第42話 【欺瞞の神殿】

 数分後、ギルド内が落ち着きを取り戻した頃。

 俺たちの前にやって来たゴルドが、ニカッと恐ろしい(おそらく本人的には気さくな)笑みを向けてくる。


「そんじゃ、改めて。俺は剛鉄のゴルド。このギルドを拠点にして活動するBランク冒険者だ。そんで後ろのコイツらは、俺がリーダーを務めているBランクパーティーのメンバーだ」


 そう告げるゴルドの後ろには、男性が二人、女性が一人立っていた。

 四人一組の、極めてオーソドックスなパーティーということだろう。


 俺は一呼吸置いた後、改めて自己紹介をする。


「俺はアレス、職業は剣士。そんでこっちの彼女は魔法使いのラブだ」


「おう、アレスにラブだな! 何かあれば、遠慮なく俺たちに相談してくれよ!」


 ゴルドが力強く自分の胸を叩くと、ドォォォンと鈍い音が建物一杯に響く。まるでゴリラのドラミングだ。

 うん、やっぱりこれだけ見たら威嚇されてるようにしか思えない。


 するとそこで、ゴルドの背後に控えていたうちの一人が声を上げる。


「ゴルド、そろそろ出ないと馬車の時間に間に合わない。次まで一時間以上待つことになるぞ」


「おっと、そうだった。じゃあな、二人とも!」


 既に何かしらの用事があったのだろう。そう言い残し、ゴルドたちは颯爽とギルドを後にしていく。

 それを最後まで見送った俺とリーベは、合わせたように息を吐いた。


「……まだ登録が済んですらないのに、一つダンジョンを攻略した後くらい疲れてる気がするよ」


「生憎だけど、同感ね」


 そう呟く俺たちを見て、受付嬢が「あはは」と気まずそうに笑う。


「その、そう気を悪くなさらないで挙げてください。決して悪い人というわけではないので……」


「……まあ、そうみたいだな」


 そう返した後、俺たちは改めて冒険者登録を進めるのだった。




 約30分後。俺とリーベは完成した冒険者カードを受け取る。

 そこには名前と職業の他に、『ランク:F』という文言が書かれていた。


 先ほどは流れに乗ってリーベが魔力測定器を壊してしまったが、やはり今後を考えると必要以上に目立つのは避けたい。

 そこで、魔力測定器が壊れたのはあくまで偶然だったと主張し、Fランクで登録したのだ。

 受付嬢は俺たちに疑いを抱いていたようだが、『ご本人がそう主張されるのでしたら、私たちから強制はできませんので……』と言って受け入れてくれた。


 いずれにせよ、これでようやく別名義の身分証明書を入手できた。

 ギルドの外に出て、ホクホク顔で冒険者カードを見つめる俺を見てリーベは言う。


「それで、準備が整ったのはいいけれど、向かう先は決めてあるの?」


「ああ。色々と行きたいところはあるんだが……まずはやっぱりあそこだな」


 俺の脳裏に、プレイヤーたちから『十見殺しのゴミギミック』と悪名高かった、とあるAランクダンジョンが浮かび上がる。

 初見ではなく十見なのがポイントなのだが、それはひとまず置いておくとして。


「まずは近くの宿町町まで馬車で移動した後、徒歩で現地まで向かうつもりだ。それじゃ行くぞ」


 そう告げた後、俺はリーベを連れて乗合所に行く。

 次の出発が30分後だということなので、それまで少し時間を潰した後、とうとうこの町から出発するのだった。



 ◇◆◇



 それから約二時間後。

 俺たちの前には巨大な神殿が建っていた。

 巨大な石柱が空に向かって伸び、複雑な彫刻が壁面を飾っている。

 その威圧感と荘厳さたるや、比べるものがないほどだった。


 ――Aランクダンジョン【欺瞞ぎまん神殿しんでん】。

 ゲームにおいて、初見で攻略するのは不可能かつ、と言われたほど、厄介な仕掛けが大量に存在するダンジョンだ。


 こちらの世界では、このダンジョンが発見されてから既に1年以上経っているようだが、挑戦者の記録を見たところまだ半分にすら到達できていないらしい。

 原作でも未踏破ダンジョンとして登場していたため納得だ。


「それじゃ、行くとするか」


「ええ」


 俺とリーベは、巨大な入り口を通り【欺瞞の神殿】の中に入る。

 中には石造りの通路が10個以上存在しており、迷路の様相を為していた。


 そこでふと、地面を見た俺はあることに気付く。


「足跡が複数ある。そう時間も経ってなさそうだし、先に誰かが挑戦しに来ているみたいだな」


 このダンジョンの情報自体は公になっているわけだから、それ自体は特に不思議ではない。

 最深部までたどり着くための正解は1ルートだけではないため、遭遇する可能性はかなり低いはずだ。


「とはいえ万が一がある。武器に木剣を使う程度ならいいとして、名前や髪色は偽物のまま。ガレルを呼び出すのもやめておくか」


 戦力は減ってしまうが、それ自体は大した問題ではない。

 このダンジョン最大の特徴は多種多様なギミックにあるが、俺は前世の知識でその全てを網羅しているからだ。

 道中に出現するモンスターについても高くてBランク止まりなため、俺とリーベの敵ではないだろう。


「とりあえず最深部までは、問題なくたどり着けそうだな」


 確信とともに頷く俺。

 すると、その呟きを聞いたリーベが得意げな表情で髪をかき上げる。


「御託はいいわ、さっさと進みましょう。こんな辺鄙な場所に現れるようなダンジョンごとき、この私がさくっと攻略してみせるわ」


 そう言いながら、リーベは颯爽と歩みを進めていく。

 やけに自信があるため、正解のルートを選ぶ能力でもあるのかと思ったが、ここで俺は気付く。


「待て、ラブ!」


「何かしら? 呆けているようなら、ここに置いていくわよ?」


「そうじゃない! お前が向かっている通路は――」


 俺の制止を聞かず、一つの通路に足を踏み入れるリーベ。

 その直後だった。



 ドォォォォォンンン!



 激しい轟音と衝撃が、辺り一帯に響き渡る。

 つまるところ、リーベが足を踏み入れた通路が爆発したのだ。

 煙と砂塵が立ち込め、一瞬で視界が遮られる。


「……あー、やっぱり」


 爆風によって前が見えない中、俺は諦観気味にそう呟いた。


 ここにある複数の通路のうち、約半数はトラップとなっている。

 とはいえその大半は行き止まりになっているなどの間接的ギミックであり、殺傷力のある通路は地雷が埋め込まれた今の一つのみ。

 まさかそれに一発で引っかかるとは……コイツ、もしかしてとんでもない悪運の持ち主なんじゃないか?


 まあ、何はともあれ……


「じゃあな、ラブ。お前と過ごした日々(数日)は忘れないよ」


「死んでないわよ!」


 一人で正解のルートに進もうとしたタイミングで、爆風の中からリーベが現れる。

 大した傷を負っている様子もない。まあ、原作でもせいぜい10%HPが削れる程度の仕組みだったし……リーベの実力ならなおさらか。


 そんなことを考えつつ、俺は呆れ顔でリーベに告げる。


「事前にトラップの多いダンジョンだと伝えていたはずだぞ? 少しは気を付けろ、てっきり木っ端微塵になったかと思ったぞ」


「ならないわよ!?」


 なってたんだよなー(原作)。


 そんな軽口を叩きつつも、俺にとって初めてのダンジョン攻略が始まるのだった。

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