第46話 三叉槍の首飾り

 ボスの討伐を終え、残された問題は目当てのアイテムがドロップするかどうか。

 ゲームにおいて、【欺瞞の神殿】を含め何度も攻略できるダンジョンの場合、ボス相手でもドロップ率は100%ではなかった。


 俺は最後の足掻きとして両手を合わせ、心の中で強く願った。


(レストに転生してから今日に至るまで、俺は『深夜トレ』を続けてきた。筋力や魔力だけじゃなく、幸運パラメータもかなり上昇してるはずだ!)


 幸運パラメータは、確率依存の技能アーツの成功率を上げてくれる他、アイテムドロップ率にも大きく影響する。

 こういった状況に備え、俺はこれまで毎日お祈りを続けてきたのだ。

 その成果がきちんと現れてくれるか、気が気ではなかった。


「何をやっているの、アナタ?」


 リーベが怪訝そうな目を向けてくるのを無視し、俺はお祈りを続行する。

 すると数秒後、目の前にあるトライデントテイルの死体がスーッと消えていった。


(さあ、本番はここからだ)


 トライデントテイルの死体は瘴気となって完全消滅したものの、斬り落とされた三本の尻尾槍は健在だった。

 かと思えば、突如としてそれらは眩い光となり、一つの塊へと集まっていく。

 その光が収まった時、そこにはサイズ感が小さくなった三本の尻尾槍で出来たネックレスが存在していた。


 それを見た俺は、グッとガッツポーズをする。


「よし、成功だ!」


 このビジュアル、間違いない。

 ゲームにも存在していたドロップアイテム――通称【三叉槍の首飾りトライデント・ネックレス】。

 獣型モンスターの装備時、筋力、スタミナ、速度の各パラメータを20%上昇させるという、破格の性能を有した装備だ。


(ただ原作じゃ、その恩恵を十全に受けることはできなかったんだよな)


 当然の話だがゲームにおいて、主人公陣営に獣型の魔物は存在しなかった。

 そのため、このアイテムの使用方法としては売却するか、王都に店を構える鍛冶師のもとに持っていき人間用の装備に作り替えてもらうという二択だった。

 基本的には後者を選択するのだが、一つの防具を作るのには他にも素材が必要で、なおかつ完成時の性能も少しは下がってしまっていた。


 そんな事情もあり、ゲームでは元々のアイテムが持つポテンシャルを発揮するのはかなり難しかったのだが――


(けれど、今は違う)


 俺は首飾りを握りしめながら、ガレルに視線を向ける。


「来てくれ、ガレル」


「バウッ!」


 飛び跳ねるように駆け寄ってくるガレル。

 その首に、俺はそっと首飾りを装着した。


 するとその瞬間、ガレルの纏う威圧感が格段に上昇する。


「ガルゥゥゥゥゥ!」


 嬉しそうに雄叫びを上げるガレル。

 ガレル自身も、この首飾りの効果を実感できたのだろう。


 その様子を見ていたリーベが興味深そうに呟く。


「ふーん、なるほど。アナタ必死になって何を獲得しようとしているかと思ったら、魔物用の装備だったのね」


「ああ。他の人族からしたら非効率的かもしれないが……魔物を使役できる俺にとって、これ以上ない最高のアイテムだ」


 これでガレルの持つステータスのうち、身体能力に関わる部分が格段に上昇した。


 ただ経験値を獲得したり、深夜トレを繰り返すだけが強化手段じゃない。

 原作知識を駆使したアイテム利用もまた、転生者である俺が最強に至るための効率的な方法だ。


「ふぅ、ひとまずこれでひと段落だな」


 何はともあれ、これでダンジョン攻略の目的は見事に達成できた。

 その事実に、俺はほっと一息をついた。


 道中のトラップと同様、ボスのリスポーンには数時間のクールタイムが存在する。

 もし首飾りがドロップしていなければ、また後日挑戦する羽目になっていた。


「それじゃ、目的も済んだし帰るとするか」


 そう告げると、リーベの顔色が青くなる。


「また、あのトラップの中を通る必要があるのね……なんて憂鬱なのかしら」


「いや、お前が引っかかったトラップはまだそのままになっているはずだ。相当な悪運の持ち主でもない限り、何事もなく帰れるだろう」


「っ、本当ね!?」


 俺の言葉に、リーベは目を輝かせていた。


 ……何やら嫌な予感がしたのだが、果たして気のせいだろうか。

 まあ、あまり気にしすぎても仕方ない。


 俺は再びガレルを異空間に送った後、そのまま帰路につくのだった。



 ◇◆◇



 ボス部屋を出てから30分が経過し、間もなく中間地点に到達しようとした頃。

 突如として、その音は鳴り響いた。



 ガァン!

 キィン!

 ドォォォン!!!



 何やら戦闘中らしき爆音が、俺たちの元に届いたのだ。


「何だ? この音」


「さあ、近くで誰かが戦ってるんじゃないの?」


 あっさりとそう返してくるリーベ。

 だが俺は、そんな彼女の予想に違和感を覚えていた。


 事前に調べたところ、【欺瞞の神殿】はまだ半分も攻略されていなかったはず。

 にもかかわらず、こんな奥にやってこれる冒険者がいるのだろうか?


「かと言って、ダンジョン内でモンスター同士が戦闘ってのも考えにくいし……」


 とにかく警戒を強める必要がある。

 俺がそう考えた直度だった。



「ぐわぁぁぁあああああ!」



 耳をつんざくような悲鳴が辺り一帯に響き渡る。

 それは紛れもなく人間のものだった。しかも、あまりよい状況ではなさそうだ。


 別に俺が援護に行く義務はないのだが……こうして悲鳴を聞いた以上、ただ見過ごすのも気分が悪い。


「考えるのはあとだ! ひとまず現地に向かうぞ!」


「はあ、分かったわ」


 戦闘の様子を外から窺い、特に問題がないようなら何も言わず去ればいい。


 数秒後。そう考えていた俺の視界に飛び込んできたのは、予想通り冒険者とモンスターが戦っている姿だった。

 行き止まりの大広場の中で、両者が向かい合っている。


 まず、冒険者側は四人パーティーだった。

 既に後衛の二人は気絶しており、残りの二人――大剣使いとタンクがモンスターを相手にしている。

 その中でも、大剣使いには見覚えがあった。


「ゴルド……!」


 数時間前、冒険者ギルドにて俺たちに話しかけてきたBランク冒険者だ。

 これだけでもかなりの驚きだが――続けてモンスターを見た俺は、本当の衝撃を受けることとなった。


「なっ、あれは……!」


 全身を分厚い岩石で覆われた巨大な人型のモンスター。

 体中には赤色の紋様が刻み込まれており、異様な様相を醸し出していた。

 その威圧感は圧倒的で、一歩踏みしめるたびに地面が激しく振動する。


 間違いない。

 あれは俺にとって、現時点では絶対に遭遇したくなかった天敵。



 Aランク上位指定の実力と、ある厄介な能力を持つモンスター。

 『剣と魔法のシンフォニア』において数々のプレイヤーに絶望を与えた、このダンジョンのイレギュラーボス――デストラクション・ゴーレムだ。

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