第20話 黒竜の真意

 いよいよ、俺たちと黒竜の戦いが始まった。


 だが、空を舞う黒竜を相手取るのは至難の業だ。

 まずはあの巨躯を地に落とさないことには話にならない。


「サイクロンブラスト!」


「ガァァァアアアアア!」


 俺が風の奔流を放つと、ガレルも同じように魔法を解き放った。


 二つの風魔法が黒竜へと襲いかかる。

 だが、黒竜は漆黒の両翼を力強くはためかせ、強烈な暴風を巻き起こした。


『ルァァァ!』


 黒竜から放たれた烈風が、俺たちの魔法を易々と相殺してしまう。

 それを見た俺は小さく息を吐いた。


(やはり通用しないか。だが、この程度は想定内!)


 俺は全身に魔力を巡らせ、一気に身体能力を高める。

 そのまま地面を思い切り蹴ると、俺の体は一気に宙へと舞い上がった。


 迫りくる俺を、黒竜が金色の瞳で捉える。


『ルゥゥ!』


 次の瞬間、短い咆哮と共に黒竜の口から一条の光が放たれた。

 ブレス――竜種が持つ技能アーツであり、破壊だけに特化した純粋な魔力の塊だ。


 あれに触れれば、俺の体などあっという間に蒸発してしまうだろう。

 しかも宙に浮いたこの状態では身動きすら満足に取れない。


 そんな状況の中、俺の口元は不敵な笑みを浮かべていた。


「――――浮遊!」


 風属性の補助魔法、浮遊。

 理論的には纏装と同じ。体に風を纏わせた後、その出力を操ることで空を自由に飛び回ることができるのだ。


 俺は巧みに魔力を操って風を制御し、黒竜の死角へと一瞬で身を躱した。


『――ッ!?』


 ブレスが虚しく空を斬る。

 その意外な展開に黒竜が驚きの声を上げた。


 だが、もう手遅れだ。


「甘いな、黒竜。お前と戦うと決めた時点で、空中戦の対策をしていないわけがないだろう!」


 俺は浮遊だけでなく重力をも味方にし、急降下の勢いを利用した一撃を狙う。

 身体強化の魔法を全身に展開し、木剣にも全霊の魔力を込めた。


「――【魔填マフィル】!」


『ッ、ガァァアアアアア!』


 魔力の篭った木剣が、黒竜の背中に容赦なく叩きつけられる。

 あまりの衝撃に、黒竜の巨躯がそのまま地面へと叩き落とされた。


 ドシンと大地を揺るがす激突音。

 砂塵が巻き上がり、黒竜の姿の一部を覆い隠す。

 その様子を上空から見下ろしながら、俺は小さく呻いた。


「かっっっ、てぇ……!」


 木剣を握る両手に激痛が走る。

 まるで金属のように硬い黒竜の鱗が、俺の手に大きな負荷をかけてきたのだ。


 撃墜には成功したが、さすがは竜の王と呼ばれる種族だけはある。

 この一撃では大したダメージになっていないだろう。

 追撃が必要だ。


「ガレル!」


 俺の合図に、ガレルが地上から黒竜へと襲いかかる。


「バウッ!」


 鋭い爪が、隙だらけに見える黒竜の身体を切り裂こうと迫る。

 だが、キィンッ! という甲高い金属音が響き渡った。

 ガレルの爪は、まるで鋼の刃に弾かれたかのように黒竜の鱗を削りもしない。


「ガレルの爪ですら通用しないのか……」


 俺は舞い降りると、一旦ガレルと共に黒竜との間合いを取る。


 その時、激しい羽ばたきの音が俺たちを包み込んだ。

 砂塵が吹き荒れ、視界が遮られる。

 やがて風が収まると、そこには予想通りほとんどダメージを負っていない黒竜の姿があった。


 こうして同じ地平に立ったことで、俺はあらためてその巨大さを思い知らされる。

 黒竜の一つの鱗は俺の身長の半分ほどもあるだろうか。

 鋭い爪は大地を引き裂き、長い尻尾が不気味に蠢いている。


 そして何より、その圧倒的な存在感。

 まるで生きた山のような威圧が俺たちを飲み込もうとしていた。


『ルルルゥゥゥ……』


 低い唸り声を上げながら、黒竜が俺とガレルを睨み付けてくる。

