第28話 冒険者ラブ
『アルストの森』の探索を開始してから約1時間後。
俺とラブは浅層を突破し、現在は中層を歩いていた。
俺は視線だけで、後ろにいる彼女の様子をそっと窺う。
(護衛として冒険者を雇ったってガドは言ってたけど……まず、そんなことはありえない)
普通に考えたなら、彼女を同行させる理由は二つに絞られる。
一つは、調査の途中に事故を装って俺を殺そうとしている場合。
もう一つは、【テイム】しか持たない俺がどうやってこの森を探索しているのか、その真相を監視する目的の場合だ。
いずれにせよラブが敵であることは間違いなく、そうなるとテイムについても徹底的に隠す必要がある。
ガレルを使役するなんて論外だし、風魔法を使うことすら控えた方がいいだろう。
(もっとも、こいつがただの刺客だったら……の話だけどな)
俺は心の中で小さくそう零す。
するとその時、不思議そうな声が後ろから響いた。
「おかしいですね。こんなに森の中を歩いているというのに、まだ一度も魔物と遭遇していないだなんて……」
その疑問に、俺はあらかじめ用意していた答えを即座に返す。
「できるだけ魔物とは遭遇しないよう、警戒しながら進んでるんだ。父上から命じられたのはあくまで森の調査だから、無理に戦う必要はないだろうし」
「なるほど! それは実に賢明な判断ですね。さすがはかのレスト様です」
どこか含みのある物言いにも聞こえたが……そんな会話を交わすうち、俺たちはとうとう深層へとたどり着いた。
明らかに漂う魔力の気配が変わったのを見て、ラブが緊張した様子で喉を鳴らす。
「ここからが最深部なのですね。少し緊張してしまいます」
「……そうだな」
ラブとそんなやり取りを済ませ、俺たちは意を決して深層へと足を踏み入れた。
それから数十分ほど探索を続けると、ようやく初めての魔物に遭遇した。
「グガァァァアアアアア!」
姿を現したのは、豚のような頭部に強靭な肉体を誇る魔物だった。
手には大振りの石斧を携え、その目は血走っている。
オークジェネラル。
Bランク中位に指定されるかなりの強敵だ。しかも奴は
その証拠に――
「ガアァァァ!」
「ギュルゥゥゥ」
奴の後ろから、次々とハイオークやオークの群れが姿を現す。
その数は十体近くにも上るだろうか。一体一体はせいぜいD~Cランク程度の雑魚だが、問題はその数だ。
ガレル抜きで戦うのは、俺でも少し骨が折れる。
(……仕方ない)
俺は剣を抜くと、後ろに控えるラブに向かって指示を出す。
「俺が前衛で敵の気を引く。お前は隙を見てトドメを刺してくれ」
「かしこまりましたわ」
探索を始める前に、彼女が魔法使いであることは聞いていた。
ラブも不満はないのか力強い同意を返してくれる。
そしてとうとう、戦闘の火蓋が切られた。
ガレルの援護も、纏装を含む風魔法の使用も封じられた中、俺は囮として魔物たちの注意を一身に引き受けていく。
これまでの修行の成果やテイムで得たステータス上昇が効いているのか、思ったより容易に成し遂げることができた。
「準備ができましたわ!」
「分かった」
そしてそうこうしている間に、ラブの準備も完了する。
俺はラブの邪魔にならないよう、素早くその場から後ろに下がった。
その直後、
「ファイアージャベリン!」
炎属性の中級魔法、ファイアージャベリン。
それをラブは魔物の数だけ同時に展開し、一斉に解き放った。
炎を纏った無数の槍が、勢いよくオークたちに襲いかかる。
硬い皮膚を容易に焼き焦がし、火炎渦巻く槍先が心臓を一突きにする。
「ガ、ガァァァァァ!」
オークたちが次々と倒れていく中、最も頑丈なオークジェネラルだけは何とか持ちこたえていた。
ヤツは怒りの視線をラブに向ける。
だが、それが致命的な隙となった。
「俺から目を離したな」
「ッ!?」
隙ができるタイミングを狙って懐に飛び込んだ俺は、そのまま木剣を力任せに突き出す。
炎槍によって穿たれた傷口を木剣が貫き、オークジェネラルの心臓へと到達した。
「ァ、ァァァァァア」
断末魔を上げ、そのまま崩れ落ちるオークジェネラル。
こうして俺たちは、深層での初陣を勝利で飾った。
魔物の全滅を見届けたラブが、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「やりましたね、レスト様。素晴らしい戦いぶりでした」
「いや、俺はただ囮と、最後の一押しをしただけだ」
「そんな、ご謙遜なさらずとも……っ」
そこで不意に、ラブの体がぶるりと震えた。
彼女は赤面しながら、おずおずと口を開く。
「そ、その……大変申し訳ないのですが、少しだけ席を外させていただいても?」
「ああ、構わない」
どうやら、そういうことらしい。
俺の許可を得るなり、ラブは足早にその場を離れていった。
それから待つこと、約五分後。
「……だいぶ時間がかかってるな」
一向にラブが戻ってくる気配がない。
そろそろこちらから探しに行くべきかと思案していた、その時だった。
「ヴルァァァァアアアアアアアア!!!」
突如として、どよめくような咆哮が森全体に轟く。
先ほどのオークジェネラルとは比べ物にならない迫力。その音圧で木々が大きく揺さぶられるほどだ。
「なんだ?」
声の発せられた方角を振り返った俺の目に、信じ難い光景が飛び込んできた。
身の丈は優に5メートルを超えるだろうか。
額からは一本の角が生え、金色に輝く鋭い眼光はこちらを睨みつけている。
大きな口からは恐ろしげな巨大な牙が二本、むき出しになっていた。
全身の筋肉は岩のように盛り上がり、その肌は濁った血で塗りたくられたかのように禍々しい雰囲気を撒き散らしている。
そして丸太のような腕には、2メートルを優に超える大剣が握られていた。
俺は目を見張り、重たい声を零す。
「まさか、オーガだと……!?」
Aランク中位指定の魔物――オーガ。
黒竜という例外を除けば、ここ『アルストの森』の頂点に君臨する存在だった。
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