第47話 十見殺し
デストラクション・ゴーレム。
それは『剣と魔法のシンフォニア』において、数多くのプレイヤーを地獄に落としたボスモンスター。
Aランク上位指定にふさわしいパワーはもちろん厄介だが、それ以上に驚異的なのがヤツの持つ
少なくとも、Bランクパーティーのゴルドたちにどうにかなる相手じゃない。
そもそもどうして、彼らは中間地点を突破してここまで来れたのだろうか?
この世界ではまだ、【欺瞞の神殿】のギミックは半分手前までしか発見されていなかったはず――
『グゴォォォオオオオオ!』
――俺の思考を遮るように、デストラクション・ゴーレムが咆哮する。
大広間はおろか、ダンジョン全体が揺れていると思わされるほどの声量だった。
デストラクション・ゴーレムはそのまま4メートルを超えるであろう巨体を動かし、ゴルドに接近する。
「させるかよ!」
するとタンクの男性が間に入り込み、巨大な盾をかざす。
あれで敵の攻撃を受け止めようとしているのだろう。
だが、まずい。
(デストラクション・ゴーレム相手に、武器での防御はタブーだ!)
「躱――」
『コォォォオオオオオ!!!』
咄嗟に俺は指示を出そうと試みるも、言い切るより早くデストラクション・ゴーレムが行動を開始した。
石柱と見紛うほど巨大な剛腕が、タンクに向かって振り下ろされる。
デストラクション・ゴーレムの右拳は大盾へと迫り、そして――
拳が触れた瞬間、大盾はいとも呆気なく瓦解した。
「なんだとっ!? ――ぐわあっ!」
「かはっ!」
遥か頭上から振り下ろされた剛腕は勢いそのまま、タンクと、そして背後にいたゴルドに命中。
冒険者としても立派な体格を誇っているはずの二人は、そのまま軽々と後方へ弾き飛ばされ、壁へと叩きつけられた。
「うっ……悪い、ゴルド。しくじっ、た……」
「おい、しっかりしろ!」
その結果、後衛職の二人に続いてタンクも気絶し、意識があるのはゴルドだけとなった。
とはいえゴルドもダメージは甚大。身動きを取れなくなった彼に向かい、デストラクション・ゴーレムがゆっくりと近づいていく。
「く、そが……」
悪態をつくゴルド。
デストラクション・ゴーレムはそんなゴルドを見下ろしながら、ゆっくりと右腕を引き上げる。
このままだと、間違いなくゴルドたちがやられる。
「――クソッ!」
「ちょっ!」
俺は覚悟を決め、大広間の中に駆け出した。
背後からリーベの制止する声が聞こえるが、そのまま気にせずショートソードを引き抜く。
今、デストラクション・ゴーレムは俺たちに背中を向けていて隙だらけだ。
俺は背後から、全身全霊を篭めて斬りかかる。
「うぉぉぉおおおおお!」
渾身の一撃が、見事デストラクション・ゴーレムの背中に命中――したかと思われた次の瞬間、パリンッと甲高い音が響き渡った。
そう。外ならぬ俺のショートソードが砕け散ったのだ。
まるで先ほど、タンクの大盾が破壊された時の再現かのように。
「チッ、一発でかよ……」
刃を失ったショートソードを見つめながら、俺は思わず顔をしかめる。
武器が壊れること自体は想定していたものの、もう何発かは耐えてほしいのが正直なところだった。
『ギュゥゥゥ?』
だが、敵の意識をこちらに割くことには成功したらしい。
デストラクション・ゴーレムはゆっくりと振り返り、黄色い双眸で俺を睨んだ。
「お、お前は……もしかして、アレスか!? なんでこんなところに……」
続けて、ゴルドが驚愕と戸惑いの入り混じった声を上げる。
返事をしてやりたいところ悪いが、今は構っていられる余裕はない。
俺はデストラクション・ゴーレムを睨みつけながら、薄ら笑いを浮かべた。
「相変わらず、お前の
そう悪態をつきつつ、俺は原作におけるコイツの情報を思い出す。
デストラクション・ゴーレム。
その体には赤色の紋様が刻まれ、武器と魔法による攻撃に対して高い耐性を有している。
さらに厄介なのが、
デストラクション・ゴーレムの体に武器が触れた際、ランダムでその武器が破壊されるというふざけた能力だ。
しかもその能力は、攻撃時と防御時、どちらにも適用される。
俺のショートソードとタンクの大盾が壊れたことからも分かるだろう。
「本当に、ゴミギミックとしか言いようがないな……」
そのふざけっぷりが、より分かりやすくなるエピソードがある。
デストラクション・ゴーレムは武器攻撃への耐性を持っているが、それはあくまで耐性止まり。
威力が低くなることさえ受け入れれば、しっかりとダメージ自体は入るのだ。
そのため多くのプレイヤーは強力な武器を用意した後、短期決戦を狙いこのボスに挑戦した。
――のだが、コイツは元々の耐久力も高く、完全に討伐しきるまでに10本以上の武器が壊れることもあった。
