第33話 王と女王

 【魔力の女王】状態を発動したリーベ。

 彼女の纏う雰囲気が、重く冷たいものへと一変する。


(今のリーベに、攻撃のチャンスを与えるわけにはいかない!)


 俺は素早くガレルに目配せをした後、全身全霊で魔力を練り上げた。


「エアロバースト!」


「バウッ!」


 俺たちの全力の魔法が、まるで本物の砲弾のようにリーベに直撃する。

 爆風が砂塵を巻き上げ、視界が遮られた。


 しかし――


「【魔力の女王】状態の私に、この程度が通用すると思ったのかしら?」


 やがて舞い上がった砂埃が晴れると、そこには傷一つないリーベの姿があった。

 俺たちが繰り出した魔法では、消滅の鎧を突破することすらできなかったのだ。


「それじゃ、次はこちらの番ね」


「――――」


 そう吐き捨てるように言うなり、リーベが俺に向かって駆け出してくる。

 その姿勢には一切の迷いがなく、魔法を受けることへの恐怖も感じられない。

 無敵の力に守られた今だからこそ為せる、正面からの特攻だ。


 このままリーベの懐に飛び込むのは危険すぎる。

 真っ向勝負では到底敵わない。だとすれば、あとは速さで翻弄するしかない。


「――――浮遊!」


「なっ!?」


 風属性の補助魔法、浮遊。

 本来は体に風を纏わせ、その風圧を操作することで空を飛ぶための魔法だ。

 だが今回は出力だけを利用し、一気に加速して高速移動を実現する。そこに身体強化の効果も加わり、俺はあっさりとリーベから距離を取ることができた。


 しかし、そう簡単に逃がしてくれるほどリーベは甘くない。


「これは驚いたわ……たったそれだけのスピードで逃げ切れると信じている、アナタの愚かさにね!」


 憤怒の叫びと共に、リーベの鎧が歪み、形を変える。

 次の瞬間、そこには幾重にも連なる鞭の群れが出現していた。


「ただこの手で触れる以外にも、私には攻撃の手段があるのよ!」


 リーベに操られ、消滅の力を秘めた鞭が縦横無尽に空間を舞いながら俺とガレルに襲いかかる。

 その数と速度はこちらを上回っており、ただ回避に徹するだけでは到底躱し切れない。


 だが、ここでやられるほど俺たちも甘くはない。


(手数の多さは厄介だが、一本一本の魔力量は決して多くない。これなら――)


「【纏装てんそう風断かぜたち】!」


「ガルゥッ!」


 俺とガレルが風の刃を纏い、襲い来る鞭の群れに応戦する。

 キィンッと甲高い音を立てながら弾かれた鞭は、そのまま周囲の木々へと激突した。

 幹が一切の抵抗なく真っ二つに断ち切られ、重々しい音を立てて倒れていく。


(思った通り、纏装の魔力出力の方が上回っているみたいだな)


 その結果に、リーベが苛立たしげに舌打ちをする。


「今の攻撃は私の本気の片鱗に過ぎないとはいえ、まさかこうも易々と躱されるとはね。けれど、奇跡は永遠には続かないわ。それを今から証明してあげる!」


 息をつく間もなく、さらなる数の鞭が俺とガレルに向けて放たれるのだった――



 ◇◆◇



「ふぅ……」


「……グルゥ」


「はあっ、はあっ、思ったよりもしぶといじゃない、アナタたち」


 数分に及ぶ攻防の末。

 俺たち三者は互いに距離を取りながら、荒い息をついていた。

 鞭により周囲の木々は全て斬り落とされ、森の中とは思えないほど日差しが強く照っている。

 無数の攻撃を防ぎ切った、俺とガレルの奮戦ぶりを物語る光景だ。


 だが。

 ひたすらに攻撃を繰り出せばいいリーベと、一つのミスすら許されない俺たち。

 どちらにより大きな疲労が蓄積されるかは、火を見るより明らかだった。


 この膠着状態はリーベにとって、トドメを刺す前の最後の猶予に過ぎない。

 そんな状況を冷ややかに見据えながら、リーベが鋭い視線を俺に向ける。


「でも、残念ながらそれもここまでよ。【魔王の魂片】を回収しなければいけない以上、殺してしまわないように気を付けるのは面倒だったけれど……もうアナタたちに私の攻撃を防ぎ切る余力は残ってない。そうでしょ?」


