第41話 冒険者ギルド
冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、喧騒が俺たちを出迎えた。
中は受付と酒場の二つに分かれ、あちこちで冒険者たちの大声が飛び交っている。まさに騒乱と呼ぶに相応しい様相だった。
そんな中、俺とリーベは迷わず受付に向かった。
たまたま空いていたタイミングだったようで、すぐに栗色のボブカットが特徴的な受付嬢が迎えてくれる。
「こんにちは。本日はどういったご用件でしょうか?」
「冒険者登録がしたいんだが」
「新規登録の方ですね。それではこちらに、お名前と職業を記載してください」
渡された二枚の紙に、俺とリーベはそれぞれ書き込んでいく。
当然、記載するのは本名ではなく――
『名前:アレス 職業:剣士』
『名前:ラブ 職業:魔法使い』
――と、事前の打ち合わせ通り、ある程度のごまかしを入れてある。
俺はテキトーに本名をもじっただけだが、リーベについてはせっかくなので冒険者ラブの名前を再利用することとなった。
記入された紙を受け取った受付嬢は、一通り確認した後こくりと頷く。
「剣士のアレスさんと、魔法使いのラブさんですね。問題ありません、これをもとに冒険者カードを作らせていただき……あっ」
そこでふと、受付嬢は何かを思い出したような声を上げた。
その表情には、少しばかりの焦りが見て取れる。
「まだこれを聞いていませんでしたね。お二人はランクアップ試験をお受けになられますか?」
「ランクアップ試験?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる俺に対し、受付嬢はこくりと頷いた後、テーブルの下から水晶玉のようなものを取り出した。
それは淡く青白い光を放っており、どことなく神秘的な雰囲気を醸し出している。
「はい。新規登録者の場合、共通して一番下のFランクから開始することになっているのですが、試験を受けることで適切なランクからスタートすることができます。前衛職なら先輩冒険者との模擬戦を、魔法職ならこちらの魔力測定器に魔力を注いでいただき、その数値から決定させていただきます」
「……なるほど」
受付嬢の言葉に、俺はゆっくりと相槌を打つ。
ゲームでも冒険者ギルド自体は利用していたが、こういった仕組みがあることは知らなかった。
(ゲームじゃ、主人公たちのランクは王立アカデミーによって認定されてたからな。そのランクを冒険者ギルドでもそのまま使えたから、知る機会がなかったのか)
こういう事情なら、俺が知らなかったのも納得だ。
まあ、その辺りの詳しい仕様についてはこの際どうでもいい。
問題はランクアップ試験を受けるかどうか。
俺とリーベの実力なら、Aランクくらいまでなら問題なく到達できるとは思うが……
(それだと、さすがに目立ちすぎるよな)
前世では異世界転生系の作品も嗜んでいたため、魔力測定器を破壊して注目される経験をしてみたい気持ちはあるが……
いや、そもそも魔力測定器を使うのは魔法職だけって言ってたか?
うん、なら別にいいや。
今後の目的を考えれば、下手に目立たない方がいい。
俺は軽くリーベに目配せした後、受付嬢に向けて言う。
「いや、試験はいい。俺たちは一番下から上がっていくことにす――」
俺が最後まで言い切りかけた、その瞬間だった。
「おいおい、ガキが紛れ込んでるじゃねえか! いつからこのギルドは託児所になったんだ!?」
そんな声が、ギルドいっぱいに木霊した。
全員の注目が声の発信源に向く。
するとそこには、筋骨隆々の肉体が目立つ、大剣を背負った男性が立っていた。
彼の視線はこちらに向けられている。どうやら俺に用があるようだ。
「ま、待ってくださいゴルドさん! こちらの方は新規登録に来たばっかりで――」
「嬢ちゃんには悪いが、ここは退けねぇなあ」
そう言いながら、ゴルドと呼ばれた男は俺の前にまでやってくる。
背丈に差があるせいか、威圧感がかなりある。
実力もそう低くはないだろう。少なくともBランクはありそうな気配だ。
とはいえ、当然俺やリーベの敵ではない。
俺は真正面からゴルドを睨み返した。
「俺たちがギルドにいることに、何か問題でも?」
「問題だぁ? 確かにそうとも言えるかもなぁ……」
低く唸るような声を出しながら、ゴルドは俺の全身を舐め回すように見てくる。
その目つきは、まるで獲物を品定めする猛獣のようだった。
「見たところ、スキルを得てまだ間もない年ごろか? 持っている武器もその辺でテキトーに仕入れてきたであろう安物。そんな舐め腐った奴がやっていけるほど、冒険者はあまい職業じゃねぇんだ。それとも――」
ゴルドの声が、さらにワントーン低くなる。
「――先輩冒険者の俺が直々に、この世界の厳しさをテメェに教えてやろうか?」
ゴルドの重く威圧的な声がギルド全体に響き渡り、一瞬だけシーンと静寂が場を支配する。
次に誰が声を上げるのか。
全員が様子を探り始めた、その直後だった。
パリィン!
