第21話 二回目のテイム
黒竜の放ったブレスが、あっという間に俺の全身を包み込んでいく。
眩い光に視界を奪われながら、俺は圧倒的な魔力の奔流の中に飲み込まれた。
魔力に晒された肌が焼けつくような熱さを感じる。
今の俺の実力では、到底耐えきることのできない規格外の魔力量だ。
このまま意識を失い、ブレスによって蒸発させられてしまうのだろうか……そんな考えが一瞬頭をよぎった。
だが、その数秒後――
「……無事、みたいだな」
ブレスが放たれ終えた時、そこには傷一つない俺の姿があった。
「ガルゥ!?」
『…………』
驚きの声を上げるガレルと、その場から一歩も動かない黒竜。
二体の視線を受けながら俺は静かに頷いた。
「やっぱり、こういうことだったか」
そう呟きながら、俺の口元には笑みが浮かんでいた。
自分の考えが正しかったことを証明できた俺は、満足感と共に黒竜を見据える。
そもそも、ブレスを受ける前の時点で俺はこう考えていた。
――黒竜に俺たちを傷つける意図はない。
さらには、そんな黒竜の意図を俺たちが見抜けるかどうか、待っているようにすら感じた。
だからこそ、俺はある仮説を試してみることにしたのだ。
これまでの戦闘の中、唯一俺に直撃しそうになったのはブレスのみ。
ならば逆に、ブレスだけは受けても大丈夫なのではないか――と。
(まあ当然、万が一に備えて、全身に大量の魔力を巡らせた保険付きではあったんだけど……)
何はともあれ。
結果は見ての通り、俺の予想は正しかった。
表面上は圧倒的な破壊力を内包しているかのように見えたブレスだが、実際に受けてみるとほとんどダメージは発生しなかったのだ。
ではそれは、黒竜の実力が未熟だから? 否、そんなことはない。
黒竜は初めからブレスに、俺を倒せるほどの魔力を込めてなどいなかったのだ。
表面部分だけを高密度の魔力で偽装し、内側は空っぽにしていた。
そのためにはずば抜けて高度な魔力操作技術が必要不可欠だが……この世界において竜は魔力の王と称される存在。
そんな黒竜にとって、この程度のことは容易いはずだ。
「んでもって、肝心なのはわざわざそんなことをした黒竜の真意だが――うおっ」
そう口にしようとした、次の瞬間だった。
目の前にメッセージウィンドウが現れる。
『黒竜が、大いなる力を示すだけでなく、遥かなる先祖と同じように人々を守りたいという自分の誇りを見抜いてくれた貴方に敬意を抱いています』
『黒竜が使役可能になりました。テイムしますか?』
そこには黒竜の真意と、俺からのテイムを受け入れる旨が書かれていた。
「……やっぱり、そういうことだったんだな」
俺の予想は正しかった。
黒竜はまだ幼体とはいえ、既に先祖の記憶を思い出していたようだ。
この国の守り神として人々を守ってきた記憶を持つ黒竜にとって、罪のない人を傷つけるために自らの力を使われることを良しとしないのだろう。
だからこそ黒竜は試した。
自分が振るう攻撃に、罪のない人――つまり
俺がそれに気付き、その誇りを尊重したからこそ、こうして黒竜はテイムに応じてくれる気になったのだろう。
俺は一度だけ大きく頷いた後、黒竜に手を差し伸べる。
「もちろんだ。俺はお前の誇りを傷付けさせないために、こうして来たんだからな」
『…………』
しばらく見つめ合った後、黒竜は俺の想いを理解してくれたのか、ゆっくりと頭を下げる。
俺はそんな黒竜の額に手を置くと、魔力を注ぎ始めた。
「黒竜……これからは俺たちと、共に戦ってくれ」
『ルゥゥ!』
力強い声で応じる黒竜。
同時に
「うおっ……!」
その瞬間、俺の身体に新たな力が目覚めるのを感じた。
筋力や五感を含め、ありとあらゆる機能が発達する。
そして何より特筆すべきは、全身を駆け巡る尋常でない魔力の奔流だった。
「これは、とんでもないな……!」
その驚くべき変化に俺は息を呑んだ。
全パラメータが上昇しているはずだが、その中でも魔力だけは群を抜いている。
さすがは魔力の王と呼ばれる存在。
だが、驚くのはまだ早かった。
『テイムに成功しました』
『テイム対象が持つ力の一部が、あなたに与えられます』
『特性【竜の加護】を獲得しました』
『【竜の加護】:対象者に、ありとあらゆる状態異常に対する強い耐性と、高度な魔力操作技術を与える』
「っ、今度は特性か……!」
特性とはゲームにも登場した仕様。
特定のキャラや魔物が持っており、様々な恩恵を受けることができる。
一般的なRPGなどにおける称号効果をイメージすれば分かりやすいだろうか。
そして【竜の加護】は、特性の中でもかなり優秀な効果を誇る。
その理由はわざわざ説明せずとも、メッセージを見れば理解できるだろう。
そこでふと、俺はゲーム自体の黒竜について思い出した。
「ゲームの黒竜は確か、魔力をありとあらゆる現象に変換する
まあ、ゲームと違って目の前にいる黒竜はまだ幼体。
その
それは逆にいうと、今後の成長次第ではさらなる力が与えられることになる。
黒竜をテイムできてよかったと、俺は改めて実感した。
「っと、それよりも、いつまでも黒竜って呼ぶわけにはいかないよな」
ガレルの時のように、名前を付けるべきだろう。
俺は黒竜を眺めながら、どんな名前がピッタリか考える。
黒竜の一番の特徴は、やっぱりその美しい漆黒の体躯だ。
クロ……? いや、そのままだと単純だからもう少し捻りを加えて――
「――ノワール。これからお前をそう呼びたいんだが、構わないか?」
『ルゥゥゥ!』
嬉しそうに声をあげる黒竜――もといノワールを見て、俺は思わず微笑んだ。
「バウッ」
「おっと」
すると、そんな俺たちのやり取りを見て仲間外れにされていると思ったのか、ガレルが俺に向かって飛び掛かってきた。
俺はガレルを受け止めると、その頭をわしゃわしゃと撫でる。
「分かってるよ、ガレル。今回ノワールを仲間にできたのはお前のおかげだ。これからも期待しているぞ」
「ワフッ!」
それからしばらく、俺たちは仲間になった喜びを分かり合うのだった。
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