「……その通りかもな」


 リーベの言葉は間違っていない。

 互いに疲弊しつつあるとはいえ、体力的な余裕があるのは彼女だ。

 ここでもう一度鞭の雨を浴びれば、俺とガレルがやられるのは確実だろう。

 リーベは何の躊躇もせず、ただ魔力を全て攻撃に注げばいい。

 ただそれだけで彼女は勝利を掴むことができる。


 俺たちにとって、まさに絶体絶命の状況。

 リーベが勝利を確信するに足る、状態の格差。

 そのことを全て理解したうえで、俺は――



(これでようやく、



 ――そう、小さな笑みを浮かべた。


 俺は心の中で歓喜を悟られぬよう、平静を装ってリーベに問いかける。


「なあリーベ、最後に少しだけ訊いてもいいか?」


「あら、何かしら? ここまでの健闘を称えて、私の気分がいいうちなら答えてあげてもいいわよ?」


 それは随分と寛大だ。

 俺は一度深呼吸をし、リーベとの距離を詰めないよう気を付けながら切り出した。


「さっき俺が言ったことを覚えているか? 俺はお前の狙いを全て見抜いたうえで、誘いに乗ってここまでやってきたと」


「……ええ。悔しいけれど、アナタのここまでの立ち回りを見るに、本当にそうだったようね。けれどそれがどうかしたのかしら?」


「なぜ、俺がそうしたと思う?」


「なぜ……?」


 首を傾げ、理解に苦しむといった様子のリーベ。

 俺はそんな彼女に向け、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「答えは単純で、そちらの方が都合がよかったからだ。お前の正体を見抜いた時点で不意打ちを仕掛ける選択肢はあった。だが、不利を察したお前が【魔力の女王】状態となり逃げに徹されれば、俺でも仕留め切れる自信がない。だから、ここ――に誘き寄せることを選んだ」


 淀みなく、自らの考えを説明していく。

 一方のリーベは、段々と苛立ちを隠せなくなっているようだった。


「テリトリーですって? 普段からここの探索をしていて慣れているということかしら? そんなこと、今さらなんの利点にも――」


「違う、そうじゃない。リーベ、お前は大切なことを一つ見落としている」


「大切なこと?」


 俺は静かに頷く。


「重ねて問う。そもそも俺がどうやって麻痺を回避したと思っている? さっきまでのお前は偶然だと思い込もうとしていたが、今ならそうじゃないことくらい分かっているはずだ」


