第32話 遷移魔力
結局のところ、原作におけるリーベの行動を総括してみると……
悪役であるレストを倒し、奪った【魔王の魂片】を自分に取り込んだ結果、その力に耐えられず爆散。
しかもその際【魔王の魂片】まで一緒に消滅し、後に復活する魔王の力を削ぐというファインプレーまで担ってのける。
以上のように、威厳のある感じで出てきた作中初めての魔王軍幹部の割には、主人公サイドに都合のいい行動ばかり取っていたのだ。
その散り際の芸術的なまでのお粗末さも相まって、
『木っ端微塵ちゃん』という愛称も最早懐かしく感じるくらいだ。
果たして不遇と言うべきか、はたまた優遇されていると評すべきか。
そんな実に捉えどころのない存在こそ、『剣と魔法のシンフォニア』におけるリーベというキャラだった。
前世の知識を思い出しながら立ち尽くす俺の前で、リーベは未だにぷるぷると全身を震わせている。
「も、もう一度だけ聞くわ。どうしてアナタがそんなことを知ってるの? 魔王軍でも幹部クラスにしか明かされていない情報のはずだけれど……」
「さあな。俺の口から教えられるのは、これが精いっぱいだ。あとは自分の不運でも呪ってくれ」
先ほどリーベが放った台詞を、そっくりそのまま返してやる。
すると案の定、彼女の顔がぴくりと痙攣した。
「……いいわ。そこまで言うのなら、容赦なくやらせてもらうとしましょう。死んだ方がマシと思うほどの苦痛を与えた後、アナタから全てを聞き出してあげるわ!」
気が触れたように叫ぶリーベ。
その叫びに応じるようにして、周囲に膨大な魔力が渦巻き始める。
次の瞬間、それらは剣や矢など、あらゆる武器の形へと変貌を遂げた。
「よぉく見ておきなさい。これこそ、この私だけに与えられた特別な力――」
「
「そう、遷移魔力――って、先に言わないでよ! いや、そもそもなんでアナタがそんなことまで知ってるの!? もう何だか怖くなってきたわ! 本当にアナタ何者なのよ!?」
怒りに我を忘れ、顔を真っ赤に染め上げるリーベ。
そのまま彼女は両手のひらを俺へと向ける。
「もう許さないわ、覚悟しなさい!」
その言葉を合図に、十数もの武器が一斉に襲いかかってくる。
それぞれが確かな殺傷能力を秘めているのはひと目で分かった。
だが俺は冷静に、紙一重のタイミングでそれらを回避していく。
(問題は、ここからだな……)
一度リーベに視線を向ける。
ここまでのやり取りで少し緊張感が薄れ勘違いしそうになるが、彼女は仮にも魔王軍の幹部クラスなのだ。
その実力は折り紙付きで、油断など許されない。
ゲーム中でも、彼女の強さはAランク上位に匹敵するとされていた。つまり先ほど倒したオーガ以上の強敵ということだ。
リーベの身体能力そのものはそれほど高くはない。だが、それを補って余りある能力を彼女は持っていた。
それこそまさに、今も目の前で披露されている
その効果は、自在に魔力の形態を変化させられるというもの。
魔力から剣などの物質を作り出せるだけでなく、逆に物質を魔力へと還元することも可能なのだ。
その危険性が分かるだろうか?
たとえば俺が何の防御もなしにリーベに触れられれば、ただそれだけで肉体が分解され死に至る。
まさしく魔王軍幹部にふさわしい規格外の力というわけだ。
相手との魔力量の差が大きければ通用しないなど、多少の制約はあるようだが……
それを差し引いても、厄介この上ない能力だということに変わりはない。
このまま単独で俺が勝利を掴むのは難しいだろう。
だからこそ――
「ガレル!」
「バウッ!」
敵の攻撃を一通り躱し終えた後、俺は再び異空間からガレルを呼び出す。
その光景を目にしたリーベは、愉悦に歪んだ笑みを浮かべた。
「あら、さっそく再召喚するのね? けれど犬コロが一匹増えたぐらいで、私に勝てるとでも思ってるのかしら?」
そう告げた後、彼女は魔力の変換を加速させる。
彼女の意のままに作り出される剣や矢。
それだけでなく、今回は炎の槍や風の刃までもが出現している。
攻撃のバリエーションが格段に上がり、回避はより困難になるだろう。
だが、こちらにも戦略はある。
「ガレル、基本は回避に徹するんだ! 攻撃する時は風魔法に限定しろ! それから間違っても、リーベに触れられるような距離までは近付くな!」
「ガルゥ!」
力強く吠えて意思表示するガレル。
今の指示はリーベにも聞こえていたようで、彼女は歯痒そうに顔をしかめた。
「私への対策まで的確だなんて……本当に腹立たしい」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
ウォーミングアップはこれにて終わり。
ここからが、正真正銘の第一ラウンドだ。
◇◆◇
「サイクロンブラスト!」
「バウゥ!」
「くっ……厄介な……」
戦闘が開始されて、約五分が経過した。
今のところ、優勢に戦いを進めているのは俺たちだ。
リーベの脅威は、なんといってもその特異な能力に集約されている。彼女の生み出す武器や魔法にしても、パワーやスピードが飛びぬけているわけではない。
立ち回り次第では、対処するのもさほど難しくはないのだ。
俺とガレルはリーベを挟むような位置取りを徹底し、風魔法で次々と彼女を攻め立てる。
このまま畳み掛けていけば、勝利は時間の問題。
そう思われた直後だった。
「もう、ウンザリよ!」
「「――――ッ!」」
ドンッ、と。
リーベの全身から放出される魔力が一気に膨れ上がる。
触れることはおろか、近付くことすら憚られるほどの圧倒的な威圧感だった。
「……やっぱり、使ってくるか」
それを見た俺は、思わず眉をひそめた。
これはゲーム中のリーベも使用していた最終奥義。
状態名:【魔力の女王】。
一時的に体内の魔力を全放出し、触れたものを全て魔力へと還元する消滅の鎧を身に纏うという奥の手だ。
この姿のリーベはいわゆる無敵状況であり、主人公たちのどんな魔法も通用しなかった。
ただし当然、それ相応のリスクも孕んでいる。
発動中は継続してリーベ自身の体力が削られていくのに加え、ゲームにおいては【魔王の魂片】の力も相まって出力が高まりすぎた結果、制御不能に陥り爆散。
無様な最期を遂げたほどだ。
(だが、ゲームと今では状況が違う)
目の前のリーベはまだ【魔王の魂片】を手に入れていない。
放っておくだけで自滅するなど、甘い期待は禁物だろう。
しかし逆に言えば、【魔王の魂片】なき今のリーベでは出力そのものは抑えられているはず。攻撃を通す手段は間違いなく存在する。
「……ここからが正念場だな」
こうして、第二ラウンドが幕を開けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます