第26話 愚かな父親②【ガド視点】

 アルビオン侯爵家の執務室。

 そこでは当主のガドが、悶えるように頭を抱えていた。


「なぜだ……なぜこんなことになっている……!」


 事の発端は先日、ガドがレストに『アルストの森』の調査を命じた日まで遡る。

 当初ガドは、調査の過程でレストが命を落とす、もしくは二度と戦えないほどの重傷を負うことを期待していた。


 そこでまずは、比較的ランクの低い魔物が出現するエリア浅層から任せることにしたのだが……


 それから一週間が経過してもレストが怪我をしたという報告は一度もない。

 それどころか毎日、満足気な表情で屋敷に戻ってくる始末だった。


(いや、ここまではまだ想定内だ。焦る必要はない)


 ここからが本番とばかりに、ガドは続けて、より危険度の高いエリア中層の調査をレストに命じた。


 あのエリアにはガレウルフ級の強力な魔物が当たり前のように出没する。

 一体ならばまだしも、複数体に囲まれればレストに勝ち目はないはず。

 そう確信し、高らかに笑い声を上げるガド。


 ――だが、現実は非情だった。


 新たに指令を与えてから一週間。

 またしてもレストは、難なく調査を成し遂げ続けていたのだ。

 それはもはや、アカデミーに入学すらしていない者が到達できる領域ではない。

 なぜ【テイム】という外れスキルしか持たない奴にそんなことができるのか、ガドには全く理解ができなかった。



 そして本日。

 ガドにとって追い打ち――否、トドメとも言うべき事態が発生した。



「何だと!? 町に現れた魔物を、レストと殿下が退治したというのか!?」


 突如として街中に魔物が出現し、それをレストとシャルロット、そして従者のエステルが力を合わせて殲滅したとの報告が入ってきたのだ。

 なぜ街中に魔物が現れたのかという疑問はあるが、それ以上にレストとシャルロットが問題を解決したという事実の方がガドには重要だった。


 窮地に陥った領民たちを救ったことで、二人の評判は急上昇しているという。

 レストの名声を地に落としたいガドにとって、それは断じて看過できない事態だった。


「まずい、まずいぞ……これ以上レストの評判が上がれば、奴が命を落とした際、私への追及も増すはず。さらに今回もまた、殿下がその証人となっているのだ。これ以上この計画に時間をかければ、取り返しのつかないことになる……!」


 決めるなら、ここが最後のチャンスだ。

 そう覚悟を決めたガドは、明日にも最終エリア深層への調査を命じることにした。

 あのエリアは、ガド自身ですら油断すれば命を落としかねない程の魔境。そもそも単独での探索を想定していないほどの危険地帯なのだ。

 これまで奇跡的に生き延びてきたレストとはいえ、今回ばかりは必ずや命を落とすだろう。



「――本当に、そう言い切れるのか?」



 だがふと、ガドの確信に陰りが差す。

 ガドの予想が正しければ、レストはとっくの昔に死んでいたはずなのだ。

 それがこうも長らえているということは、普段ならありえないことが起こっている証拠。

 念には念を入れるべきかもしれない。


「そうだ。たとえば、単にレストの不運を期待するだけでなく、私自らの手でその状況を作り出すというのはどうだ?」


 具体的には、暗殺者を雇うなどして。

 ガドは貴族の身でありながら、そういった違法な依頼を引き受ける裏の組織とも多少の繋がりがある。

 彼らに依頼して深層でレストを始末してもらえば、証拠も残らず目的を達成できるはずだ。


「フハ、フハハ! これぞまさに完璧な計画! 全ては貴様が悪いのだ、レスト! 貴様が生きているというだけで、私の立場が脅かされているのだから――」




「――ええ、私もあなたの意見に賛成よ」




 そのとき、執務室に艶やかな女性の声が木霊した。


「っ、何者だ!?」


 予期せぬ来客に、ガドは慌てて振り返る。

 するとそこには、フードで顔を隠した謎めいた女性が佇んでいた。


 ガドの額に冷や汗が伝う。


(今の今まで、まったく気配を感じなかった。こいつはいったい……!?)


 緊張感が走る中、女性は悠然と言葉を紡いでいく。


「けれど一つだけ。あなたの計画には少し瑕疵かしがあるわ。だから、代わりにこんなのはどうかしら――」


 ガドの警戒を一切気にすることもなく、女性は語り続ける。

 このままではまずいと考え、ガドは咄嗟に腰の剣に手をかけようとするが……無意識にその動きを止めた。


(なん……だ? 頭がぼんやりとして、思考が曖昧になっていく……)


 まるで、夢の中にいるかのような不思議な感覚。

 女性の言葉がスムーズに、抵抗なくガドの意識に入り込んでくる。


 その結果、


「ああ、そうだな……それがいい……」


 ガドは女性の提案を、何の疑問も抱くことなく受け入れた。


 その様子を見届けた女性は、「フフッ」と妖艶に微笑む。


「これで準備は整ったわね。レスト・アルビオン、あなたが隠している秘密……この私が暴いてあげるわ」


 女性の声だけが、執務室に冷たく響き渡るのだった。

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