第22話 【竜の加護】の力

 無事にノワールのテイムも終え、あとは帰還するだけとなったのだが――


 ここで一つ予定とは違う事態が発生した。

 なんとノワールが、【縮小化】と異空間への居住を拒んだのだ。


「ノワールは、ここに残りたいのか?」


『ルゥゥ!』


 こくりと頷き、同意の声を上げるノワール。


(そういや、ゲームでもそんな説明があったっけ……)


 ゲームの記憶を振り返った俺は、すぐその理由に思い至った。

 

 そもそもそれは、黒竜がこの地に居住する理由にも関係している。

 ここ『アルストの森』はもともと、強力な魔物が多く発生するエリア。

 それだけ邪悪な魔力も多く存在しており、それらを好んでエサとする悪魔が召喚されることがあるという。


 『剣と魔法のシンフォニア』において、魔族と悪魔は明確に違う存在として扱われている。

 魔族とは人間と同じ地上界に生息し、敵対しているだけの存在。本質的にはエルフ族や獣人族などと変わらない。

 それに対し悪魔とは、魔界に住む魂と魔力だけで構成された存在。

 ゲームに登場した際も、その強さと残忍さは折り紙付きだった。


 実のところ、悪魔は原作のレストとも縁深い存在ではあるのだが……それはさておくとして。

 ノワールがこの地にいるのは魔力の王として邪悪な魔力を浄化し、悪魔の召喚を食い止めるためという裏設定があったはず。

 つまりノワールは、ずっと影から国の民を守り続けてくれていたのだ。


 事情を納得した俺は、こくりと頷いてノワールの頭を撫でる。


「分かった、お前は引き続きここで皆を守ってくれ。ただ、もし俺がお前の力を必要とした時は、力を貸してくれるか?」


『ルルゥ!』


 もちろんだ! とでも言うように、ノワールは力強い声を上げた。


 使役者と使役魔物の間には常に経路パスが繋がれている。

 ピンチの際、助けを呼びたい時はその経路を通じて相手にも危機が伝わるため、いざという時はお互いのもとに馳せ参じればいいだろう。


(それに確か、ゲームのレストは【使役召喚】っていう魔物を自由に呼び出せる技能アーツを使っていたはず。あと何体かテイム数が増えればその技能アーツも獲得できるだろうから、この問題はそれで本格的に解決だ)


 なにはともあれ、ノワールをテイムしたことで得たステータス上昇及び【竜の加護】だけでも十分すぎるほどの収穫だ。

 文句のつけようなどあるはずもない。


 俺たちは再会を誓った後、しばしの別れを告げるのだった。




「それじゃガレル、今日は帰ろうか」


「バウッ!」


 さすがにノワールとの激闘を繰り広げた後、魔物狩りをする気力は残っていない。

 疲れ切った体を引きずるようにして、俺たちは深層を後にしようとした――その直後だった。



「グルァァァアアアアア!!!」


「「――――ッ!」」



 突如、重々しい咆哮が木々を激しく揺らす。

 音のした方角を警戒しながら見やると、そこには獰猛な頭と二つの翼を持つ、石像の怪物が立っていた。


「こいつは……ガーゴイルか!?」


 ガーゴイル。

 Aランク下位指定と、深層の中でも極めて強力な部類に入る魔物だ。


 特に厄介なのが、ゲームにおいて極めて高い物理耐性を誇っていたという点。物理攻撃がほぼ通用せず、魔法攻撃に頼らざるを得なかった。

 仮にその設定がこの世界でも通用しているのだとしたら、主に木剣での戦闘を得意とする俺にとって最悪の相手だと言えるだろう。


「とはいえ、逃げるのは無理だ。こんな見た目のくせして、動きはかなり速いんだよな……」


 戦うしかない。

 覚悟を決めた俺は、ガレルに目配せをして作戦を伝える。


「ガルゥ!」


 俺の意を汲み取ったように、ガレルが勇猛果敢にガーゴイルへと突進していく。

 身軽な動きと風魔法を駆使し、見事にガーゴイルの注意を引きつけていた。


 今のうちに俺も、反撃の準備を進めなければ。


「俺にだって風魔法がある。もっとも、今のところ使えるのは中級までだが……」


 果たして、Aランクの魔物に中級魔法が通用するのか。

 はっきりとは分からないが、もうここまで来たらやるしかない。


 俺は意を決し、渾身の魔力をサイクロンブラストへと込めていき――


(あれ? なんだ、この感覚は……)


 ――ふと、俺は違和感を覚えた。


 いつもに比べ、魔力の練り上げがやけに簡単だ。

 その理由に俺はすぐ気が付く。


「そうか、【竜の加護】……!」


 【竜の加護】によって得た、高度な魔力操作技術の恩恵に違いない。その効果はすさまじく、今なら中級以上の魔法を使えるという確信すら湧いてくる。

 本能に従うまま、俺はさらに魔力を練り上げていった。

 

 そしてとうとう、魔法の準備が完了する。


「退け、ガレル!」


「バウッ!」


 合図を聞いたガレルが一気に距離を取る。


 逃がすまいと迫ってくるガーゴイル。

 真正面からそれを見据えた俺は、両手を前方に突き出し全力で叫んだ。


「エアロバースト!」


 風属性の上級魔法――エアロバースト。

 極限まで圧縮された風の塊が、まさに破壊の砲撃となって敵に襲いかかる。

 砲撃はまずガーゴイルの胴体に直撃し、あっという間にその硬質な石像の身体を穿って反対側へと飛び出した。


 だがそれだけでは止まらない。凄まじい威力は背後の木々をも次々に薙ぎ倒し、一直線上の全てを破壊し尽くしていった。


「ガ、ガァァァァ」


 無惨に崩れ落ちるガーゴイルの断末魔。

 だがその光景よりも俺の目を奪ったのは、あの一撃によって切り開かれた一本の大通りのような道だった。


「なんって、火力だよ……」


 下位指定とは言え、Aランクの魔物を一蹴しただけでなく、周囲までもが巻き込まれるその破壊力。

 ただ中級から上級へとランクアップしただけでは、到底説明のつかない上がり幅だ。


 おそらくはノワールと契約を交わしたことで飛躍的に上昇した、俺の魔力量も関係しているのだろう。

 これが、魔力の王とテイムした者が得る力――改めて、とんでもない存在と契約を交わしたのだと実感させられる。


「ガウッ!」


「っと。お疲れ、ガレル」


 そこへ嬉しそうに駆け寄ってくるガレル。

 その頭を撫でながら、俺は今一度、自分が得た力を噛みしめていた。


 エルナの指導で習得した剣の技量と、ガレルやノワールをテイムしたことで得た魔法の力。

 その両者を兼ね備えた今の俺は、まさしく最強への道を突き進んでいるのだと。


「このまま、一気に駆け上がってやる!」


 確信の中、俺は力強くそう誓うのだった。

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