「っ!?」


 リーベが絶句する。

 ここまで、俺は彼女の情報をことごとく言い当ててきた。

 だからこそ、今の彼女なら思い至るはずだ。俺には最初から麻痺への対抗手段があったのだと。


 彼女は戸惑いと焦燥を抑えきれないとばかりに、声を荒げ始める。


「さっきからアナタ、何が言いたいの!? 麻痺毒への対策を持っていたからって、それが何だと言うのよ! その程度のことで、今さら私が動揺するとでも――」


「答えは、加護だ」


「――……え?」


 想定外の言葉だったのか、リーベは虚をつかれたように目を見開いた。

 対する俺は、一気呵成にまくし立てる。


魔王軍お前たちなら知っているはずだ。この地に君臨する、


「ま、まさか……!」


 ようやくその発想にたどり着けたのだろう。

 リーベが狼狽しつつ、それでもまだ信じられないといった調子で絶叫する。


「ありえないわ! アナタは自分が何を言っているのか理解しているの!? この地に存在し、それだけ高度な加護を与えられる存在なんて一体しか――」


 その時だった。

 晴れ渡っていたはずの空が、瞬く間に影に覆われていく。

 俺たちは同時に顔を上げ、そして見た。

 まさに天を裂かんばかりの風格で、悠然と羽ばたくその姿を。




 この森の頂点に君臨する、比類なき最強の存在――黒竜ノワールを。




 俺と初めて対峙した時は10メートル程度だった全長は、テイムの影響かなんと15メートル近くにまで成長を遂げている。

 黒々とした鱗が覆う巨躯から放たれるオーラは、まさしく圧倒的の一言だった。


「………………」


 その凄まじい気配に圧倒されて言葉を失うリーベ。

 そんな彼女を横目に、俺はここまでの経緯を振り返っていく。


 冒険者ラブを名乗り、俺の前に姿を現したリーベ。

 その時点で俺は彼女の狙いを看破していた。

 そしてそれを利用し、逆にこちらから彼女を始末すると決めた時点で、同時に幾つかのパターンを想定していたのだ。


 考えうる中で最悪のシナリオは、『俺のテイムが特別だとバレた上で、リーベに逃げ切られ魔王軍内に情報を共有される』――これだった。

 今の俺の実力では、他の魔王軍幹部にはまだ敵わない。

 故に、ここで確実にリーベを仕留め切る必要があった。


 しかし、だ。

 ゲームにおいてリーベは、レストの使役する魔物が全滅してから初めて彼に手を出した。

 そこから分かるように彼女は慎重な性格。勝利を確信した状況でなければまず戦いを仕掛けてこない

 実際、公式から出されているキャラ紹介にも『プライドが高い割には、生きることに執着する慎重な性格』という一文があった。


 だからこそ、先ほどオーガが襲来した時。

 俺はそれがリーベの仕業だと見抜きながら、あえて誘いに乗った。

 ただ撤退を選ぶのでも、一人で立ち向かうのでも、ましてやノワールを呼んで三人で圧倒するのでもない。

 あくまで俺とガレルの二人だけで戦った末に辛勝する――それが最善だと判断して芝居を打ったのだ。

 俺のテイムが特別であると知らせるだけでなく、あれが俺たちの全力だとリーベに誤認させるために。


 案の定、リーベはその罠にはまった。

 麻痺毒という保険を用意しつつも、いざとなれば力押しで勝てる相手だと彼女が判断したからこそ、こうして正体を現して勝負を挑んできたのだ。

 そして、切り札である【魔力の女王】も惜しげもなく使ってくれた。


 しかしそれは全て、俺の手のひらの上で行われた選択。

 ゲーム中のイベントと、リーベの性格。

 その双方を知る俺だからこそ生み出すことのできた状況だった。


 そしてオーガ襲来の時点でこの状況を予期していた俺は、もう一つ重要な手を打っていた。

 テイムによって生まれた経路パスを通じ、ノワールに助力を求めていたのだ。

 そうして身を潜めてもらい、ここまで気配を消してもらっていた。


 全てはリーベをこの場で倒しきる、ただそれだけのために。


「もう気付いただろ? あの黒竜は、俺が使役している魔物だ」


「そんな、ことが……」


 俺は高らかに手を挙げ、リーベに向かい宣言する。



「単純な話だ。お前が【魔力の女王】を名乗るのなら――こちらは【】をもって対抗する」



 そう言い放つなり、俺は掲げた右手を力強く振り下ろした。


「頼む! ノワール!」


『ルァァァァァアアアアアアアアアア!』


 天を割るかのような咆哮が、森全体に木霊する。

 その声に呼応するように、眩い光の奔流がノワールの口から迸った。

 俺に放った時のような、まがい物とは違う。

 身を潜めている間にも溜め続けた魔力を総動員した、まさしく魔力の王による全身全霊の一撃だ。


 純白に輝くその一撃が自分に迫ってきているのを見て、リーベはようやく我に返ったようだった。

 だが時すでに遅し。最早、どうあがいても逃れられはしない。


「ありえないわ! 人間風情が、竜を使役できるなんて――」


 強烈な閃光と轟音。

 ノワールのブレスは消滅の鎧を易々と貫通し、リーベの体に降り注ぐのだった。



――――――――――――――――――――――


ノワール、堂々参戦!

第一章を通してトップクラスに力を入れた回でもあるので、皆様に楽しんでいただけたなら作者冥利につきます。

次回は決着編となります。どうぞお楽しみに!

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