて何かをブツブツと呟いていた。


「秘密……私とお兄様だけの、秘密……えへへ」


 かと思えば、嬉しそうな笑みを零す。

 何か楽しいことでもあったのだろうか?


 と、その直後。


「終わりました! さあ、さっそく剣友修行を始めましょう!」


 準備運動を終えたシャロが、意気揚々と駆け寄ってくる。

 その後、改めて俺たちは修行を開始するのだった。

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