当然、ゲーム会社には多くのクレームが入ったのだが、返って来た返答は『このゲームにはセーブ&ロードがあるので、それを駆使して頑張って!』という、完全なる匙投げだった。
より分かりやすく言うなら、『オンラインゲームなら取り返しのつかない要素だったかもしれないけど、これはオフライン! だから許して!』という主張だ。
その結果、プレイヤーたちは泣く泣くデストラクション・ゴーレムへの挑戦を余儀なくされ、破壊武器数が1~2本に抑えられるまで繰り返すというのが定番だった。
破壊武器を0本に抑えるには膨大な試行回数が必要となり、その数は10回程度では収まらない。
そういった事情もあり、この【欺瞞の迷宮】は
(クソッ、今思い出しても腹が立ってくるな)
苛立ちが沸きあがってくるが、いつまでも思い出に浸ってはいられない。
なぜなら今、俺がいるのは現実。セーブ&ロードは存在しない。
何とかここから生き延びるための方法を探らなくてはならないのだ。
ショートソードは既に破壊され、残された木剣は一本だけ。
ここから勝利を掴むのは難しいだろう。
だが、コイツはイレギュラー
どれだけ絶望的な相手であろうと、『逃げる』のコマンドは用意されていな――
「――いや、待てよ」
ここでふと、俺はある重大な事実を思い出す。
ちらりと背後を窺うと、そこには俺たちがやってきた通路が存在していた。
それを見た俺の口角が自然と上がる。
(そうだ、ここは現実なんだ。それに伴い、デメリットと同じようにメリットも存在する。ゲームではボスとエンカウントした後、逃げることはできなかったが……この状況からなら退避も不可能じゃない!)
ボス部屋では扉が閉まるという形で再現されていたが、ここはダンジョン内に存在するただの大広間。
そこまでの仕様が反映されているとは考えづらい。
となると――
「ラブ、ゴルドたちを連れてここから離れろ!」
「逃げるより、ここで倒した方が早いんじゃないの!?」
「さっきも少し話したが、コイツは武器や魔法によるダメージを半減以下にする特性を持っていて俺たちとは相性が悪いんだ! 俺が時間を稼ぐから早く!」
「っ、分かったわよ!」
俺の指示を受けたリーベは一瞬だけ顔をしかめるも、すぐに諦めた様子で行動を開始する。
反論したところで俺が退くことはないと判断したのだろう。
この数日間で、随分と俺のことを分かってくれているみたいだ。
俺はデストラクション・ゴーレムを見上げる。
「さて、本番はここからだ」
コイツは特殊能力を除けば、筋力のみに特化したモンスター。
速度やスタミナは俺の方が上。逃げるだけなら問題なく達成できるはず。
そう判断した直後だった。
『ゴォォォ!』
デストラクション・ゴーレムが鈍重な足取りで俺に向かってくる。
「さあ来い、時間なら稼いでや――」
だが、そこで想定していなかった事態が起きた。
なんとデストラクション・ゴーレムは俺を素通りし、そのまま背後へと駆け抜けていったのだ。
「いったい何を……ッ」
遅れて、俺は敵の狙いに気付く。
デストラクション・ゴーレムが一目散に向かってるのは、俺でも、リーベでも、ましてや傷だらけのゴルドたちでもない。
この行き止まりの大広間から抜け出すための、たった一つの通路だった。
『ゴァァァアアアアア!!!』
デストラクション・ゴーレムは移動の勢いを乗せたまま、迷うことなく剛腕を通路上の壁に振り下ろした。
耳をつんざくような衝撃音とともに、壁がガラガラと崩れ落ちる。
その結果、何と通路は複数の瓦礫によって閉ざされることとなった。
「冗談だろ……?」
あまりの事態を前にし、額につーっと冷や汗が流れる。
コイツは俺たちの狙いを看破しただけでなく、自らの意思で逃げ道を封じたのだ。
それは奇しくも、ゲームと同じく『逃げる』のコマンドを消し去るかのように。
「こんな原作再現は求めてなかったんだけどな……」
リーベの消滅の力を借りれば瓦礫を除去したり、新しい通路を生み出すこともできるかもしれないが、それには時間がかかる。
ゴルドたちを逃がすことも考慮すれば、現実的な方法とは思えない。
「……結局、初めからこうするしかなかったってわけか」
俺は深く息を吐いた後、覚悟を決めてデストラクション・ゴーレムと対峙する。
「本当なら、あと一か月以上は準備期間が欲しかったところなんだが」
そう悪態をつきつつも、不思議と俺の心は落ち着いていた。
もしくはこのダンジョンに挑戦すると決めた時点で、こうなることを心のどこかで予想していたのかもしれない。
「さあ、いくぞ――デストラクション・ゴーレム」
目の前に君臨するは、『
それを俺たちは、これより初見にて討伐する。
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