 その黄金の瞳からはまるで、『その程度か?』と問われているように感じた。


 だが、俺は負けじと不敵な笑みを浮かべる。


「はっ、冗談抜かせ。今のはまだ、挨拶代わりの一撃」


 俺は木剣を地面に突き立て、ガレルも両前足の爪を大地に食い込ませる。


「ここからが本番だ!」


 俺の雄叫びを合図に、戦いの第二ラウンドが火蓋を切った。




 それからしばらくの間、俺たちと黒竜の攻防は続いた。

 黒竜は一度撃墜されたことで、再び飛行することは諦めたようだ。


 代わりに黒竜は、地上戦に全力を注いできた。

 両の翼が生み出す暴風。口から吐き出される魔力の塊ブレス

 そして鋭い爪と頑丈な尻尾など、その恵まれた巨躯を活かした単純ゆえに強力な攻撃が次々と俺たちを襲う。


 パワーで劣る俺たちはそれらを必死に躱しながら、隙を見つけては反撃を試みる。


 まさに一進一退の攻防戦だ。

 わずかでも気を抜けば、一瞬で敗北は免れまい。

 それでも俺は、戦いの中で不思議と高揚感を覚えていた。


(ゲームの中じゃ、魔族に操られたお前としか戦えなかったからな。こうして正面から正々堂々と戦えるチャンスを逃してたまるか!)


 強敵との戦いに血が滾る。

 木剣を握る手に、自然と力が篭もっていく。

 こうして向き合える時間が、もっと欲しいとさえ思う。


 ――――けれど。

 それ以上に俺は、テイムを成功させてこの黒竜を悲しみの運命から救わなくてはならない。

 そのためには、ここで勝利を収めるしかないのだ。


「いくぞ、ガレル! ここからが正念場だ!」


「バウッ!」


 気合の入ったガレルの吠え声が、ここにいる全員の戦意を一層駆り立てる。

 俺たちは息を合わせ、黒竜への猛攻を加速させた。


 既に幾度となく攻防を繰り返してきたおかげで、黒竜の行動パターンは完全に読めている。

 一撃一撃は強烈だが、その分隙も大きい。

 俺とガレルにとって、致命傷を負うことなく攻撃を躱すのは、そう難しいことではなかった。


 いや、むしろ黒竜の方がわざと攻撃を外しているようにも見えるほどだ。

 まるで、本気で俺たちを傷つけまいとしているかのように――


「攻撃を、わざと外している……?」


 その時、俺の脳裏に稲妻のような閃きが走った。

 これまでの戦闘を思い返す。

 確かに、致命傷を負わせるような真正面からの一撃は一度として黒竜から放たれていない。


 いや、厳密に言えば初撃のブレスを含め、俺たちが躱せなければ大ダメージを負っていた攻撃は多々存在する。

 けれど……俺の予想が正しければ、これは――


「っ、そうか!」


 ――直感が、俺に違和感の答えを告げる。


『ルァァァアアアアア!』


「ッ!?」


 その時、俺の思考を引き裂くように黒竜が咆哮を上げた。

 凄まじい魔力が黒竜の口内に集積し、ブレスとなって放たれる。


 それは真っ直ぐ、寸分の狂いなく俺へと迫ってきた。

 これを避けろと本能が俺に警告を発する。


「――――――」


 だが俺は動かない。

 ただその場に佇むだけだ。


「ガルゥ!?」


 ガレルがこちらに駆け寄ろうとするが、俺は目配せだけでそれを制する。

 そして、今一度黒竜と向き合った。


 黄金に輝く双眸と視線がぶつかり合う。

 ただ立ち尽くす俺に対し、黒竜は何かを試すような表情を浮かべていた。


 それを見て俺は確信する。



(やっぱりそうだ。テイムに必要なのは、力で相手に勝つことだけじゃない。特にこの黒竜に関しては、絶対にそれだけじゃ駄目なんだ!)



 その直後、とうとうブレスが俺の全身を包み込むのだった。

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