第27話 深層と同行人

 魔物の襲撃があった翌日。

 王都へ戻ることになったシャロを見送るため、俺は屋敷の玄関先に立っていた。


 少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら、シャロは俺に向かって言葉を紡ぐ。


「残念です。今回はもう少し、レスト様と一緒に剣友修行けんともしゅぎょうをできると思っていましたのに……」


「剣友修行」


 またここに一つ、新しい造語が生まれた。

 というのはどうでもよくて。


 本来であれば、シャロたちはあと数日この屋敷に滞在する予定だったのだが、先の魔物襲撃事件を考慮し早めに帰還することになった。

 もしあの襲撃がシャロを狙ってのものだとしたら、一刻も早くここから離れた方がいいというわけだ。


 その帰還の手段も通常なら馬車を使うところだが、今回はなんと転移魔法陣が用いられるという。

 あれは膨大な魔力と人手を要するため、王族ですらめったに使えない代物だ。それだけ事態が深刻だと判断されたのだろう。


 その話を聞いた俺は、ふと前世の知識を思い出していた。


(転移魔法陣か……ゲームでは町と町を移動するためにポンポンと使ってたけど、それも特殊な動力源を手に入れた中盤以降からだったな)


 多くのRPGに見られる、物語の節目で急に導入される便利な移動手段。

 飛行船や船、場合によっては魔物など様々だが、『剣と魔法のシンフォニア』においてはそれが転移魔法陣だったというわけだ。


 っと、そんなことはさておき。

 ここにはシャロやエステル以外もいるため、俺は丁重な口調でシャロに言葉をかける。


「大丈夫ですよ。昨日シャルロット様が見せてくださった剣と魔法は、どちらも目を見張る上達ぶりでした。私と一緒でなくともまだまで成長できるはずです」


「……そう、ですね。ええ、レスト様の仰る通りです」


 一瞬切なげな表情を見せるシャロだったが、すぐに力強い笑みを取り戻す。


「それに今回は、レスト様から新しい特訓方法も教えていただきましたから。次にお会いする時までにもっと力をつけて、レスト様を驚かせてみせますね!」


「はい、楽しみにしています」


 そんな言葉を交わし、俺たちは別れを告げるのだった。



 シャロたちを見送った直後のこと。

 傍らにいた使用人の一人が、俺に話しかけてくる。


「レストお坊ちゃま、旦那様がお呼びでございます」


「……?」


 少し首を傾げつつ、俺はガドのいる執務室へと向かった。


(シャロが帰ったこのタイミングで呼び出しってことは、そろそろ深層の調査を命じられるのかな?)


 そんな予感を胸に、俺は執務室の扉を叩く。


「レストです」


「入れ」


 中に入ると、神妙な面持ちを浮かべたガドが待ち構えていた。

 そしてさっそく本題を切り出してくる。


「レスト。お前には今日から、『アルストの森』の最深部を調査してもらう」


(やっぱりか……!)


 俺の予想は見事に的中した。

 とはいえ深層はかなりの危険地帯である。そこを息子一人で調査しろとは……ガドから俺に対する敵意は想像以上に大きいようだ。


 そう驚く俺だったが、その直後、さらに衝撃的な言葉が続いた。


「だが安心しろ、レスト。流石にお前一人で最深部に挑むのは危険だ。そこで一人、護衛をつけることにした」


「……はい?」


 ガドが俺に護衛を? いったい何を考えているんだ?


 困惑する俺の前で、ガドは話を続ける。


「紹介する。入ってこい」


「かしこまりました」


 妖艶な響きを孕んだ声と共に、執務室の扉が開く。

 そこから入ってきた女性の姿に、俺は思わず言葉を失ってしまった。


 第一印象として感じたのは、比類なき優雅さと気品の高さだ。

 鮮血を思わせる深い紅色の髪は頭の後ろで丁寧に束ねられ、明るい黄色の瞳は柔らかな曲線を描いて細められている。


 身に纏うのは動きやすさを重視した、魔法使いがよく好んで着用するタイプの服装だった。

 両腕や太腿の所々に巻かれたベルトには、魔法の媒介となる宝石や小道具が括り付けられている。明らかに後衛として戦うことを意識した出で立ちだ。


「………………」


 余りの衝撃に、俺は声もなく立ち尽くすばかりだった。

 そんな俺に気付いたのか、女性は優雅に一礼をしてみせる。


「ご紹介にあずかりました。私はBランク冒険者のラブと申します。アルビオン侯爵からの指名を受け、レスト様の護衛を務めさせていただく運びとなりました」


「………………」


 丁寧に自己紹介されても、俺は微動だにすることすらできない。

 沈黙が続く俺を見てラブは小首を傾げた。


「どうかされましたか、レスト様? 私の顔に何か付いているでしょうか……?」


「……いや、そんなことはない。気にしないでくれ」


 我に返った俺は、ラブに冷ややかな口調で言い放つ。

 それを見たガドは不満そうに眉をひそめた。


「ちなみにだがレスト、これは命令だ。護衛を付けることを断るなど許さぬ。何せお前の身を案じてのことなのだ。分かってくれるな?」


「……かしこまりました、父上」


 本心からの言葉とは到底思えない。

 だが、ここで反発したところでどうにもならないだろう。


 しぶしぶ了承の意を示すと、ラブは喜びの笑みを浮かべて近づいてきた。


「ありがとうございます、レスト様。これからどうぞ、よろしくお願いしますね」


「……ああ」


 こうして俺は、彼女と共に深層部へと向かうことになったのだった。

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