突然、打って変わって甲高い音がギルドいっぱいに木霊する。
全員が合わせたように、音のした方向へ視線を向けた。
注目の先にいるのは、外ならぬリーベだった。
彼女はテーブルの上に手を翳しており、その下には粉々になった魔力測定器が転がっている。
キラキラと光る破片が、まるで宝石のようにテーブルの上で輝いていた。
するとリーベは、余裕綽々とした笑みのまま自分の唇をぺろりと舐めた後、呆然としている受付嬢に向かって告げる。
「あら、少し魔力を込めただけなのに壊れてしまったわね、ごめんなさい。でも、これである程度の証明にはなったかしら?」
「えっ? あ、はい……って、え? 魔力測定器が壊れた? Sランク下位までの出力になら耐えるはずなのに……」
受付嬢は応対しつつも、未だに混乱して状況を呑み込め切れていない様子だ。
その目は魔力測定器の破片と、リーベの間を行ったり来たりしている。
リーベはそんな彼女を見てくすりと笑った後、ゴルドに鋭い視線を向ける。
その目には、先ほどまでの余裕とは打って変わって冷徹な光が宿っていた。
「えーっと、そこの貴方。確かゴルドだったかしら? 見ての通り、ご主人様には私が一緒にいるから大丈夫よ。お分かり?」
「………………」
リーベに睨まれたゴルドは、しばらく無言でその場に立ち尽くす。
彼の表情からは、先ほどまでの威圧感が消え失せていた。
しかし数秒後、彼の口がゆっくり動き始める。
「…………す」
力の差を思い知らされた結果、『すみません』とでも言うのだろうか?
俺と、そして恐らくリーベもそう思った次の瞬間、ゴルドは大声で叫んだ。
「すげぇぇぇえええええ! 魔力測定器を壊しやがったぁぁぁあああああ!?」
「「――――は?」」
奇しくも、俺とリーベの言葉がハモる。
その声には驚きと困惑が入り混じっていた。
そんな中、続けて声を上げたのは意外にも受付嬢だった。
彼女の表情には怒りの色が浮かんでいる。
「ちょっと、ゴルドさん! 何度言えばわかるんですか!? 新人冒険者にいきなり話しかけるのは止めてください!」
「なっ!? 俺はただ、経験の少なそうな新人をサポートしようと思って声をかけただけで――」
「その手段が最悪だと言ってるんです! ゴルドさんは口調も、体格も、顔も、全部が怖くて勘違いされやすいんですから!」
「それは言い過ぎだろう!?」
「いや、その通りだって!」「受付嬢ちゃん、もっと言ってやれー!」
ゴルドと受付嬢を中心に、盛り上がり始めるギルド内。
張本人であるはずの俺とリーベは、もはや蚊帳の外だった。
しばらく呆気に取られたのち、リーベがゆっくりと口を開く。
「えーっと、つまりどういうことかしら?」
「そうだな。とりあえず今のところの情報をまとめると……ゴルドは本当に俺の手助けになりたいと思って話しかけてきたんじゃないか?」
冒険者の厳しさどうこうも、単純に油断しないよう釘を刺すという意味合いだったのだろう。
俺の予想を聞いたリーベは、ピクリと眉をひそめた。
「それで、今の発言になるものかしら?」
「なるんだろうな、あの人にとっては」
何はともあれ、ゴルドに敵意がないことは間違いないだろう。
とりあえず面倒ごとを避けられたことに安堵しつつ、俺は「そうだ」とリーベに視線を向けた。
「それにしても意外だったな、お前が俺を庇うなんて。それもわざわざ
「っ、気付いていたの!?」
「後からだけどな」
受付嬢はさっき、魔力測定器はSランク下位までの出力なら耐えられると言っていた。
リーベは非常に強力な魔力の使い手だが、現時点ではそこまでの実力者じゃない。
となると、ある程度の経緯は予想はできる。彼女はゴルドを分からさせるため、強引に自分の実力を示そうとしたのだろう。
全てを見抜かれたリーベは、少し気まずそうに俺から顔を逸らす。
「仕方ないじゃない、仮にもアナタは私の主なんだから。舐められた態度を取られるのはムカつくのよ……そう、私まで弱いと思われるからね!」
顔を赤らめながら、力強くそう主張するリーベ。
想像していなかった反応に、俺は思わずくすりと笑ってしまった。
そんな俺を見て、リーベはキッと眉を吊り上げる。
その表情には怒りと恥ずかしさが混ざっていた。
「……やっぱり、そこのデカブツよりアナタの方がムカつくわね」
「そうか、それは光栄だな」
俺は笑ってそう返した後、「あっ」と一つだけ大切なことを思い出す。
そしてそのまま、真剣な眼差しでリーベに言った。
「それはそれとして、魔力測定器を破壊したのは許せない。それは本来、
「全く意味が分からないのだけれど!?」
リーベが困惑に満ちた悲鳴を上げるも、それすら冒険者たちの騒乱にかき消されてしまうのだった。
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